Excel申請書にAI副課長を降臨させてみた
1990年代半ばまで、日本企業には「副課長」というポストがあった。副課長とは、たとえば高卒で定年が55歳の貢献ある人物に、退職金や年金を少し多めに支払うために2年間課長をやってもらうとき、課長に代わって実務を取り仕切るとか、次の課長に確定している人が修行のために課長決裁の書類を事前に審査するとか、日本企業に余裕があった時代の役職だ。その後、人件費を節約する時代になると「意志決定の迅速化」を名目に副課長職は廃止された。
副課長のメリットは、スタッフ教育が手厚くなることだ。「齊藤課長は1円でもコストを減らしたい人だから、フロッピーディスクを1枚買うときも合い見積を必ず付けて」とか「稟議書を書くときは、最初の1文は『稟申します。』で終わること。決裁書のときは稟議ではないので『ご確認ください。』で終わること。齊藤課長は東大文学部出身だから、言葉遣いに厳しいよ。気を付けて」なんていうアドバイスをくれる人だ。いま昭和の慣行を読むと無駄に思えるが、組織の方針をすみずみにまで行き渡らせる大事な役割があった。
さて、たとえば、次のようなどこかで見覚えのある風の「機材購入申請書」があったとしよう。
この申請書の適正性判断に、課長としての素養が試される。感覚で判断すると漏れや揺らぎが生じて、起票者からすると「課長は通ったのに部長に却下されて戻ってきた、課長は当てにならない」なんてことになる。そこで、機材購入申請の具体的な基準を考える。判断基準としては以下の5点ではないだろうか。
ハードウェアの老朽化: コンピューターのハードウェアが古くなり、動作が遅くなったり、故障のリスクが高まったりすることがあります。ハードウェアの寿命を確認し、交換が必要かどうかを判断します。
ソフトウェアの問題: インストールされたソフトウェアが不安定であったり、ウイルスやマルウェアに感染していたりすることが、コンピューターの故障を引き起こす原因となります。セキュリティソフトウェアやアップデートが未対応になれば買い換え時です。
使用環境の影響: コンピューターが使用されている環境によって、故障のリスクが異なります。例えば、高温多湿な場所や埃の多い場所での使用は、ハードウェアへの影響が大きいことがあります。購入後の使用環境について条件を付けるべきです。
人為的な要因: 作業者がコンピューターを適切に取り扱っていなかった場合、誤った操作や不慎の結果、故障が発生することがあります。作業者のトレーニングやガイドラインの確認も検討します。
予算とコスト効率: コンピューターの修理や交換にかかる費用を評価し、予算との調整が必要かどうかを検討します。無駄な出費を避けるために、修理よりも新しいコンピューターの購入がコスト効率的である場合も考慮します。
ExcelからChatGPTを利用するには、いつものように「生成AIツール for Excel」を使う。
このアドインのChat関数は、OpenAIのAPIであるChatCompletionをカプセル化している。そこで、ChatGPTに以下の指示を送るようにスプレッドシートを組み立てていく。
この会話では、systemでChatGPTの役割を「あなたは日本企業の総務部購買担当課長です。機材購入申請について、無駄がないか厳しく審査し、申請理由が正当か判断するのが仕事です。あなたの判断で会社の損失が防げます。頑張ってください。」と設定している。
次に、「機材を申請するときの正当な理由とは何ですか?」という質問に対して、AIが条件を列挙して回答したことにしている。その上で、機材購入申請のチェックをAI副課長に依頼したところ、以下の回答があった。
素っ気ない返事だが、AIの確認が済んだので、人間の課長に申請すればよい。
だが、AIが中味を理解して答えているか気になる。AI副課長が仕事をしているか確認のため、いい加減な申請理由にしてみよう。
この申請を審査したAI副課長の答えはこうなった。
ちゃんと内容を読んでいることがわかる。
ChatGPTには、回答のランダム性を設定するtemperature(生成温度)というパラメーターがある。ランダム性があるか確認するため、「課長に提出して」と回答があり、一度は通った申請を何回か確認してもらうと、以下の回答があった。
指摘内容はごもっともである。いつもは「課長に提出してください」とひとことコメントで済まされるのに、副課長、今日は機嫌が悪いのかな。
というわけで、Excelのマクロ機能で副課長を呼び出すボタンをつくり、AI時代に副課長職を復活させてみた。回答にランダム性があると、どういう場合にでも申請が通るように起案者は慎重になる。これが組織方針をすみずみに浸透させる効果を生む。意志決定の速度を損なわずに、副課長制度のメリットだけを復活させる、よい方法ではないだろうか。
このファイルはマクロ機能有効のExcelファイルではあるが、以下からダウンロードできる。