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小さいあ~き見ぃつけた♪ 【ぶらり道草エッセイ】2016年載・再≪最終章≫

山裾の薔薇園から離れると、わたしは再び長い長い退屈な苅田に挟まれた道路の脇を歩いていました。 

秋風に真オレンジのコスモスが揺れ、風も心地好く私の長い髪を吹き過ぎてゆきます。

そこで私は『天然自然』ならではの、とても素敵な可愛らしいラブ・コメディを見てしまったのです。 
これもこの一見冴えない初老の紳士が見せてくれた思わず笑いのこぼれる愛らしいマジックのひとつだったような気がします。

豊かな自然が許される土地に棲息する、雉鳩(きじばと)が二羽、陽当たりの良い明るい苅田の中を稲穂を刈った時に散り落ちた雑穀をでしょうか? 
しきりに大小二羽のその雉鳩達は少し離れて互いについばんでいたりして… 
ほのぼのとしたその牧歌的風景に私はほっこり和まされました。
番鳥(つがい)の鳩かなぁと、ふと疲れた足を止めて見ていると巨漢の雄鳩のほうは餌をついばみながらもしきりに牝鳩のほうを気にしており、やっぱり秋や春は恋のシーズンのようです。

むっくりとはらみ過ぎたような、いわゆる鳩胸を突き出しながらも雄はオズオズと牝に近づいてゆきます。
すると牝はたちまちツーンといった様子でサササーと離れていってしまう。 
かなり露骨に『あんたなんか興味ないし!』
と離れられた雄鳩くんは…
『…( ̄0 ̄;)……』
といった様子で、一瞬なんだか呆然と立ちすくんでいましたが、冷然と足早に立ち去ったスンナリと華奢な美女鳩をしばし見つめたのち、やがて気を取り直したのでしょう。 
また大柄な割りに軽やかなフットワークで雉恵ちゃんだか、雉花ちゃんだか、雉沙ちゃんだかに性懲りもなくサササーと急接近していったのです。

平和のシンボルとされる優しい鳥ではありますが、しょせん小さな脳ミソをフル回転させても求愛の手段はとりあえず接近する、追いかけまくる、以外他にきっとなんにも無いのだろうなと思った次の瞬間、わたしは驚きで思わず目が点になってしまいました。

メダボ鳩の雉斗くんか雉哉くんはスタイル抜群で優美な牝鳩へ急接近したと思いきやいきなり彼は雉奈ちゃん?あるいは雉美ちゃん?に『お願いしますっっっ!』
とお辞儀をしたのです 。

わたしは鳩のお辞儀なるものを初めて見ました。 
でもまさにお辞儀なのです。

彼は可愛らしい少し大きめのウズラ卵大のアタマをいきなりガクッと直角に麗しき牝のマドンナに向かって紳士的に下げ、その下げかたも折れ釘のようにマルッコい体つきからは考えられないほどシャープな切れの良さなのです。

まるでいいニッポンのホテルのホテル・マンみたいなスゴくハンパ無い平身低頭ぶりなのです。
(とはいってもそこまでハイクラスのニッポンのホテルになんて泊まったことなんて無いのですが…)

そーぞーヽ(・∀・)ノandもーそー
ヽ( ̄▽ ̄)ノ

牝はあくまでもクールにそれをチラと一瞥したきりスタタタ…とまたもや立ち去り、少し離れたとこでお上品にビュッフェでサラダかフルーツかデザートのタルトをほんの少しいただくわといった風情で、地面をあくまでも冷静沈着についばんでいます。 
ガツガツはしていません 。

まるで『白鳥かょ?』と独り、田舎道で突っ込みたくなるような貴婦人ぶりなのです。

でも雉斗くんも負けてはいません。
またもやサササーと雉美ちゃんに向かって滑るように突進すると雉美ちゃんの一歩手前でピタッとストップし、また何度も何度も
『お願いしますっ!お願いしますっっ!
どうっかどうか!僕の子孫を残させてください!
ここはおひとつ!
この田んぼでお手合わせ願えたら、そして僕の可愛い卵を近所の鎮守の森で産んでもらえたら僕、すごぉく喜んじゃいます!
お願いですっ!
お美しいそこのお嬢さん!
どうっかどうか!
よろしくお願いしますっっ!』
と彼は米搗きバッタのように、
よく頭がクラクラして倒れないな、と心配になるほど牝に向かってバッタバッタと直角に深く深く頭を何度も何度もぜんまい仕掛けのような素早い動きで 下げ続けるのでした。 
頭を深く下げるたびに尾羽根が可愛らしくピョコンピョコンと高く跳ね上り、私は鳩のちっさい脳ミソの凄さを想ってその愛くるしい求愛に胸を打たれたのですが同時に笑いをこらえるのも必死でした。

