見出し画像

愛するネズミに捧ぐ

 愛するネズミへ捧ぐ

今日、私の大好きなドブネズミが息を引き取った
ペットのドブネズミは他にもいるけれど、彼が一番私に懐いていたと思う

ネズミの名前はハム
ハムスターではなく、ボンレスハムによく似ていたから
ハムは毛の生えないピンク色でツルツルのドブネズミでスキニーラットという名前で売られていたりする
ちょっと一般受けしない見た目だから、ネズミと私の画が撮りたいと言った仕事関係の人たちがハムではなく、クリーム色の毛が生えたネズミを指定する度にムカついてた
そんな人たちが帰った日にはいつもよりたくさんハムに話しかけた
ハムは百点満点で可愛いよって

ハムはやんちゃな子ネズミでしょっちゅう同居のティー君に圧をかけていた
大人になったら急に分別がついて人が大好きな懐っこいネズミに育った
私の手の中に入るとそのまま腕を登って首の周りをぐるぐる回ったり、肩に座ったりするのが好きだった

私はハムが大好きで、ハムも多分私が好きだった
多分好きというのは、感傷的な擬人化ではない
私はドブネズミの笑い声に関する研究をしているのだけど、その実験の一環で証明されている
ドブネズミの笑い声はネズミの脇腹をくすぐると採取できる
人間には聞こえないくらい高い
でも、誰でもこの笑い声が手に入るわけではない
よく懐いたネズミが飼育者にくすぐられた時にだけ笑うのだ
私が今実験で使っているドブネズミの笑い声はハムのものである
ハムは私が撫でると絶え間無く笑っていた
人には聞こえない高さの音なので機械を通して波長として見えるだけだが、ハムはずっと私に聞こえない笑い声をあげていたのである
ハムのおかげで私は実験ができるのだ

私の恋人が変わる間もハムはずっと私のそばにいた
前の恋人は私のことがもう好きじゃないけれど、多分ハムのことは好きだ
ハムが死んだことを知ったらとても悲しむと思う
私はそれを好ましいと思う
ハムを愛してくれてありがとうと思う
今の恋人もハムが好きだった
ハムが病と闘い苦しむのをすごく悲しんでいた
人間より寿命が短いことを知識としては知っていても耐えられないと言った
たくさん生き物を飼ってきた私もネズミたちが私より寿命が格段に短いのを未だに納得できずにいる
毎回なぜか自分のネズミだけは永遠な気がしているから毎回信じられないし、とても悲しい

私はハムが大好きで、これからもずっと好きだと思う
最初は飼う予定じゃなかった
毛のない哺乳類はあまり可愛くないと思っていた
ネズミを買いに行ったら、ハムと名付けられる前の君が手に飛びついてくるまでは
今はどれだけスキニーラットが愛らしいかをとめどなく溢れるように語ることができる

うちには、ハムの息子が二匹いる
ハムによく似たツルツルの見た目のふうちゃんと全く似ていないふさふさのさとりくん
どちらも性格はそれぞれ違う
ふうちゃんはハムよりいくらか自己主張が弱いおっとりした性格だし、さとりくんはちょっと神経質で人間嫌い、だけど、本当は興味津々
血は繋がっているけれど、ハムとは違うネズミたち
私はこれからも大学、プライベート含めていろいろなネズミと出会うだろう
ネズミの寿命は短いから、たくさん別れも経験するだろう

こんなに悲しいなら飼わなければよかったと思うことはない
とても悲しいけれど、一匹、一匹私と出会ってくれてありがとうと思ってこれからも出会うと思う

ハムは明日の朝、骨になってしまう
生き物は死んでしまうと骨だとか殻だとか硬い形のある部分しか残らない
でも、ハムは笑い声を残してくれた

これから私はハムの残してくれた笑い声を使ってネズミや人間や他のいろんな動物が健康に幸せに生きるための研究をする
私は今日ほど研究を頑張ろうと思った日はない
今までも実験でたくさんのネズミの命をもらってきたけれど、見分けのつかない付き合いの短いネズミたちだったから、初めて解剖をした大学2年生の時の気持ちを失ってしまっていた
私たちはいろんな命に繋がれて生きている
終わりを迎えた命を次の時間につなげてゆくために、私はその瞬間、目の前にある今日を大切にしてゆくことしかできない

ハムがいたから私は毛のない哺乳類を好きになった
ハムがいたから私はネズミをもっと好きになった
ハムがいたから私はドブネズミの笑い声の研究ができる
だから、これからもハムがいたからできたことを一つずつ増やして生きてゆく

これからも愛しつづけるネズミに捧ぐ

いただいたサポートは今後の活動の糧になるように大切に使わせていただきます。