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「浦和レッズ」について②

僕が浦和レッズのサポになった経緯については①で書いた。②はその続きである。

僕がレッズの試合を観戦するようになったのは、11年シーズンであった。当時の監督は、現役時代にレッズに在籍したこともあるゼリコ・ペトロヴィッチ(その後のレッズの監督で現在はコンサドーレ札幌の監督をしているミハイロ・ペトロヴィッチとは別人)であった。

このシーズンは当初よりとにかく成績が振るわず、僕が試合を観に行くようになった頃は、まさに残留争い真っ只中であった。結果としては、この11年度シーズンは最終節でやっとこさ15位で残留を決めた。16位から18位まではJ2に降格しているので、まさに首の皮一枚である。

翌シーズンからは、広島にいたミハイロ・ペトロヴィッチが監督に就任し、成績は上向き始めることになる。このペトロヴィッチ監督(以下「ミシャ」)は、指導者としてはオシムの系譜の人物であり、とにかく攻撃的なサッカーをこよなく愛するタイプの監督である。というか、守備にはあまり興味がないようで、真偽は知らないが、守備練習をまったくやらないという噂が立つような人物である。

戦術面では独特の可変システム(攻撃時と守備時でポジションが入れ替わる)を採用するので、攻撃時には極端な前がかりになる。ミシャ監督の理想とするゲーム展開は、ハーフコートゲーム、つまり自陣を空っぽにして、全員で相手をひたすら攻め倒すような試合であるという話を聞いたことがある。実際、攻撃時に自陣側にはGKの他はフィールドプレーヤーが2人くらいしか残っておらず、それもかなり高めの位置にポジションを取っているような場面が何度もあったように思う。

ミシャ時代のレッズは、戦術がハマると面白いくらい一方的にボールを支配して相手を圧倒する試合展開になる一方で、やられる時は呆れるくらいにモロいという、良い時と悪い時の落差が極端に激しい不思議なチームであった。前がかりになって攻めたてるので、ボールを奪われたら、中盤はほぼフリーパスで通過されてしまい、一気に大ピンチに陥ってしまうのだ。

それでも、チャンスとピンチが交互に目まぐるしく入れ替わるような娯楽性の高いサッカーをする点で、僕はミシャ時代のレッズは好きだった。柏木、槙野、森脇、西川、李といった広島時代からの教え子をはじめ、関根のようなユース出身者も含めて人材育成力にも優れていたように思う。

ミシャ監督のレッズは12年度から17年度の途中まで5期半続き、17年度の途中で成績不振が理由で解任されてしまうことになる。とはいえ、ミシャ在任中の成績は決して悪くはない。リーグ優勝こそなかったものの、2位・3位がそれぞれ2回ずつで、ナビスコカップ優勝1回というのもある。悪評高き2ステージ制が復活した15年・16年に、1stシーズン優勝と2stシーズン優勝がそれぞれ1回あった。16年シーズンなどはチャンピオンシップで鹿島に敗けてしまったので年間王者こそ逃したものの、通年度の勝ち点は1位である。これはミシャ退任後の話になるが、17年度には2度目のACL優勝もあった。いま思えば、近年のレッズの成績はこの頃がピークだったことになる。

その後は、堀(17年7月~18年4月)→大槻(18年4月)→オリヴェイラ(18年4月~19年5月)→大槻(19年5月~20年)→ロドリゲス(21年~22年)→スコルジャ(23年~)といった具合に、監督がコロコロと交代する迷走の時代に突入することとなった。

ミシャの戦術はやや極端過ぎるのだが、それでも監督がやりたいサッカーがはっきりしていた。その後の監督になると、めざす方向が曖昧で、何をやりたいのかよくわからない感じがする。コロナ渦で試合観戦の機会も制約されたこともあって、この頃から僕のレッズ・サポとしての熱意はだんだんと低下していったように思う。最近はDAZNで観戦するとか、それもリアルタイムではなくハイライトを後でチェックしたりとか、それすら省いて結果だけチェックしたりとか、だんだんと「省エネ化」が進行中であり、スタジアムでの観戦からはもう3年ほども遠ざかってしまっている。

日本代表チームも同じだと思うが、どういうサッカーを志向するかを決めるのは、クラブ経営者やGMとか強化部長の仕事である。チームが志向するサッカーのコンセプトに適合するような指導者を探し出してきて、監督に任命して、その働きぶりを評価するのもまたクラブ側の責任である。どんなサッカーをやるのかも含めてすべて監督に丸投げというのは明らかに無責任であろう。

本来であれば、仮に監督が交代したとしても、クラブチームのサッカーのコンセプトは些かもブレないというのがあるべき姿だと思う。鹿島であったり、最近の川崎や横浜といった他クラブには、「らしさ」のようなものが間違いなく存在する。一方、わがレッズに関しては、少なくとも最近はそういうものが感じられなくなっているのが残念でならない。

ロドリゲス監督時代に、選手の世代交代が進み、新陳代謝が図られつつあるのは良い傾向であると思う。しかしながら、申し訳ないが、華のある選手があまり見当たらず、総じて地味な印象を受けるのは僕だけであろうか。Jリーグ屈指の予算規模を誇り、集客数トップのビッグクラブなんだし、もっとふんだんにおカネかけてアグレッシブに選手集めをやっても構わないような気がする。

イニエスタがヴィッセル神戸に加入した時、ヴィッセル神戸には何の興味もないが、生イニエスタが見たくて、ノエビアスタジアムに何度か足を運んだものである。カネを払ってでも見に行きたいと思わせるような選手を何人揃えられるかというのは、所詮は興行である以上、たいせつなことである。

海外のビッグクラブなどは、優秀で知名度のあるスター選手を集めることで娯楽性の高い試合をやって多くの観客を呼び込み、関連グッズを販売し、多くのスポンサーを集め、それらによって得たカネをつかって更にスター選手を獲得するといった成長戦略サイクルを展開するのが当たり前である。

浦和レッズは、「営業収益」(=広告料収入、入場料収入、Jリーグ分配金、アカデミー関連収入、物販収入、その他収入の合計の金額であり、一般の会社における「売上高」に相当)に対する「人件費」のパーセンテージが他のクラブチームと比べると低めであるという。企業経営としては健全なのかもしれないが、それでは成長は期待できない。

Jリーグ発足は93年、イングランドのプレミアリーグは92年である。当時の両リーグの規模は大差なかったにもかかわらず、今では比較するのもナンセンスなくらいに桁違いの差がついてしまっている。結局のところ、日英サッカー界のビジネスセンスの問題としか言いようがない。

プレミアリーグでも、スター選手を擁する世界的なビッグクラブと、地方の中小クラブとでは予算規模も経営方針もかなり格差があるが、ビッグクラブが牽引することでリーグ全体のエンターテイメントとしての価値を高め、結果として中小クラブも潤うことになる。

プレミアリーグのような良きロールモデルがあるのだから、日本のJリーグももっと商売として頑張るべきであろうし、たくさんあるJクラブの中でも、集客力においては代表銘柄である浦和レッズがJクラブのロールモデルとして果たすべき役割は大きいと思うのだが、何とかならないものだろうか。


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