そのうち彼はくちばしを自分の鳩胸へ仕舞い込むようにして後頭部を田畑へつけて、いわゆる土下座状態へとエスカレートしていったのを見て私はだんだん雉斗くんがなんだか可愛そうになってしまい、心の中でこうつぶやいてしまいました。
『自然でも婚カツは大変なんだねぇそんなに大変なら婚カツなんか莫迦らしいことやめて何かもっと他に自分の好きなことすりゃイイのに…』
自然界で本能に沿って生きる動物にそんな不自然なこと言ってもしょうがないのですが、私は雉斗くんに『絵でも描けば?楽器も悪くないぞ?』と言いたくなっちゃったのです。
それでもあくまでもナチュラルな鳩生を生きる雉斗くんは余程いろんなとこで、フラれてばかりいて鳩だけに相当、切羽詰まっていたのか、それとも雉美ちゃんのセクシー&クールビューティな雰囲気にノック・アウトされ切ってしまっていたのか? 
見ていると雉斗くんのプロポーズはだんだんだんだん迫力を増し、なんだか苛立って殺気立ってさえきているような感じすら覚えたのです。 

小悪魔な雉美ちゃんは欧米では完璧に美しいが心は氷のように冷たい美女のことをバービー人形に喩えるらしいのですが雉美ちゃんはもしかしたらバービー・バトなのか?と佇立して眺めていたのですが、もし雉斗くんに対してその気が全く無いのならとうに飛び去っていってもいいはずだ。 
なのに雉美ちゃんは逃げ惑うフリをしながら、真には逃げ去らない。
雉美ちゃんは、じらしにじらしまくってあらゆる小悪魔の手練手管を使いまくり苅田に固く突き出す短くなった稲穂のふたつ区分を、ひとつとしてさながら数字の8の字を描くように優雅に水面を滑るかの如くスルスルと逃げてゆくのです。

雉斗くんは巨体を揺さぶりながら目を白黒させつつ負けじとそれを追いかけながらも、追いかけるその過程でずっとお願いしますと平身低頭しながら追いかけているのだから本当に器用な奴である。

全速力で8の字を描きながら追いかけつつも、ちゃんと深々とお辞儀をしながら後を追うだなんて、なんたるマルチ・タスクぶりだと感心せざるを得ませんでした。 

もうあとちょいっ!
…というとこまで来るのですが、
そのたんび雉美ちゃんが
『なぁ~によ!?
ウッットーシイわね!あなたまだ居たの??
もういい加減でわたしのこと諦めたら??』
といった態度でつんつくツーンと立ち去ってしまうのです。 

それでもひつこく猛然と平身低頭で追いすがる健気&
『もうやめといたら?(;-ω-)ノ』
的ノリな雉斗くんとのやりとりをキャップのツバ越しにジッと静観していた私についにメダボの雉斗くんが『お?』
というような目を向けて(今更なんですけど)おっとりした鳩らしく急に気がついた様子を見せました。

すると雉斗くんはしばらく小首を傾げて、はて?どうしたものか?と考えている様子だったのですが、なんとなく照れ隠しのようにさっきまでの平身低頭を小休止させて急にワザトラシクそこいらの地面をついばみ始めました。 

なんだか申し訳無いような気がして私は静かに立ち去りかけたその瞬間、雉美ちゃんが『じゃねっ♪』・・・と急にバサバサバサッと立ち去って消えてしまったのを見て、わたしは雉斗くんを思わず振り返りました。 
雉斗くんは再びバッタバッタの平身低頭を再開していた最中だったらしく、私がふりかえった時彼は頭を上げた瞬間でした。

よく鳩が豆鉄砲を食らったような顔といいますが、その時の雉斗くんは『ウソッ…!』
というようなひきつった顔をしてそのまんま暫くフリーズしていました。 

『オーマイガッ…!』
とでも聴こえてきそうです 。

『ごめんね雉斗くん、私のせいかも…(汗)』
私はなんだか、とても申し訳無いような気持ちになったのですが帰りのどっかでコキタナイ喫茶店に入り、そこで飲んだ珈琲が意外なほど美味しかったことに癒されて図太い人間らしくたちまち快復すると頭の中はもう、うちで待っていてくれる愛猫達のことでいっぱいでした。

早く帰って自分のゴハンも、ニャンズのゴハンも、ちゃんとせニャア…と暗くなり始めた空に、一番星を見つけながら駅を目指して足早に歩き始めた頃、どこか遠くの山奥から『暮れ六つ』の鐘の音(ね)が厳かに聴こえてきたのです。

お・し・ま・い っ <(_ _*)>

【平成2016年秋載  令和3年秋再】

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