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長男1回目 9

「学校」に戻る

小5の2学期頃になって、朝は車で送っていったものの、1日教室にいられることが増えた。ただ最初のうちは、長時間教室の机の前に座っているだけの体力がなく、帰宅するとぐったり。塾どころじゃない日も多かった。
その後も、結果的には高1までカウンセリングには通っていた。
最初は1週間に1回、徐々に間が空いていったが、カウンセリングの日は学校を欠席する。大義名分があって休めるのと、カウンセラーの先生との時間が楽しくて、長男にとってはラッキーな日のようだった。

その間に小学校にあがった次男は、一人で登校班に向かい、大きなランドセルを背負いながら元気に登校していた。一緒に車で連れていっても良かったのかもしれないが、不安定な出席状況に影響されるのも大変だし、次男には次男の友達ができてくるので、朝はバラバラになっていた。

一度「学校」という集団からはみ出した長男は、ゆっくりゆっくり、再びその集団に戻っていった。起立性調節障害の状態も良くなってきていた。(とはいえ、いたって寝起きは悪い)

そして長男が6年生、次男が2年生になった頃、やっと長男は自力で歩いて登校できるようになった。2年生になった次男と一緒に登校班で行けるようになり、お兄ちゃん大好きな次男はとても喜んでいた。
久々に登校班復帰した長男は、6年生ということでいきなり副班長。
次男以外の新2年生からしたら「突然やってきたこの大きい人は誰!?」って感じだったと思うが、体格もよく、基本的に面倒見は良いので、それなりの責任感をもって小さい子達を守り、職務を全うしていたようだった。

小6で担任の先生は変わったが、これまたスポーツ大好きで活発な先生。
男児女児問わず人気があり、PTAからの信頼も厚い。長男もいまだに大好きな先生。
できる宿題をわかっていてやらなかった長男に対しても、しっかり雷を落としてくれた。ポリ袋にたっぷり入った宿題のプリントを持ち帰らされた長男は、さながらしょぼくれたサンタさんのようだった。

新しいステージへ

何とか塾も続けていた。後で直接M先生から聞いた話によると、まあまあな頻度でさぼっていたようだ(よく進学塾の先生が黙認してくれていたもんだ・・・)が、テストだけはそれなりに受け、授業に出るときは非常に真剣に聞いていたらしい。
もともと中学受験を目指して入った塾ではなかったが、6年の夏休みを越えて、やっぱり長男の性格的に公立はしんどいんじゃないかと、中学受験に切り替えた。本気になったのが秋以降なので、非常に遅いスタートではあったが、おかげ様でなんとか第一志望の中学校に合格できた。

そしてついに3月。小学校の卒業式。
たった2年前は、こんなに楽しそうに友達とキャッキャしている長男の姿なんて、微塵も想像できなかった。
もうそれを見ているだけで、私は涙腺が崩壊していた。
先生方、たくさんの友達に感謝の言葉しか出てこない。
辛い思い出のままで卒業にならなくて良かった・・・心から思った。

4月からは新しいステージ、素晴らしい中学校生活、長男の青春が始まる。
その時の私はそう信じて疑わなかった。


ー長男1回目 ENDー


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