最後の日の朝

5.放射線と抗がん剤

 手術のできないがんを抱えてしまったちぃが、その最期をむかえるまでの間の痛みや苦しみを、少しでも軽くすることはできないものかと、毎日考えました。

 特に、週に一度の大学病院での検査の日には、いつも苦しい選択をせまらせることになりました。抗がん剤を使って、奇跡が起こることに望みをかけるのかどうかです。

 奇跡が起こらなければ、ちぃの体に負担がかかり、死期を早めるにちがいありません。

 人といぬでは、がん治療に違いがあるのかもしれませんが、抗がん剤を使わなった義父は手術後一年くらいで亡くなりました。

 実家の母は、二度の手術後も抗がん剤治療の苦しみに耐え、やせ細りながらも生きています。

 食欲のないちぃが、抗がん剤の毒に耐えられるとはとうてい思えず、体に負担の少ないという放射線をがんの部分に照射してもらい、胸とお腹の水を抜いてもらって帰宅しました。

 病院から帰るとちぃは三日くらいは呼吸も楽になり、少しですが食べることもできるようになります。このままがんをだましだまし、あと数か月、あと数年、なんとかちぃが生きていくことはできないものかと期待しました。

 苦しそうなちぃを見ているのは辛かったのですが、ちぃがいなくなってしまうことを考えるのはもっと辛いことでした。

 4回目か5回目の放射線治療のときに先生が、

「ほんの少しだけ、抗がん剤をつかってみましょうか?普通の量の10分の1くらいですので、体への負担はないと思います。放射線の効果を助けるためのものです。」

と提案してくださったので、使ってください、とお願いしました。

治療後、ちぃはいつものように少しだけ元気が出て、リードを引っ張って病院を出ました。

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