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【お砂糖とスパイスと爆発的な何か】外の世界とつながる外国語学習~内部告発者への尋問テープをもとにした映画『リアリティ』(北村紗衣)

 ローリング・ストーンズの新アルバム『ハックニー・ダイアモンズ』の先行シングル「アングリー」のビデオを見た方はおられるでしょうか。ロサンゼルスの道路を走る赤い車にやたらゴージャスな髪の長い女性が乗っていて、ストーンズのロゴみたいに舌を出したり、エアギターを披露したりする内容です。道の脇には大きな看板が何枚もあり、車が通るといろいろな時代のストーンズが看板から飛び出すよう動き出して演奏をしてくれます。

 今回の記事で紹介するのは、この女性を演じたシドニー・スウィーニー主演の新作映画『リアリティ』(11/18公開)です。実在するアメリカ軍の内部告発者リアリティ・ウィナーに対するFBIの尋問テープを映画化したという一風変わった作品です。スウィーニーは「アングリー」のゴージャスな女性と同じ役者が演じているとは思えない、地味で勤勉そうなヒロインを演じています。

◆尋問記録の映画化

 『リアリティ』は、オフィスの一角が映るプロローグ的な映像の後、「25日後」という表示が出て、ヒロインである退役軍人のリアリティがスーパーを出て車で家に帰ってくるところから始まります。そこにFBIの捜査官であるギャリック(ジョシュ・ハミルトン)とテイラー(マーチャント・デイヴィス)がやって来て、いくつか質問をしたいと言い、尋問が始まります。
 
 最初は穏やかに世間話をしていた2人の捜査官に対して、何の話だかわからないというような様子で受け答えしていたリアリティですが、だんだんどうもリアリティは現在働いている国家安全保障局(NSA)から重要文書を流出させた疑いをかけられており、捜査官たちはその事件を捜査しているらしいことがわかってきます。また、その文書は2016年のアメリカ大統領選にロシアのハッカーが介入したことに関する報告書らしいことが示唆されます。映画はリアリティが拘置所から妹に電話をし、テレビでリアリティの逮捕が報道されるところで終わります。

 実際に行われたリアリティに対する尋問は全て録音され、裁判で公開されました。それを見た劇作家のティナ・サッターがその記録をそのまま舞台化しました。これをさらにサッター自身の脚本・監督により映画化したのがこの作品です。
 
 セリフは全て尋問記録からとっているというだけあり、内容は非常にリアルです。ところどころあまり尋問に関係ないペットの世話や咳き込みなどが入っていて、通常の脚本ならあり得ないようなこうしたある種の「無駄」がかえって現実感を生み出しています。リアリティというのは仮名とかあだ名ではなく本名だそうですが、おそらく本作はタイトルに引っかけてリアリティを追求した撮り方を心がけているのでしょう。
 
 尋問記録で黒塗りにされているところは、急に画面が乱れて話している人が一瞬消えるという、映像的に面白いテクニックで表現されています。さらに何が黒塗りされているのか予想できる場合はそれを示唆する映像が出ます。たとえばリアリティの情報提供先ニュースサイトである『インターセプト』についての話が消されていると思われる箇所では、リアリティや捜査官たちが頭の中で想像しているものを映すような形で『インターセプト』のウェブサイト画面が表示され、非公開箇所を観客が補えるようにしています。

◆平凡?型破り? 

 『リアリティ』は本人やその家族に綿密な取材を行って作られました。当事者のリアリティは、おそらく内容が現実の経験に近すぎるため、見るとトラウマがぶり返しそうなので本作を見たくないと考えているそうです。スウィーニーの演技のリアルさはリアリティのお母さんも太鼓判を押しています
 
 そんなリアルな映画である『リアリティ』ですが、一方でこの映画に出てくるヒロインを現実の内部告発者であるリアリティと同一視してはいけないでしょう。映画はリアリティの人生の1時間半弱を切り取っただけでごく一面しか見せていません。さらに尋問記録をそのまま映画化したとは言え、この映画は物語のヒロインがどういう人物で、なぜ機密情報をリークしたのかについて、細かい演技や編集を通して観客の解釈をある程度一方向に誘導するようには作っています。そこがこの映画の面白いところであるとも言えます。
 
 この映画を見てリアリティの機密情報リークの背景として浮かび上がってくるのは、リアリティは有能な軍の職員だったのに見合った待遇を得られておらず、本人はおそらくそれに不満だったということです。
 
