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【第2章】その33 ✤アリシア 誕生の秘密

こちら物語の主人公の一人アリシアの家系図になります。アリシアはセシリー・ネヴィルの最後の子供ウルスラと共に誕生した双子の姫でした


 さて、薔薇戦争勃発の1年前に話を戻す。

 この時ヨーク家では問題があった。

「困った、どうしたら良いのか……」

 セシリー・ネヴィルはお産が無事済んだ後、赤子を眺めながらこの問題にどう対処するべきか考え、頭を抱えていた。

 今回の妊娠期のお腹が普段に比べると少し大きいように感じていた。でも年を取ってできた子供で、もう13回目のお産だったから多少太りやすくなったためなのかと思っていた。

 赤ちゃんが産まれてホッとしたのもつかの間、産婆が言ったのだ、

「奥様、まだお腹にもう一人赤ちゃんがいます」と……。

 結局、生まれたのは2人の女の子だった。

 なんということか……。

 もしこのことが世間に知られたら、一族はどうなる、まず子供は彼女が不義を犯してできた双子達と言われ、夫リチャードは笑い者になるだろう。双子を産んだ女は主人以外の男を愛人に持っているというのが世間の定説で……自分に愛人がいるなどということは本当にただの一度もないのだけれど、それでも周りがそう噂するのは明確だった。

 彼女の多くの子供達はそもそも何故か皆リチャードに似ていないという問題もあった。これも不思議なのだが、特にエドムンド、マーガレット、ジョージの3人は背が高く、なんとなくずんぐりした夫リチャードとは似ていなかった。

 長男のエドワードもやはり顔立ちも体格もリチャードとは似ていない。

 末の息子リチャードは唯一顔立ちが父リチャードに似ているように思うが、いかんせんまだ3歳、これからどうなるのかなど全くわからず……彼女は子供は今まで12人も産んだのに、6人は生まれてすぐに亡くなってしまったので、その子供達が夫リチャードに似ていたのかどうかは全く不明であり、死なずに無事成長してくれた子供達は不思議なことに何故か皆、夫リチャードには似ていなかったのだ。

 そしてその上に今双子の誕生だなんて、これはまずい。そうでなくても最近はランカスター家との諍いもあるというのに。

 彼女の母方の実家のランカスター家と夫のヨーク家は政局をめぐり、この10年ほど不穏な空気が漂い始めている。

 そもそもセシリーの夫リチャードの母はクラレンス公ライオネルの孫で、偉大なるイングランド国王エドワード3世のひ孫に当たるアン・モーティマーである。なので本来であればライオネルの弟の家系であるランカスター家よりも王位継承権は高い。ただリチャードの父ケンブリッジ伯爵リチャード・オブ・コニスバラがヘンリー5世に対する陰謀に加担したと処刑されていたことから、リチャードが国王になる確率はかなり低い状態だった。彼はロンドンの王宮内はおろか、イングランド国内にさえも職はなく、アイルランドやフランスに派遣されることのほうが多かったのだから。

 でもヘンリー6世が狂気を帯び錯乱し始めたことと、王の一番の側近サマセット公エドムンド・ボーフォートに皆が反感を持ち始めたことから、彼女の夫リチャードの王位継承権が見直され、皆が彼をサマセット公エドムンド・ボーフォートの対抗馬として担ぎ出した頃から、情勢が瞬く間に変わってしまい、今ではリチャード本人もイングランド国王になる夢を持ち始めるようになっていた。

 セシリーは思った。

「なんて素晴らしいことでしょう、この私がイングランド王妃になるだなんて! 
そうしたら長年私の母ジョウンをジョン・オブ・ゴーントの妾の娘と軽んじてきた、高慢ちきなランカスター家の鼻を明かすことができるというものだわ」

