歴史小説への愛や、好きな作品・作家を語ってください!
この小説について この小説は、畠山次郎、という一人の若者の運命を描いています。 彼は時の最高権力者、武家管領の嫡男です。 しかし、目の前でその父親が割腹自殺する、という場面から、この小説は始まっています。 彼はその後、師匠の剣豪や、愛する女性、そして終生の宿敵である怪僧・赤沢宗益と巡り合い、絶望的な戦いを続けてゆきます。 敗れても、何度敗れても立ち上がり続けます。 全ては、野心家の魔人・細川政元により不当に貶められた主君・足利義材を救うため。 そして自分自身
【垂仁経綸編】エピソード9 殉葬の習わし 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 紀元前2年、皇紀659年(垂仁天皇28)冬。 ここは、纏向珠城宮。 10月5日に薨去した、倭彦の墓について、話し合いがおこなわれていた。 垂仁天皇こと、活目入彦五十狭茅尊(以下、イク)を中心に、その兄弟たち、大后、大連、大夫たちと共に、激論が交わされていたのである。 ちなみに、オリジナル設定である。 ニック「立派な陵にせなあかん・・・言うたんは『ニカ』様でっせ?」 ニカ「たしかに、立
かつて、鳥羽法皇は息子の後白河法皇を「即位の器にあらず」と言っていたが、後白河法皇も以仁王に対し同じように思っていた。 後白河法皇が以仁王を評価しなかったのは、その思い込みの強さにある。 今回の挙兵でもわかるように、自分が王の身分にすぎないのに、「最勝親王」と名乗り、諸国の源氏の挙兵するように令旨を発した。 令旨とは、皇太子が発するものである。 親王ですらない王ならば、「令旨」ではなく「御教書」として発行しなければならない。 そのなのに、以仁王は皇太子気取りで令旨を発行した。
【垂仁経綸編】エピソード8 倭彦薨去 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 紀元前2年、皇紀659年(垂仁天皇28)秋。 ここは、伊勢国の五十鈴宮。 二千年後の三重県伊勢市に鎮座する、伊勢神宮の内宮である。 天照大神(以下、アマ)の御杖代、倭姫(以下、ワッコ)は、ある男を呼びよせていた。 その男の名は、竹の連の吉彦と言った。 ここで、采女の忍比売(以下、おしん)が尋ねてきた。 おしん「ワッコ様? 吉彦って、誰だべ?」 ワッコ「覚えておらぬか? エピソード523
ゲーム、マンガ、小説などで人気の三国志。 歴史書である正史三国志では、列伝を読み漁って歴史を繋ぎ合わせなければならず、どことなく味気ない。 一方で、小説三国志演義では、妖術など荒唐無稽な描写がある。 また、劉備を主人公、曹操を悪役、孫権が脇役的に描かれている。 そこで、三国志演義をベースに自分なりの三国志を描こうと思います。 第三話は、後日描いていきます。
情報共有いたします。みなさまの何かのきっかけになれば幸いです。 司馬遼太郎氏著書『坂の上の雲』を 大河ドラマがきっかけで読んだことがあります。 ※過去投稿🔗『歴史本読書 芋づる式』 その司馬遼太郎氏の記念館が 東大阪市にあると、その時知りました。 近くにあるのになかなか行けず月日が経ち 先日やっと訪問する機会を得ました。 入館は有料です。 大人500円。 各言語の案内パンフレットが置かれており、 各国からこの場所を訪れている様子が 窺い知れます。 入っていくと その
【垂仁経綸編】エピソード7 ふたたびの真鶴 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 年が明け、紀元前2年、皇紀659年(垂仁天皇28)となり、あっという間に、秋の季節を迎えてしまった。 そんなある日の正午頃・・・。 ここは、伊勢国の五十鈴宮。 二千年後の三重県伊勢市に鎮座する、伊勢神宮の内宮である。 天照大神(以下、アマ)の御杖代、倭姫(以下、ワッコ)は、ある男を呼びよせていた。 その男とは、足速男(以下、はやお)と言った。 はやお「お初にお目にかかりまする。我が『
【垂仁経綸編】エピソード5 神になった真鶴 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 紀元前3年、皇紀658年(垂仁天皇27)9月。 ここは、伊勢国の五十鈴宮。 二千年後の三重県伊勢市に鎮座する、伊勢神宮の内宮である。 稲を捧げようとする真鶴のため、天照大神(以下、アマ)の御杖代、倭姫(以下、ワッコ)は、アマ様の御前に稲を懸けて、これを捧げ奉ったのであった。 ワッコ「これで、あの鳥も、喜んでおろう。」 そこに従者たちが、やって来た。 カット「皇女様・・・。米といえば
長谷堂城を守備するのは、最上義光の重臣志村光安率いる1000の兵。 上杉方は直江兼続が指揮する18000。 長谷堂城が落ちれば、最上は須川のみが防衛線となり、上杉が須川を越えれば山形城までさえぎるものがなくなる。 慶長5年(1600年)9月15日から、上杉は長谷堂城を力攻めしたが、18倍もの兵力差がありながら、城は落ちない。 それどころか、光安は16日には200名の決死隊を率いて、春日元忠の陣に夜襲をかけた。 春日の陣は同士討ちを起こすほどに混乱し、光安は兼続の本陣の近くまで
