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マツタケの出そうな名なり「男山」 柄井川柳「誹風柳多留」九篇①

 柄井川柳からいせんりゅうの選んだ一年間の川柳をまとめた「誹風柳多留はいふうやなぎたる」の9篇。
 川柳は、参加料を払い、選ばれた句には賞品が出るという、現代の宝くじのようなシステムで運営された。それが、文字が読め、文字が書け、知的好奇心旺盛な江戸庶民に受けた。江戸庶民は、自分たちの生活の機微を「誹風柳多留」の中で五七五の川柳に詠みこんでいる。


17 あの金をどふどうするのだと息子いふいう  布川
 息子は、どら息子。「あの金をどうするのだ?」と親に聞く。親が貯めているお金をねらっている。

35 みんみんがなくぞと むす子 おこされる  鳳尾
 「もうミンミンゼミが鳴く時間だよ」と起こされる。この寝坊の息子は何歳? いくつになっても親にとっては、子は子。

40 松茸まつたけの出そうな名なり 男山おとこやま  嵐巴
 男山という名は、マツタケが出そうな名前だね。と言っている。男のおちんちんとマツタケの形が似ているというだけのお下劣な句。いやいや、おちんちんと可愛く言えば松茸ではなく、エノキダケ? 松茸なら男根という表現になるだろう。
 こういう卑猥な句も、あたりまえにみんなの目に触れていた、おおらかに性を謳歌していた江戸庶民。

 マツタケは、今でこそ高級品となっているけど、昔はいくらでもとれた。バケツ1杯分くらいのマツタケをタダでもらったりしていた。昔は松の葉っぱ、松葉を集めて焚き付けにしていた。松葉を集めて山を手入れをすれば、赤松の下にマツタケ(松茸)ができる。松にできるキノコ(茸)だから松茸まつたけ
 松は松でもマツタケは赤松でなければだめだ。逆に黒松の下にできる丸いキノコがショウロ。松露と書く。松の露。露のように、丸いキノコが松の根元にある。トリュフのように、ころころころがっている。赤松も含めた松の木の種類全体にできるそうだが、私は黒松の下でしか見つけていない。なかなか見つからないので今や高級食材となっている。昔は当たり前に松露の季節(梅雨)になると、我が家のお吸い物には松露が入っていた。山で松露を探してくるのが私の仕事でもあった。

 1~40の川柳には作者名がついている。夏に本屋の「星運堂」の主人が不忍弁才天への奉納句会を催したうちの、秀逸句四十を載せる、と書いてある。秀逸句とはいうものの、現代にも通ずる秀逸句となるかというと、あまり私の心にはピピピピとこなかった(それでも三句載せている)。
 作品を選ぶってことは難しい。選ぶ人によって違うだけでなく、選ぶ時代にもよっても人々の好みが違ってくる。
 ここでは私の好みの句を載せている。

51 筆まめは名までせいしやうなごんせいしょうなごんなり  くわほうかほう也けりくわほう也けり
 筆まめは名まで「せいしょうなごん」なり
 清少納言が「清書なごん」じゃんという、「清少(納言)」と「清書」のダジャレ。

76 手のすみ洗ふあらうをしかる渡し守わたしもり  われもわれもとわれもわれもと
 渡し船に子どもがたくさん乗っている。寺子屋の帰りか。寺子屋の習字で汚れた手を、船の上から川の水で洗おうと、我も我もと船縁に寄れば、船が傾いて沈没するので船頭が叱ったのだろう。

127 人は人 なぜ帰らぬと おやぢ いひいい  (前句不明)
 「人は人。なぜ帰らぬ」と親父言い
 今でも、「人は人だ。自分がちゃんとしなさい」と怒ってしまう。いつの時代も親は一緒。

139 金魚うり これこれかと おつかけおっかけ  (前句不明)
 金魚売り「これか、これか?」と追っかける
 客の希望する金魚をたくさんの中から追っかける金魚売り。
 文字ではわかりにくい江戸の川柳も、耳で聞けば意外とよくわかる。下に書いた現代表記の句を声に出して読んでほしい。なんせ、たかだか100年前の日本語だ。英語を学ぶのとは全然違う。

144 おくさまの よぶ おどり子は おどるなり  ゆかしかりけりゆかしかりけり
 奥様が呼ぶ踊り子は、ちゃんと踊る。ということは、亭主が呼ぶ踊り子は……踊り子とは名ばかりで売春が仕事の場合も多く、踊りができない者もいた。

 ちゃんとした踊り子も、売春専門の踊り子も、みんな一生懸命生きていた。


商売物3_20220109115540

 見出し画像は、山東京伝さんとうきょうでんの出世作となる黄表紙「御存商売物ごぞんじのしょうばいもの」(1782年刊)。当時人気の黄表紙と、すたれてきた黒本、赤本(子ども向けの絵本)の争いを描くのが「御存商売物」。画面では、当世風に擬人化された青本あおほん黄表紙きびょうしのこと)と洒落本しゃれぼん一枚刷いちまいずりの当世の人気書籍が描かれる。
 絵も、北尾政演きたおまさのぶこと、山東京伝自身が描いている。京伝は、北尾派の有名な浮世絵師でもあった。


「誹風柳多留」をずっと紹介して、九篇となった。


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