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【コラボ作品】交換短歌

 僕は携帯電話を持たない。

 家族共同の物だが、家の電話とリビングに1台あるPCで大体の連絡は取れるし、友達も少ないのであまり困ったことはない。

「ただいま」

「あら、早かったのね。部活は?」

「試験一週間前だからない。今日の晩飯何?」

「塩鯖と筑前煮、ワカメと豆腐の味噌汁、キュウリのぬか漬け、ほうれん草のお浸し、以上」

(よし!)
 僕は心の中でガッツポーズを取りながら、自分の部屋へ行く。母は家の1階にある稽古場で日本舞踊を教えている。忙しい中、時間のある時にご飯だけは作っておいてくれる。毎日の弁当も。そして必要以上に干渉してこないのでとても助かっている。父は普通の勤め人だ。我が家の家族構成は以上である。気楽だ。

「さて、試験勉強でもするか」

 鞄の中身を1つずつ出していくと、教科書や参考書に混じって見慣れないノートが1冊出てきた。自分では使ったこともないA6サイズのスパイラルノートだ。表紙はざらっとした青いプラスチック製で、裏は固めのボール紙でできている。角の2ヶ所が4ミリ程の黒い板ゴムで斜めに留められている。全く身に覚えがないノートだった。

 僕の鞄に入っていたということは、恐らく学校で、何らかの原因でこのノートが僕の机の中にでも紛れ込んだということなのだろう。だが、いつの間に? 誰が? ――まるで見当がつかなかった。

 少し逡巡して、結局中を開けてみることにした。

音読の順番まわる授業中目は教科書に耳はあなたに
地中にて十七年の時を経てあなたに会うためだけに羽化する
数学を知らないはずの蝉なのに素数ゼミとは不思議な虫よ
ほろ苦いブラックコーヒー飲めたなら少しは君に近づけるかも
爪を切りやすりをかけてととのえる無心になれるほんのひととき

 これはあれだ。五七五七七。和歌だ。あ、短歌か。どっちでもいいや。

 たった1頁。5首だけ。持ち主の名前もない。これでは手がかりが少なすぎる。そもそも短歌って何だ。日記でもないし、中身が嘘か真実か分からないのに、これで持ち主が分かる訳がない。

 いや、少しは分かるか。

 少なくとも同じ学校の生徒だろう。内容からして女子か。十七年が作者の年齢なのか、虫のことか分からないけど、作者だとしたら高校2年生で同い年か。今分かるのはここまでだな。

 翌日、そのノートはそのまま学校に持って行き、自分の机の中に置いてきた。

 更に翌日、僕はノートの有無を確認するため、少し早めに教室へ向かった。幸いまだ誰も来ていなかった。ノートは――あ、ある。

 おもむろに開く。

振り返り目が合うたびに上気する髪から耳から睫毛から飛ぶ
またねっていい言葉だねだってまた会えるってことなんだよね君?
だとしても明日地球が無事である保証はどこにもないわけだけど
「気にせずに普段通りの君で来て」なこと言ってもお洒落もさせて
練習もなしのぶっつけ本番で出てくる出てくる私の何か 

 増えている。しかもなんだこれは。このシチュは……まるでデート。

 クラスに人が来はじめたので僕は慌ててノートを机の中にしまった。

 謎だ。犯人は一体何が目的なんだ。明らかにわざとこのノートを僕の机の中に入れている。それもご丁寧にわざわざノートを一度回収し、新たな歌を書き込み、そしてまた戻す。それを誰にも悟られないように? 何のために?

 僕はその日一日ほとんど上の空で過ごした。家に帰ってからも試験勉強なんかひとつもしないで、ずっとそのノートを眺めていた。

 恐らくこれは僕への挑戦状だ。このノートの持ち主からの。しかし一体誰なんだ。僕はクラスの女子の顔を1人1人思い浮かべてみようとしたが、残念ながら誰の顔もはっきりと思い浮かべることはできなかった。誰だっていい。とにかく明日またこのノートを机の中に入れておくことにした。ちょっとした実験を仕掛けて。

万が一地球が無事なら明日会おう保証じゃなくて約束でいい

 返歌だ。これ一つひねり出すので僕には精一杯だった。さて、これがどう出るか。

 僕は2日間、眠れない夜を過ごした。

 翌々日、朝早く行くと既にノートは戻ってきていた。

澄み切った空には雲も許されぬ許されるのはただ光のみ
優しさが人を壊すことがあると教えてくれてありがとう君
明日もまたいい人でいられますように神に向かって手を組み祈る

 何か苦しんでいるのだろうか。僕は少し心配になった。昼休みにこっそりトイレの個室にノートを持ち込み、急いで返歌する。

今日もまたいい人でいられましたねと君に向かって神が手を振る

 僕はこの日はノートを持ち帰らずにこのまま置いて帰った。

 翌日1首だけだが、僕の返歌に対する返歌が来ていた。

千早振る神が手を振り風が吹く私の頬を撫でるごとくに

 こうして相手も知らぬまま僕と彼女は歌のやりとりを続けた。

 そんなある日、折しもバレンタインイブの前日。僕は見てしまった。ヤツが僕の机にノートを入れる所を。そんな……。

 中を開くとこうあった。

君に明日好きだと告げて関係を終わらすことが目標だとは


(了)


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※作中の「僕」の返歌はどでかごん(https://note.mu/dodecagon) さんによる作です。ご協力ありがとうございました。

ありがとうございますサポートくださると喜んで次の作品を頑張ります!多分。