 一見したところはよくいる地味な若者に見えるリアリティですが、実は全然「平凡」ではありません。捜査官との序盤の会話で、リアリティはペルシア語、ダリー語、パシュトー語ができることがわかります。まだ20代半ばの若い女性ですが、言語の専門家として軍で働いていました。アメリカ軍の言語教育カリキュラムはかなりしっかりしたものではありますが、リアリティがこの若さで、おそらく大学を卒業していないのに既に3つの言語について高い運用能力を持っていて、専門家として雇用されていたというのは相当な才能と努力を示すものです。自分の言語能力について自慢する気もなく、淡々と外国語の話をするリアリティの様子からは、どうも本当に言語が好きでしかも優秀らしいということが伝わってきます。

 リアリティはアフガニスタンへの派遣を希望し、現地で使われているパシュトー語に磨きをかけていましたが、派遣は年1回だけ、しかも空挺兵ばかりだということで、行くことがかないませんでした。軍で自分の能力を生かせる仕事につけなかったため、退役後は諜報関連会社と契約して語学専門官になり、ジョージア州オーガスタにある軍の施設で翻訳者として働き始めます。
 
 序盤での会話からすると、オーガスタは家族で住むには良いそうですが、一人暮らしがしやすい地域ではないようです。さらに終盤での会話から、リアリティはパシュトー語が自分の一番得意な言語なのにイラン関係の部署に配属されていることに不満があったようです。この理由ははっきりとは描かれていませんが、おそらくリアリティが若い女性で、さらにあまり学歴も無いことが関連しているのではないかとも思われます。リアリティは現在の職場ではいつもFoxニュースばかり流れていることが不満で、アルジャジーラでも見るか、ペットの写真でもテレビに映したほうがマシだという発言をします。
 
 こうした会話からわかるのは、リアリティは職場ではやや型破りな存在らしいというということです。フィットネスに熱中していて健康に気を遣う軍人らしい一面がある一方、何カ国語も使うことができ、中東のニュースであるアルジャジーラから情報を仕入れ、家にはコーランがあって、おそらく中東や南アジア地域の文化にもある程度通じています。
 
 おそらくリアリティはFoxニュースばかり見てアメリカ国内に偏った視点を持つようになっている周囲の人々とは違い、外国語学習を通してより幅広い情報を収集し、アメリカ軍やその関連機関という極めてアメリカ中心主義的な組織にいながら、アメリカ中心主義的な見方を相対化できるだけの知識を持っています。リアリティは言語を通して外の世界とつながっており、その視野の広さのおかげで、国が市民に情報を隠しているのは良くないということを考えられるようになったのではないかと思えます。
 
 最後にテレビ放送が映るところで、リアリティが「中東に執着」しているとか、怪しい「活動家」のように言われるところがありますが、この映画に登場するリアリティには全くそういう極端なところは感じられません。この映画に出てくるリアリティは、ペットに夢中でヨガが好きな、庶民的な若いアメリカ女性です。リアリティは中東の言語や文化について知識があるだけで、それはアメリカでも大いに必要とされているはずの技能なのですが、こうした悪意のあるテレビ報道は、若い白人女性がそういうことに関心を抱くだけで変人扱いされる状況を示しています。最後のニュースクリップからは、おそらくリアリティは今までも比較的肩身が狭い思いをしてきたのだろうということが予想できます。
 
 この映画に登場するリアリティは政府が市民から重要な情報を隠していることが良くないと思っており、そうした良心に職場への不満が重なって内部告白者となったように見えます。この映画がどの程度、現実のリアリティ・ウィナーの考え方を反映しているのかはわかりませんが、少なくとも作品のヒロインとしてのリアリティは単純な正義感から行動したヒーローとして美化されておらず、人間味のある複雑な人物になっています。
 
 本作は、能力に見合う待遇を得ることができなかった女性がそれに対して反旗を翻す様子を描くことで、ジェンダーや年齢、学歴などばかり見ていると適材適所の雇用ができず、手痛いしっぺ返しを食うということを警告的に描いた作品だとも言えるかもしれません。

映画『リアリティ』 
監督:ティナ・サッター 脚本:ティナ・サッター、ジェームズ・ポール・ダラス
出演:シドニー・スウィーニー「ユーフォリア/EUPHORIA」、ジョシュ・ハミルトン『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』、マーチャント・デイヴィス
2023年/アメリカ/英語/82分/ビスタ/カラー/5.1ch/G/原題:REALITY/日本語字幕:額賀深雪/配給:トランスフォーマー

初出:wezzy(株式会社サイゾー)

プロフィール
北村紗衣(きたむら・さえ)

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。
twitter:@Cristoforou
ブログ:Commentarius Saevus

著書『お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門(書肆侃侃房)


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