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スーツについて

僕は大学を卒業して新卒で銀行に就職したので、22歳の頃からずっと、平日はスーツを着て過ごしていた。銀行を卒業してから出向・転籍した会社も、伝統的価値観に縛られたお堅い会社だったので、引き続き同じようにスーツを着て仕事をしていた。「クールビズ」なんてものが、いつ頃からか導入されて、1年の半分くらいはネクタイをしなくなって久しいが、真夏もノーネクタイであってもジャケットは着るものだと思っていた。

2年前、いろいろと思うところがあって転職した現在の勤務先は、IT系のスタートアップ企業である。スーツを着ている人は基本的に見当たらない。Tシャツにパーカーみたいな格好で仕事をしている人がほとんどだし、リモート勤務が多いので、寝て起きたまんまみたいな姿でZoom会議の画面に登場する人もいたりする。

僕は年齢も年齢だし、従来の習性もあって、出社時にはジャケットくらいは着ていることが多い。いわゆる、「ビジネス・カジュアル」的なスタイルである。スーツはもう2年くらい1回も着ていない。

銀行時代は、いわば作業着みたいなものである。とはいえ、半沢直樹のテレビドラマを見ていた人はおわかりだろうが、銀行員は職位相応の価格帯のスーツを着る。平社員は吊るしの既製服でも良いが、役職が上がるにつれて、それなりの格好をしないと格好悪い。取引先のエラい人と会うのが仕事だから、あまりショボい格好をしていると、銀行の体面にも関わる。だから着ているスーツを見れば、その人の銀行内でのだいたいのポジションはわかる。

そういうわけで作業着として大量に保有していたスーツであるが、転職後はまるで着る機会もないこともあり、転職後1年ほど経過後、夏冬それぞれ気に入った何着かだけ残して(またスーツを着るような勤め先に転職するかもわからないので)、思い切ってスーツの「断捨離」を決行した。僕は体型の問題もあって、既製服はほぼ着たことがない。ちょっと勿体ない気もしたが、着ないものは仕方がない。

気がついてみると、だんだんと世の中も変わり、銀行に代表されるようなお堅い職種でも、スーツにネクタイといった格好が定番のユニフォームとは言えなくなりつつある。大手銀行でも「ドレスコードフリー」と称して、TPOに合わせて自由に服装を選べるようになっているところもあるという。他業界も同様である。身につけているスーツで所属する業界であったりポジションが推察されるというのは、もはや過去の話になりつつある。

反社会的勢力というか、「893」の人たちは、昔は「見た目」でそれとわかるような格好をしていた。スズメバチの黄色・黒色の縞模様と同じで、外見で周囲を威嚇していたのであるが、もうそういうのもVシネマの世界だけなのかもしれない。いわゆる暴対条例が導入されて以降、反社とわかった途端、銀行預金口座も作れない、マンションも事務所も借りれないという息苦しい世の中になっている以上、まともに社会生活を営もうと思えば、外見も慎むしかない。

銀行時代、いろいろな経緯があって、そちらの筋のかなり上のポジションの人と何度かお会いする機会があったが、皆さん、外見は普通というか、はっきり言って、さほどお高くなさそうなスーツを着て、安サラリーマン風の格好をしておられた。たぶん同業者と会う時と、我々のようなカタギと会う時とでは異なるドレスコードを使い分けていたんだろうと思うし、それがTPOに合わせた彼らなりの適切な装いということだったのだろう。いわゆる「やつし」(窶し)というものである。

いずれにせよ、外見というか装いが「記号」のような役割を果たして、着る人のことに関するいろいろな情報を明示していたのは昔の話になりつつある。映画「ゴッドファーザー」の登場人物のように、それぞれの職業・ポジションと服装との相関関係がわかりやすく成立する世の中ではなくなって来たと言えるのかもしれない。

ちなみに、「スーツ」というのは、英語の「suit」に由来する。同一の布から作られる、上下ひと揃いの服のことを意味する。ホテルで複数の部屋から成る客室を「スイートルーム」(suite room)と言うが、語源は同じである。したがって、スーツを着ると言うからには、ノージャケットはあり得ない。ベストはともかくとして、ジャケットとパンツはセットであるべきだし、真夏だろうが、ワイシャツ姿で人前をウロチョロするのは格好悪い。本来、ワイシャツというのは下着なのである。


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