2.生還
誕生日の翌日に手術し、数日病院に泊まったちぃは、帰宅したあと日に日に元気になってゆきました。首のまわりには傷をなめないよう、大きな襟状の防具をつけられ、パラボラアンテナの中から頭を出しているような状態で気の毒でしたが、ごはんもよく食べ、家の中を走り回りました。
ちぃがパラボラで闊歩するたび、れんは轢かれるのを恐れて道をゆずりました。ソファにも飛び乗ったりするので、お腹の傷がソファのへりでこすれて、床の敷物が血だらけになってしまいました。その日家にいた夫と娘がびっくりして、ちぃを病院へ連れて行きました。
私が仕事で家にいないときにそんなことがあると、家族はたいへんです。
ちぃは傷がひらかないようにお腹に包帯をまいてもらいましたが、胸のサイズが大きく、ウェストが極端に細いため、包帯がすぐに後ろ側へずり落ちてしまい、役に立たないハラマキをしているだけになってしまいました。
結局ちぃは病院で服を着せられ、その後は家の中が血まみれになることはなくなりました。
手術のおかげで貧血も徐々に良くなり、脾臓の病変の検査結果も悪性ではなかったので、家族みんなでほっとしました。ただ、気がかりなことはありました。
手術のときに先生は、脾臓だけでなく、臓器をすべて眼で確認してくれましたが、どこにも病変が見つからないのに、お腹に液状のものがうっすら染み出てきており、完全にはなくならないことでした。
このまま染み出るのが続いてしまうと、だんだん元気がなくなり、やがては静かに亡くなっていきます、と先生は教えてくれました。
がんはどこにも見つからないのに、いったいどういうことなんだろう、と不安になりました。先生は、大学病院を予約してくれて、ちぃは精密な検査を受けることになりました。
検査の予約日は、手術から1か月経った暑い夏の日でした。
ちぃは、検査の日までにお腹の水がたまり、呼吸が苦しくなるためごはんを食べなくなり、かかりつけの先生に水を抜いてもらいました。
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