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熱帯夜には冬が恋しくなる


#この街がすき

そろそろ2022年の7月が終わろうとしている。気温は28度らしい。連日の熱帯夜に比べるとまだ涼しい方だがやはりクーラーをつけていないと身体が火照る。こんな夜は、私は冬の思い出をよく回想する。あの頭のなかもすっきりさせてくれるような凍てつく寒さがとても恋しくなる。今住んでいる街よりも、仕事やプライベートで訪れた街や、少年時代に住んでいた街での思い出を想起することが多い。思い出といっても、長い一連のエピソードというよりも一瞬の何気ないワンシーンが多い。
  例えば数年前の仕事中の休憩時間だ。当時営業職をしていた私は1人で社用車で移動することが多かった。これから客先に向かう途中、まだ時間があるので最寄りのコンビニで暖かいコーヒーを買った。コンビニを出てすぐに一口飲むとカフェインが脳に染み渡り、やる気が漲ってきた。別の案件での心配事とか色んな感情は一旦はしっこに追いやって、目の前の客先での打ち合わせに集中する。田舎のコンビニは駐車場が広く、道路を挟んだ向こうは広大な田んぼだ。そのまたずっと向こうにうっすらと山が見えるが、その山まで延々と広がっているように見える。田んぼには水も稲穂もトンボも鳥達もいない。冷たい風が無防備な耳に刺さるのを感じて、私は社用車の中に戻った。
  あるときは、今住んでいる家から500km離れたとある城下町の冬を思い出す。その時私は友人と遅くまで酒を飲んで、友人の家に向かう道中だった。オレンジ色の街灯が私と友人を照らしていた。20代前半だった私はその頃恋人がおらず、1つ年下の明るい彼女と同棲生活をしているその友人が羨ましくもあり素直に憧れもしていた。あのときは今よりも2倍くらい酒が飲めたような気がする。ぽろぽろと粉雪が街頭の明かりのなかを通過しはじめたのを意味もなく見ていた。
   そして8歳の頃の冬休みを思い出す。雪が積もるのはその街では珍しかった。当時住んでいたアパートの二階建ての駐車場で友達15人くらいで雪合戦をした。年上の悪ガキたちが子供の身長より全長が高い雪だるまを積み上げたりしていた。車と車の隙間を駆け回りながらの雪合戦は最高に興奮したのを今でも覚えている。しばらくして同じアパートの住人に怒られたため雪合戦は中止になった。その住人が長々と説教をしている時、私は背の高い雪だるまをじっと見つめていた。
 
  この夏は世間は何かと騒がしい。しかもその話題一つ一つに地雷が埋まっているらしく、日本社会は今にも爆発寸前といった雰囲気だ。もしこの夏を平穏に生き延びられたなら、またあの愛おしい冬を過ごせる。
 
 そしてこれもまた毎年同じことの繰り返しだが、いざ冬がやって来ると夏が懐かしくなり、いつか過ごした夏の思い出が脳裏によみがえってくるのである。

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