【垂仁経綸編】エピソード3 物具を捧げよ 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 紀元前3年、皇紀658年(垂仁天皇27)8月7日。 ここは、纏向珠城宮。 垂仁天皇こと、活目入彦五十狭茅尊(以下、イク)は、祭祀官の中臣大鹿島(以下、オーカ)を呼び出していた。 オーカ「大王? 如何なされました?」 イク「うん。ちょっと占って欲しいんだよね。」 オーカ「占う?」 するとここで、大連の物部大新河(以下、ニック)が口を開いた。 ニック「物具を神々への幣としても、え
【垂仁経綸編】エピソード4 稲を咥えて 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 紀元前3年、皇紀658年(垂仁天皇27)9月。 ここは、伊勢国。 二千年後の三重県伊勢市。 伊勢神宮から、ほど近い場所で、大若子(以下、ワクワク)と、乙若子(以下、乙若)、そして、紀麻良(以下、キーマ)の三人は、歩き回っていた。 倭姫(以下、ワッコ)の命を受け、昼夜を問わず、騒ぎ鳴いていた、鳥を探していたのである。 そして・・・。 キーマ「あっ! あちらに、鳥が居りますぞ! 真っ白な真鶴に
【垂仁経綸編】エピソード6 創建と遷座と 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 紀元前3年、皇紀658年(垂仁天皇27)のある日・・・。 ここは、伊勢国の五十鈴宮。 二千年後の三重県伊勢市に鎮座する、伊勢神宮の内宮である。 前回、真鶴を祀った、天照大神(以下、アマ)の御杖代、倭姫(以下、ワッコ)たちの元に、猿田彦大神が出現したのであった。 猿田彦「今年、神託を下したぜ。ついでに、紹介しろ!」 ワッコ「えっ? 神託にござりまするか?」 ねな「どんな内容なの?」
【垂仁経綸編】エピソード2 屯倉誕生 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 紀元前3年、皇紀658年(垂仁天皇27)。 ある日のこと・・・。 ここは、纏向珠城宮。 垂仁天皇こと、活目入彦五十狭茅尊(以下、イク)は、兄弟たちに、直轄地を設置したいと打ち明ける。 その時、久米押志岐毘古(以下、オシキ)が乱入してきたのであった。 オシキ「こういう時だからこそ、忠義の一族、久米の出番なんすよ!」 のまお「聞いておったのか?!」 イク「オシキ? 出番って、どういうこと?
【垂仁経綸編】エピソード1 直轄したい 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 伊勢神宮創建の翌年、紀元前3年、皇紀658年(垂仁天皇27)。 ある日のこと・・・。 ここは、纏向珠城宮。 垂仁天皇こと、活目入彦五十狭茅尊(以下、イク)の面前には、兄弟たちが坐っている。 すなわち、彦五十狭茅(以下、のまお)。 国方姫(以下、ニカ)。 千千衝倭姫(以下、チック)。 五十日鶴彦(以下、イカッピ)。 倭彦。 腹違いの兄、八坂入彦(以下、ヤサク)である。 のまお「大王
夜の帳が降りている。 三日月がさらに伏し目がちに天にありて、幾分は足元の助けになっていた。先日よりも温い風が、大北山から吹き降ろしている。 総司は五条色街をそぞろ歩きしている。 昨日と相違点は、隊服を着流している。 彼はその染め物羽織を好んではいない。 弥生に上洛して程なくして、会津藩の支度金により麻の染羽織が支給されている。話によると清河八郎の言により、赤穂浪士の歌舞伎衣装を元に設えられたという意匠である。 出自がそれであるだけに、街頭では目を引く。 しかも
189年、宦官と亡き霊帝の外戚とその部下たちが乱を起こす中、宦官二人に都・洛陽の郊外へと連れ出された幼い皇帝・劉弁(諡・少帝)と陳留王・劉協(のちの献帝) 後漢書・献帝紀によれば郊外で宦官らを討ち、二人を保護したのは盧植らが率いる軍だったとされている。なお後漢書の盧植伝に上記についての記述は見られない。正史・董卓伝では盧植の実行したことがそのまま董卓にすり替わっており、どちらが真実かはわからない。董卓が都に帰還途中の皇帝らを出迎えたというのはハッキリと記述されている。ど
有田の人々の目が、ふたたび海外に向いたのが幕末だった*。通商条約が結ばれて自由貿易が始まり、ジャポニスムのブームや万博への出展も相まって、有田焼は世界に返り咲いていく。 1870(明治3)年にはドイツ人技術者のワグネルが有田に招かれ、西洋の先端技術を伝えた。鮮やかな青や緑、桃色、黄色など、発色のいい西洋絵具が導入され、有田の人々の製作意欲は上がった。 幕末のパリ万博の次が、1873(明治6)年のウィーンだった。明治政府は新生日本をアピールしようと、威信をかけて大規模
【伊勢遷宮編】エピソード36 淡い塩 第十一代天皇、垂仁天皇の御世。 紀元前4年、皇紀657年(垂仁天皇26)。 天照大神(以下、アマ)の御杖代、倭姫(以下、ワッコ)は、御膳御贄の処を定め、伊勢神宮への帰路に就いた。 垂仁天皇こと、活目入彦五十狭茅尊(以下、イク)たち家族が同行し、大神主の大若子(以下、ワクワク)と、舎人の乙若子(以下、乙若)が付き従う中、伊波戸という場所に差し掛かった時、ワッコは、唐突に宣言するのであった。 ワッコ「よし! 決めたぞ! 戸嶋、志波