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【掌編小説】車道に出た神

 ある平日の昼下がり、私の子は歩道から車道の白線の内側へ飛び出した。髪は揺れ、ブルーのスニーカーが遠ざかった。素直な背中は止まることを知らない。
 すぐに後ろから抱きかかえようと思ったが、車は来ていなかった。私はこの時なぜか俯瞰していて、安全なら好きなようなさせようと思った。今あの子が駆けている、いつもの歩道よりも一段低い車道。
 振り返らずどんどん小さくなっていく背中を見ていると、柔らかいあの子の間接か、私の心の中か、その両方か「かくん」と音がした。確かにその音はした。
 こういうことが増えていくと思うと嬉しさよりも寂しさが勝る。そんな短い目まいのあと、私はあの子が轢かれないように、使命のようなものに駆り立てられ後ろから抱き上げた。

「はじめてしたにおりたね、すごいね」

心象風景になって欲しくない、永遠に続けたい私とこの子の誇り高い日々。平日のただの道端でも、あの子との全てが私にもたらされた宝物。

 そう、君が眠っていても私には君の声が聞こえるんだ。あと十何年かしたら、きっと独り立ちしていく。多分就職して都会に出ていく時に見ることになるだろう、大きくなった後ろ姿を。とっくに身長は追い抜いて、声変わりをした君。玄関のドアが閉まった無音の後は、私も変わらなければならない。
 そんな予感を寝息をたてる君は知らない。君はまだ私の神様で宝物だから。私にだけ見えている背中に生えた君の翼がなくなる日――。
 今は、まだその時ではない。この陽射し、この道路、この縁石、もっともっとうんざりするほど一緒に歩きたい。
君のいない乾いた歩道を歩くのはまだ先のはなし。



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