出合頭の表裏

 相変わらずおじさんのこととか、夏のシーズンは臭いのことばっかり書いてて申し訳ないんだけど、


今日もおじさんの、そして臭いの話だ。


◯出会い頭
 仕事相手と、屋外で待ち合わせることになった。

 僕が待ち合わせ時間の10分くらい前に着いて待っていると、しばらくして
「おはよーございまーす!いやー今日は暑いっすねー!!」と朗らかに相手が現れた。
仕事相手は40〜45歳くらいの男性で、耳が隠れるくらいの軽いボブカット風の髪型で、しばらく歩いてきたらしく汗に濡れた顔や首に髪の毛がベタリと絡みついていた。 着ているグレー色のTシャツにも汗が染みていた。

「本日よろしくお願いします! 一応、今日の仕事なんですけどー」と、仕事の説明を始めた彼は、おもむろにズボンのポケットからスティック型で脇に直塗りするタイプの制汗剤を取り出すと、Tシャツの裾から手を入れて自分の脇に擦り付け始めた。

 「まず一軒目の現場はー」と説明をしながらも制汗剤を塗るその手順には澱みがなく使い慣れている感じで、全然特別なことじゃないよと超自然な動作だった。
僕の目をまっすぐに見つめながら、塗る手は止まることなく、今日の仕事の要点を伝えてくる。
左の脇が終わると服の中で制汗剤を左手に持ち替えて右の脇に制汗剤を塗り、終わると裾から手を出して、キュキュッとスティックを引っ込ませて、スティックの先端の匂いを少し「クンッ」と嗅ぎ、またポケットに制汗剤を戻した。

 僕は結構びっくりしたんだけど、それでも受け答えを続けてその日の仕事はつつがなく終わったのだが、夜になっても、彼が僕の目をまっすぐに見つめながら制汗剤を脇に塗り続けているシーンがトラウマのように蘇り脳裏に焼き付いている。


◯内心
 これ、大前提、デリカシーなくてキモいと思う。
なんで汗だくのおじさんが目の前で制汗剤を脇に塗りつけるところを見せられなくちゃいけないのと思うし、出合頭にいきなりの出来事だったのと仕事の話をしながらだから離れることもできなくて暴力的だと思う。
超やだったし、悪いことだと思った。
また、相手が僕でなくて女の人だったら同じことしてたか?と思うし(実際してそうだけど)、おじさんがデリカシーなんかどうでもよくなっちゃった末路みたいなものまで感じて悲しくなった。

◯裏面
 大前提悪いことであるという考えの上だけど、
別の観点で考えてみると彼が自分の脇が臭いことを自覚していて、きちんと管理して対策をとっていること自体は評価すべきというか、彼なりの、相手への敬意が垣間見えなかっただろうか。

 世の中のおじさんには、今日から臭くなる、今日からキモくなる、という事実がある。
つまり、自分がいつ臭っていつキモくなったのを自覚するのが難しい仕組みになっている。
その仕組みの中にあって彼は、自分にどういう匂いやキモさがあるかを自覚して、どう対策すればいいかまでちゃんと行動しているのは、実はそれなりにすごいことだったりする。

 もし彼が制汗剤を塗っていなかったとしたら、その日一日彼は激臭を放ち一緒に行動する僕や周りの人はもっと苦しんでキモく感じただろう。
そのため、出合頭の驚きは発生してしまったが、その後のキモさを格段に抑えたファインプレーであったとも言えるのだ。
実際、この後の仕事ではずっと、汗だくのおじさんにも関わらず、匂いもキモさも感じなかった。
また、待ち合わせ時間に僕が早くついてしまったことが、脇に塗る時間を奪ってしまったのだろうとも思う。
たぶん、僕より早くついて、僕と会う前に塗り終えておこうというプランだったはずなのだ。

その意味で僕は塗り込みのプランを崩して、プライベートな塗りを覗きに行ったのだとも言える。


◯水掛け論
目の前だとしても脇にスティックを擦り付けた方がいいか、目の前ではデリカシーないので腋臭を嗅がせた方がいいか。こりゃ水掛け論だね。
水掛け論?


◯読んだ本

清田隆之「おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門」
末木新「死にたい」と言われたら
千葉雅也「エレクトリック」
李琴峰「彼岸花が咲く島」
中村英代「嫌な気持ちになったら、どうする?」
駒井稔「編集者の読書論」
桐野夏生「夜また夜の深い夜」
清水晶子「フェミニズムってなんですか?」

サブウェイのアボカドベジー食べます