感傷マゾvol.07『仮想感傷と未来特集号』まえがき

※本記事は感傷マゾvol.07『仮想感傷と未来特集号』のまえがきの転載です。

 生まれた時にOculus QuestやHTC VIVEのような市販のVR機器が一般的ではなく、オフラインの現実の中で幼少期を過ごしてきた人が、現在では大多数だと思います。VR以前のメディアでは、オフラインの現実ではない「ここではないどこか」を探ろうとしても、本や映画、漫画やアニメなどのフィクションによって、自分ではない誰かが主人公の物語を通じて現実逃避するしかありませんでした。文字が綴られた書籍なりパソコンモニターなり人間と物語のインタフェースの影響で、物語世界に耽溺すると同時に否応無しに自分達が住む現実と物語世界は絶壁によって区切られていることを体感せざるを得なかったのです。
 その点においてVRは体験するメディアであり、別の世界にいる主人公に自分自身を投影するのではなく、むしろ、自分自身にアバターをまとわせて自らがキャラクターとなり、別の現実を体感することになります。その影響によって、「(過去を)感傷する」という行為はどのように変貌するのでしょうか?

「夏休みに、幼馴染の女の子と地元の神社の夏祭りに行きたかった」「麦わら帽子に白ワンピースの少女と、田舎で出会いたかった」
 そういった類型的な概念の夏のイメージは、日本人が盆休みに田舎の祖父母の家を訪れる行為が一般的だった時代に育まれた共同幻想だと思います。けれども、世代交代が進むにつれて都会に人口が集まる反面、地方の過疎化が進むことで、このような共同幻想の源となる体験は一般的ではなくなっていくのでしょう。それどころか、生まれつきVR機器が手元にある未来の世代にとって、そもそも思い出を作る体験の場がオフラインの現実にあるとは限りません。
 むしろ、過去を振り返ると仮想現実での思い出ばかりになるのかもしれない。友人や恋人と出会う場所も、仕事をして給料を稼ぐ場所も、誰かと出会い、そして別れる場所もオフラインの現実ではなく仮想現実になるのかもしれない。懐かしいと感じる仮想現実のワールドも、現代日本ではなく異世界の風景になるのかもしれない。そのような令和生まれの未来の世代がオタクの中心的存在になった時、どのような架空のノスタルジーに浸るのでしょうか?そして、それはオフラインの現実での体験を元にしていないから、空しいことなのでしょうか?

 生まれつきVRが当たり前になった世代にとって、現実や虚構や感傷はどのように変貌するのでしょうか?オフラインの現実と仮想現実の区別が曖昧になり、もはやオフラインの現実も複数ある現実の一つでしかなくなった未来の私たちは、何を懐かしみ、どこへ帰りたいと願うのでしょうか?
 仮に、「私たちが生まれつき家庭用ゲーム機のコントローラーと共にあったように、生まれつきVR機器と共にある未来の世代が仮想現実の中で行う感傷」を「仮想感傷」と呼ぶならば、それはどのような行為や感情をもたらすのでしょうか?
 既に、新型コロナウイルスによって、様々なイベントどころか外出すらままならなくて、「青春」自体が十代の若い人にとって現実ではなくフィクションの中にあるものへと急速に変貌しつつある今、そのような「未来におけるノスタルジー」を単に空しい行為だと断ずるのではなく、様々な観点から可能性を探れないか……というのが本誌のコンセプトです。

 様々な観点というのは、何もVRに限りません。鄙びた温泉や駅前旅館、純喫茶、大衆食堂、廃墟、廃村……有名な観光地に目もくれず、そのようなノスタルジックな場所を毎週のように旅行する人々がTwitterには多いです。あるいは、シティーポップやヴェイパーウェイヴなど、視聴者が実際に体験していないはずの架空のノスタルジーを感じさせる音楽も、2010年代において大きな注目を集めるようになりました。そして、新海誠さんの『君の名は。』や三秋縋さんの小説、loundrawさんのイラストのように、理想的すぎて概念的な青春を追い求める青春ものの作品群もそうです。

 不思議なことに、2010年代は様々なジャンルから同時多発的にノスタルジーを求める傾向が強まったと感じます。けれども、私が見る限り、Twitterにおいてそれらのジャンルを横断的に楽しんでいる人はまだまだ少ないです。その状況が少しもったいないと感じます。たとえジャンルは異なっていてもノスタルジーを求める傾向は近いから、何か理解しあえるものはあると思うんですよね。
 本誌では、「VR」と「旅行」「架空のノスタルジー」の三種類の座談会を収録しており、それ以外にも様々な観点からノスタルジーについて考えさせられる原稿を収録しています。理想としては、本誌がノスタルジーにおけるハブターミナルみたいな本になってほしいと思います。「普段は総武線を使っているけれど、今週末は京浜東北線を使って小旅行してみるか」というノリで、「VRはあまり身近に感じなかったけれど、面白いなー」「たまには鄙びた旅館を旅行してみようかな」「最近の青春ものの作品ってこんな感じなのかー」「音楽におけるノスタルジーって興味を惹かれるな」と、読者の方が普段と少し違ったノスタルジーの路線に乗り換える契機になったらとても嬉しいです。
 それでは、皆様、良い旅を。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?