見出し画像

男らしさ

男らしさの定義は人それぞれにあると思われるが、時代の流れとともに変容するものであるといえる。

例えば音楽のジャンルの一つとしてのヒップホップという業界では、いかに自分をカッコ良く見せるか、いかに“男らしさ”を表現できるかを誰もが競い合っているといっても過言ではない。そんなヒップホップのラッパーたちの歌詞の内容や出で立ちも時代とともに変容してきていることは、すでに世間的にも周知されている事だろう。2000年代初頭に流行していたエミネムや50cent率いるG-unitやDMX等のラッパー達と、現在人気のエイサップロッキーやタイラーザクリエイター、リルウージーバートやヤングサグ、ロジック等々のラッパーたちを比べてみるとその差は明確である。つい10年前までは所謂“マッチョ”である事や、太く重そうなゴールドチェーンを見せびらかしていかに自分が稼いでいるかをアピールする事が“男らしさ”であるとする風潮が主流だったように感じる。それと比較すると2010年代以降は単にマッチョなだけが“男”ではない、もっと自分の苦しみや弱い内面を表現するラッパーがメインストリームに上がってくるようになった。あのJAY-Zも10年くらい前の楽曲では自分自身の苦労や食えなかった時期の頃の事などを、ビギーと違って歌詞で表現してこなかったが、近年では彼がドラッグ中毒だった兄を12歳の時に銃で撃ったこと、発売前のアルバムをプロデューサーが、ブートレグ(海賊版)にして配布しているのを知ってパーティで刺したことなど自分の過去の罪を告白したり、大切な人とは自分のエゴを殺して正直に会話することが大事だと歌ったりしている。この変化からわかることは現代においての“男らしさ”とは、単にマッチョである事よりも、自身の弱さを認め、表現することができ、相手の弱さを許容することができる優しさがあることのほうが重要視されているのではないかと思う。

いくら筋骨隆々で億万長者でも、他人に対して気遣いも余裕も無ければ“男らしい”とは言えないのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?