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私は看護師

幼稚園児の頃、祖母が舌癌で病院に入院した。私は病院で優しい看護婦さんが祖母の世話を色々としてくれてすごいなと思っていた。私は「ばーちゃん、死んだらいかんよ」って言ってしまったのを今でも覚えている。その後ばーちゃんが病院で亡くなって。

小学校に上がると、親友の母親が看護婦さん、それも病院の婦長で、月30万円稼いでいると聞いた時私は看護婦になろうとその時はっきりと決断。小学校の卒業アルバムに将来の夢は「看護婦」と書いた。

その後看護短大に進み、実習先で担当の患者さんと同じ同室患者さんが激しい咳をしていて、看護学生の私は何かできることがないかとその患者さんの背中をさすっていたら、「もう私は死にたい、生きていてても家族や嫁に迷惑をかけるだけだ」と泣いて訴えられ、「私はそういう事を看護学生の私に打ち明けてくれたことがとっても嬉しいです。」と言ったら患者さんが「まだ私にも出来ることがあったんやね」と言われ、お互い泣いていたら、その前にナースコールを押していたらしく、看護婦さんが駆けつけた時は咳が全くなくなっていました。私はその時、医師は薬や治療で治すけれど、看護婦として気持ちに寄り添うことで精神的に病状を楽にする事も治すこともできるかもしれない、そんな看護婦になりたいと決意。そしてはや看護婦から看護師に改名され看護師歴26年。いまだに看護師になれて訪問看護師という希望する仕事につけて私はやりがいを感じながら日々家庭と仕事を何とか両立している毎日を過ごしている。

経歴 総合病院の手術室、集中治療室、内視鏡室、ホスピス病棟、訪問看護ステーション訪問看護師、老人ホーム看護師、介護保険認定調査員


#私の仕事

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