見出し画像

ゼミ修了生へ贈る言葉 (2023.3.31)

教育とは学校で学んだことをすべて忘れた後に残るものである 
 アルベルト・アインシュタインの言葉で、「教育とは学校で学んだことをすべて忘れた後に残るものである」というものがあります。卒業する皆様にはぜひこの言葉の意味を深く考えて欲しいと思います。皆さんが、ゼミ活動で学んだことを全て忘れた後に残るもので、今後の人生で活かしていけるものは何ですか? ゼミ活動を通じて、心に残る「フレーズ」はありましたか? ゼミ活動で”knowing”, “doing”, “being”の3つの観点から得たものは何でしたか?今日はこのことを考えるにあたって、僕なりに最近考えていることをお話ししたいと思います。
 ゼミ活動を振り返るとその活動の3分の1くらいは修士論文だったと思います。そして、2023年3月修了であることの意味を考えてもらいたいと思うのです。おそらく皆さんは、Before ChatGPT (or Generative AI)の最後の世代、修士論文にChatGPTを使っていない最後の世代、もっと言えば、ChatGPT以前の修士論文の基準で審査された最後の世代なのだろうということです。その時に、Before ChatGPTとPost ChatGPT、修士論文 (もっと根源的には人間の思考)はどう変わるか? 変わらないものは何か?ということを考えてみる必要があると思います。

変わるもの
 まず変わるものからお話ししたいと思います。2023年度からゼミの修士論文の合格基準を変えました。テーマ設定は、「ビジネスパーソンが興味を持ち、実務に活かすことのできるテーマであること (この際のビジネスパーソンは、トップマネジメントである必要はないが、具体的なペルソナを明確にすること)」というものでした。2023年度からはこれに「AI (GenerativeAIのツールとしてのChatGPTを含む様々なAIツール) のみでは解決が難しい問いを選ぶこと。特に既知の未知 (Known Unknowns)ではなく、未知の未知 (Unknown Unknowns)に関する設問を選ぶこと。」という条件を加えています。手法については「定量分析、定性分析を問わないが、サイエンスとしての手法に基づくこと。」という条件に加えて、「人間の力に加えて、AI (GenerativeAIのツールとしてのChatGPTを含む様々なAIツール)を補完的に活用し、問いを解くこと。」という条件を加えました。
 ラムズフェルド元国防長官の”unknown unknowns”という考え方があります。問いには、「知っていることを知っているもの (known knowns)」、「知らないことを知っているもの (known unknows)」、「知らないことを知らないもの (unknown unknowns)」が存在します。そして、伝統的なサイエンスは、仮説を立てて検証する。仮説を立てられるということは問いの存在を知っているということなので、known unknows型の問いの検証ということになります。今、GenerativeAIを中心に大きく知識の創出を変えているのは、自分が知らないことでも発見できるという “unknown unknowns”の領域です。

 今までのサイエンスはデータを集めることがボトルネックだったので、仮説検証型だった。そしてデータを集めることがボトルネックでなくなれば、研究の方法も変わる。サイエンスの分野で最初に変化が起きたのは、バイオインフォマティクスの分野だと思います。システムバイオロジーは、もともと仮説検証型の実験が主流だったのに対して、ゲノム情報などのデータを活用して知識を創出していく、unknown unknowns型の問いの検証が大きな力を持つようになった。鶴岡の冨田さんはこの研究手法のパイオニアです。そして、同じことが社会科学でも起きるようになった。
 だから、今回修了する皆さんの修論というのは、古い時代の研究手法に基づいている。そして、2023年度以降の修士論文の合格基準は満たさない。これが現実なのだと思います。だからこそ、これからも学び続けて欲しい。修士論文でcertifyしたのは、論文というアウトプットではなくて、学びながら新たな知を創出することができる、という皆さんの能力です。今回の修士号は、これからも学び続けることを前提とした仮免許だと思ってもらうのが良いのではないかと思います。
 
