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ルールについて

来春開業するプロ野球日本ハムの新本拠地「エスコンフィールド北海道」のファウルゾーンの一部が公認野球規則の規定を満たしていないということが問題になっている。具体的には、本塁からバックネットまで60フィート(約18メートル)以上必要なのところ、約15メートルしかないのだと。

違反は違反には違いないが、なんだか、スケールが小さいというか、しょうもない話である。18メートルでも15メートルでも、何か本質的な問題があるようには思えぬ。

60フィート以上必要とするルールは米国の公式規則を元にしたもので、原文は「推奨する」と書かれているに過ぎない。大リーグはファンに臨場感のあるプレーを提供することを重視するため、実際にこれを守っている球場はほとんどないそうだ。あくまで「推奨する」だから、遵守しなくても、即違反とはならないからである。

米国のみならず、プロスポーツの現場で最も意識されているのはエンターテインメント産業であるということだ。もっと、はっきりと言えば、所詮は「見世物」「興行」ということになる。おカネを払って見物に来てくれるお客さんがいなければなりたたない。言い換えれば、お客さんが喜ぶのであれば、ルールなどは必要に応じて変更してしまえば良いのだ。米国のルールブックを翻訳しただけなのに、一旦、ルールとして制定してしまったら、そのルールに縛られてしまうところが、いかにも日本人的である。

サッカーのルールだって、過去を振り返ると、頻繁に変更が行われていることがわかる。

たとえば、勝ち点制度も、従来は「勝ち2」「引き分け1」だったのを、94年W杯から、「勝ち3」「引き分け1」に変更している。引き分け狙いの面白みのない試合を排除するためである。

ゴールキーパー(GK)が、バックパスを手で受けることが禁止されたのも、GKにバックパスをすることによって、あからさまな時間稼ぎをしたり、ディフェンス(DF)が安易にピンチから逃れようとするのを排除するためである。こちらは、92年W杯の頃からであったと思う。

つまり、エンターテイメント産業(=「見世物」「興行」)である以上、試合が円滑に進み、観客がわかりやすく、面白い試合展開になる等の目的に沿うならば、むしろ積極的にルールを見直すべきなのであろう。

夜中にクルマが1台も通っていなくても、赤信号を守るのが正しいのか。僕ならば、たとえ昼間であっても、右を見て左を見て、クルマが来なければ、さっさと赤信号であっても道を渡る。信号は、交通事故を防ぐための道具である。交通事故に遭うリスクがゼロの状況であれば、信号は必要ない。

本当に重要なことは何であるかを考えながら、積極的にルール変更に取り組む欧米と、輸入したルールを後生大事にありがたがる日本。こういうのは国民性の問題と片付けるわけにはいかない。

憲法改正の話もこの延長線上で考えるべきなのか。憲法は国を運営するためのOS(オペレーティングシステム)みたいなものである。情勢が変わって、不具合が生じたら、修正したり、バージョンアップするのは当然であろう。

にも拘らず、「護憲」とか言って、改正に関する議論自体を封印しようとするのはどうしたものか。実際に改正するかどうかは別にして、議論くらい大いにやればよいのだ。「ダメなものはダメ」とか言った人物もいたが、こういう理屈も議論も拒絶するような政治家がいるから、日本の野党はいつまで経っても、政権与党の対抗勢力になり得ないのであろう。


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