 愛人から3人目の妻となった彼女の祖母キャサリンは家庭教師としてランカスター家の子供達の世話をしていた女性で、そこからジョン・オブ・ゴーントに見初められ妻となるのだが、最初の妻ブランシュの子供達にとってキャサリンはあくまで使用人の女であり、そのブランシュの孫に当たるシャルル突進公の母イザベル・ド・ポルトガルにとっても、例えセシリー達が自分達と同じジョン・オブ・ゴーントの孫の立場とは言え、それでも妾の子孫のセシリーの一族など自分達と同じ地位にいると思うことはなかった。

 またリチャード自身も、彼の父ケンブリッジ伯爵自身の出生というのが、どういうわけかその父ヨーク公エドムンドに認められていなかったということもあって幼少期から悔しい思いをしてきた人生だった。

 その上、正当な後継者の家系である母アン・モーティマーはリチャードが生まれた直後に亡くなってしまったし、父ケンブリッジ伯爵まで処刑され、彼は4歳で孤児になっていたのだ。

 そんな彼を気の毒に思い、引き取ったのがセシリーの父ラルフ・ネヴィルで、父の決断によってセシリーは9歳の時に彼と婚約させられた。その時リチャードは13歳、ただ2人はセシリーが生まれた時から一緒に育っていたので、兄妹のように仲良く暮らしていた彼と結婚することはセシリーは少しも嫌ではなかったし、セシリーは美貌で有名でもあったのでリチャードも何の不満もなかったのだ。

 当時、貴族や王家の娘達は遠い国の会ったこともない、そして随分と年も離れた主人の元へ嫁がなければならないということも普通で、生まれてからずっと兄のように慕ってきたリチャードと結婚できることはセシリーにとってはむしろ幸運だったと言えるだろう。

 そういうわけで、2人は仲の良い夫婦だったのだ。

 婚約から5年後に正式に婚姻し、それから10年後にやっと子宝に恵まれたセシリーは、それから毎年のように子供を生み続けて、リチャードはその度に、
「愛しい美しいセシリー」と彼女のために高価な洋服や装飾品をたくさんプレゼントを贈ったと言われている……セシリーはそんな夫を裏切るようなことをしていたとでもいうのだろうか?

 セシリーは思う。

「神に誓って不義などしていないというのに、なぜ双子が生まれたのだろう」

 当時は女が双子を産むと
「双子が生まれるのは母親が2人の男性と関係を持ったため」と思われていた。だから世間が何と言うかセシリーにはもうわかっていた。この双子のことが世間に知れ渡ったら、エドワードや他の子供達のことも今まで以上にとやかく言われることになるだろう。

 そうなれば夫リチャードの国王になるという夢も遠のくのではないか……。

 それは困る。

 この大事な時に、そんな理由で王位への道が無くなるかもしれない、だって政敵はありとあらゆる理由を見つけようとしているに違いないのだから……!

「一体私はどうしたら良いのだろう……」

 夫リチャードが政権に戻って王位継承者になれるかどうかの大切なこの時に、世間に双子を産んだなどと言うことは到底できるわけがない。

「仕方がない、一人は手元に置き、可哀相だけれどもう一人はどこかへ預けることにしよう」

 自分にやましいことがない以上、夫には話しておこう。夫も今は政局の大事な時、双子の一人を手放すことは理解してくれることだろう……。

 セシリーは決心した。

 手元に置く娘はウルスラ、そして遠くへ預ける娘はアリスと名付けた。夫リチャードと相談し、リチャードの母アン・モーティマーの祖母に当たるレディ・アリス・フィッツアランからもらうことにしたのだ。せめて離れる娘には自分達の何か印を残したかった。

 ウルスラは身体が弱いのか年中泣いていたが、アリスは大人しく育てやすそうな赤ちゃんで、このアリスなら母の元を離れても大丈夫と子供をたくさん産んできたセシリーは直感したのだ。

 ウルスラもアリスも共に大変色白で、髪の色はプラチナブロンド、そして薄い目の色の、妖精がこの世に誕生したのかと見紛(みまが)うほどに愛らしい赤ちゃんだった。

 2人が生まれたのは1454年7月22日、1455年薔薇戦争が勃発する前年のことだった。

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※アリシアは創作上の人物です。

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