5/31日記。漢方の勉強など。

宮島日記が長くてまとめられないので普通の日記を書きます。。。


梅雨に入りそうな5月末。漢方茶の勉強は滞りなく進んでいる。

去年は薬膳、今年は漢方茶とやっていて、なんでもそうだと思うのだけど、学んで知識が増えると疑問に思うことが増えてしまい、「あれはなんで?これはなんで?」となる。

今、自分の体調もあまりよくなく、めまいとだるさを治しているところに風邪ひいてるという始末。

(余談だけど、転職した2年前からめまいが始まって、過逸っていう運動足りなさが全身のめぐりを悪くしたのだと思うけど、2人職場の上司・・溜め込み系・・がそれまでと違ってすっかり元気になってしまったということで、澱を吸い取ってるんじゃないかとも思っている。。)

ちょっと勉強していたときには人にも「あれがいいよ~こうすれば~」とか軽く言えてたんだけど、今は弁証(体質状態判断)が一番難しいことをわかっているので、原因がわからず友人からの養生相談にもどう答えたらいいのかすごく迷ってしまう。

弁証は本当に知識と経験値が必要なもので、人の体はとても複雑で色んな要素が組み合わさっている。難解である。

パッと感じたものを大事にするのが最後は本当なんだろうけど、勉強始めの今はきちんと知識に裏付けなければと思う。でもわからないときには奥の手でリーディングしてます・・・笑 感情や心持から来る身体の癖は多分リーディングってかなり向いていると思う。


最近、龍に興味を持ったことでロンドンのmomoyoさんというサイキックの方の本を読んでいて、この感じはわたしの長年の感覚にかなり近いと感じている。

わたしはスピリチュアルファンだけど、スピリチュアルは己の魂を育てる手立てと思ってる(だからわたしのことを日本に蔓延しているような間違ったスピリチュアルファンのようにみられると本当に悲しくなってしまう、仕方ないけど。そういう観念本人がなっていないとそう誤解する)。どうかしてクライアントを楽にしてあげるというよりは、自分で乗り越えて成長する魂の筋力を鍛えるコーチっていうのがわたしの考える理想のヒーラーのかたち。

筋トレさえすれば大体のことはおもしろくなる。


漢方についても同じで、わたしは漢方薬局の先生みたく方剤を出して治してあげるというよりは、漢方や自然療法のレクチャーをして、自分で自分の体の状態を見ること、そして自分に何をトリートするか・・その視点、「視る」という見えない眼のトレーニングを手助けするようなことがやりたいし、向いているのかなって感じてる。多分、これが一番合ってる。

スピリチュアルの視点も伝えたかったけど、体から視ていくほうが現代の人にはあってるかもしれない。

昨日は、食事、睡眠、娯楽(ハリーポッター!)ともに自分ののぞむように出来て今日は心身の調子もよく満点!

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