変わらないもの
 一方で変わらないものは何か。皆さんの修士論文を読み返してみて、ChatGPTにおきわかりそうなもの、おきかわらなそうなものを考えてみました。一番置き換えられないものはなんだと思いますか?恐らくそれはdedicationだと思います。修士論文のプロセスで、全員にdedicationを書いてもらっています。この修士論文は誰に捧げるものなのか、どうしてこの研究をやりたいと思ったのか。その思いを短い文章にしてもらっています。読者にこの論文を読みたいと思ってもらえるような一文。この一文は、論文の中でも、もっとも何度もインタラクションを重ねて、一緒に考えてきたものの一つだと思います。
 今年度のdedicationで思い出深いもので言えば、としちゃんの「家庭と居酒屋経営のパラレルキャリアを実践した両親に、Well-beingを」や、はぜさんの「大人は勉強しなくていいから幸せだ そう思っているすべての子供 (だった人)たちへ そして大人になっても学ぶことの大切さを自らの背中で教えてくれた父へ」など、本人の思いがこもっていて、読む側をワクワクさせるdedicationになっていると思うのです。恐らくなのだけれども、このような一言は、ChatGPTではまだまだ簡単に生み出すことはできない。
 どんな問いも答えを出すだけではなくて、deploymentが重要です。ビジネススクールの修論は実践につなげることがマストです。そうすると、そのテーマにかける思い、周りの人をワクワクさせて巻き込む力、自分の思いを言語化する力。こういった能力が大切なんだと思います。そして、修士論文を含めたゼミ活動で、この力を身につけることを大切にする、という方針は、これからも変わらないものだと思います。ゼミ活動でqualifyしているのは、この力なのだと思います。
 ただし、ムーアの法則の最後の4分の1の時代に生きている今、AIの進化は早い。昨日から今日までの変化よりも今日から明日までの変化の方がより大きい。このことを前提とすると、AIができることはどんどん広がっていくと思った方が良いことも確かですが。
 
スタンフォードのプロジェクトで学んだこと 
 この半年くらいで、スタンフォード大学のビジネススクールの人材育成について調べていました。この成果は4月10日発売の「イノベーション&社会変革の新実装 未来を創造するスタンフォードのマインドセット」の中で、「人間力を育み、人生の好循環を生み出すビジネススクール – スタンフォード大学経営大学院の人材育成」というタイトルで一章分にまとめています。
 この論考をまとめてみて気づいたことがあります。それは、スタンフォード大学のビジネススクールは、ハードスキルよりもソフトスキルを重視している、ということです。もっというと人間力を育成しているビジネススクールであるということ。社会で活躍する人は、ビジネススクール在学中に、自分は自分の人生でどんなことをやりたいかとか、どんな風に人間関係を構築していくか、などソフトスキルをたくさん学んでいる。ハードスキルは今やどこでも学べるしあまり希少性は高くないのだけれども、ソフトスキル持っている人は決定的に枯渇している。
 このことがいかに大事かが良く分かったので、来年度のゼミでは、今まで以上にソフトスキルの醸成に力を入れていこうと思っています。ところで、この本、出版社にお願いして、今日お渡しできるように送ってもらったので、発売前ですが、この場を共有している卒業生の方にプレゼントします。
 この数年間、ゼミのコミュニティ・ノームを言語化して皆さんにシェアしています。そして、今回大幅にアップデートしました。なぜならば、項目が多すぎて、全然覚えられないと思ったからです。今回、全日ゼミのコーディネータの留学生とコミュニティ・ノームについて議論しました。議論して思ったのは、ゼミのカルチャーみたいなものは、留学生にもシェアされているのだということ。そして、今までの項目を統合して4つにまとめました。その4つは、
•       Experimentation: Be open to fail and learn
•       Transformation: Be comfortable to change and evolve
•       Commitment: Be engaged to build our dynamic learning community
•       DEI: Be inclusive to make equity as our norm
です。
 優れたlearning communityには必ずメンバー間で共有されたノームが存在しているのだと思います。知識を得る場は今の時代いくらでもある。でも、このようなコミュニティ・ノームを持って交流できる場はそんなに多くないのだと思います。卒業してもぜひこのコミュニティ・ノームを大切にしていただいて、一緒にコラボレーションを続けていければと願っています。このような関係こそ、ビジネススクールの卒業で得られる一番のキャピタルだと思うのです。
 改めてご卒業おめでとうございます。ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?