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空きっ腹に酒、活動無期限休止に想う - 待つよ、お前らの音楽開始

物事はいつまでも同じように続くとは限らない。
まず人生がそうだ。短いようで長い時の流れのうち、何かしらの区切りの場面は必ず来る。
意図的であれ、無意識であれ、その事実を、人はしばしば忘れてしまう。
今般のワシがそうだった。

大阪を中心に活動するバンド・空きっ腹に酒(すきっぱらにさけ)が今年7月22日のライブを最後に無期限の活動休止に入った。
今回はワシの大好きなこのバンドについての想いと、活動休止前最後のライブでのあれこれを書いていこうと思う。

出会い

2016年に「ボロフェスタ」という都市型音楽フェスティバルが開かれた。場所は京都市内、同志社大学今出川キャンパス近くのKBS京都ホール。
当時ワシは、必死に追っていたとあるグループにすっかり失望し、とても倦んでいた。バンドでもグループでもアイドルでも何でもよかった。ライブで興奮すること、うわーっと叫ぶことに飢えていたのだ。
その時の目当ては岡崎体育やBiSHで、そういえばnever young beachは飲み友達に薦められたな、おっと1st STAGEのトップバッターやんけ……てな具合に見に行ったのだった。
本編開演前に何故かチンドン屋が場内を練り歩いたりして(このチンドン屋については後述)、何だか不思議なフェスやな……とビールを飲みながら見ている内に開演。
はっぴぃえんどにも通じるnever young beachのまったりさの余韻に浸っていると、隣のステージからそれを掻き消すようなギターが鳴り響く。
音の方向に向き直ると、赤髪のギタリストがテレキャスターを叩くようにガリガリとカッティングを響かせていた。ロシア人みたいな帽子を被ったドラマーがタイトだけどいい感じに軽くポップなビートを刻み、ベースは淡々とスラッピングを続けている。その音の中を、黒いシャツと短パンを身にまとったボーカルが、素足のままステージを駆け回り、毒づきながらもどこか楽しそうにフロウを響かせていた。
「うわあ……」とワシは思わず声を出していた。自分の中の何かを強烈に持っていかれる感覚は無かったが、妙に惹きつけられるものはあった。
まず音が理屈抜きでかっこよかった。ボーカルは分かりやすく上手いわけではないが、魅惑的な声。そしてステージの前に集まったファンの人たちが「パーティ! パーティ!」と大騒ぎしている様がすごく楽しそうに映った。
岡崎体育やBiSHなどを適当に観て会場を後にしたが、帰りの京阪特急の中で、ワシは彼らの過去作のCDをAmazonで物色し、翌年の心斎橋CONPASSでのライブのチケットを取っていた。

これが空きっ腹に酒との最初の出会いだった。

メンバー紹介

ここでメンバーについて改めて紹介しておく。(敬称略)
ボーカルは田中幸輝(たなか・ゆきてる)。すべての作詞を担当。MCでは観客にも毒づくが、不思議と好かれるのは生来の優しさをみんな分かっているからだろう。ライブ終盤に見せるフリースタイルはいつも見事。奥様はイラストレーターの原田ちあき。
ギターは西田竜大(にしだ・りゅうた)。作曲を担当。バンドマスターであり、バンドサウンドのオーガナイザーでもある。赤く染めた髪と、それ以上に独特の音と強いピッキングで響かせるギターが強烈。得意料理はカレー。何故かワシのtwitterをフォローしてくださっている。
ドラムはいのまたふくと。ご実家は名のあるちんどん屋で、自身はアコーディオン奏者でもあり、バンドより先にレコードデビューも果たしている。因みに前述した2016年のボロフェスタで、場内を練り歩いたチンドン屋の中でもアコーディオンを演奏していて、バンドより先に出演していた。ワシが飲み歩く界隈で時たまバーテンダーとして立つこともある。
ベースはシンディ。一番後に加入。このバンドはベースがなかなか固定しなかったが、彼の加入でようやく落ち着いた。凄腕のスラッピングを誇るが、話すとすごく腰の低い好人物。バンドのマネージメントも担当。スイーツ大好き。

バンドの特徴

ジャンルでいえば一応ミクスチャーロックに属するのだろうか。
これは真剣に聴き始めた当初から思っていたことだが、何というか、徹底的に「頭でっかちを避けている」と感じる。
無論、今までそれぞれメンバーが聴いて来た音楽からの影響はあるだろうし、意図的であれ無意識であれ「オマージュ」することもあるだろう。が、それを「こういう理由があるからこうした」といった理詰めではなく、「この方がおもろいやん」とか「こうした方がもっと踊れるやん」とかそんな感じで音や歌詞を作っていると感じられるのだ。

たとえばこの「BOOOOM」という曲。
叩きつけるようなギターカッティング、うねるベースのスラッピング、タイトにリズムを刻むドラム。緊張感のある音の合間を、幸輝さんが楽しそうに歌い踊っているのが分かる。

この「Have a nice day!!」という曲もそうだ。
「BOOOOM」より歪んだギターが激しく響く中、忙しなくライムが畳み込まれる。

現にこの曲でこう歌っている。

あーだこーだ言うばっかであんたわかってねぇな
愛を叫んだつもりのエモーション
「平々、揚々よ」とか言ったらいい日になりそうです All right

音や歌詞に深く意味は込めない。
勘繰られる余地も見せない。
だからといって軽いわけではないし、適当に作っているわけでもない。
俺ら自由にやるからお前らも自由に感じてくれ、そんでみんなで踊ろうや!
…そんな方針が徹底されているバンドだと思うのだ。

活動休止の理由は分からないし、詮索しても仕方がない。
確かに報せを聞いた時はびっくりしたけど、メンバー間で別段仲が悪くなったとも思えない。
ただ10年以上続けて来て、ここらで個々人の活動で「幅」を広げてみようと考えたのかも……とは想像する。
特に西田さんがね。

クワトロインザハウス

とはいえ、休止前最後のライブは行っておかねばと思い、梅田クラブクワトロに行って来た。
私事だが、コロナ禍の中で2年ぶりのライブハウスである。

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ライブハウスの1階に折り畳み椅子が並べられているのは不思議な感覚だった。
そしてアルコール類が一切売られていなかったことも。

この「クワトロインザハウス」は、元々彼らが定期的に行っていたライブハウスでの対バンイベントのこと。梅田クワトロは何度も来ているが、空きっ腹に酒のライブで来たのは今回で2度目。このイベントで来たのは初めてだ。

直前まで発表されなかったが、対バン相手は2組。

1組めはニガミ17才。初見だ。
怪しい中国人マフィアのような男性ボーカルと、ステージに向かって右側にくねくね腰を揺らしながらキーボードを弾く女の子。反対側の奥に淡々とジャズベースを抱える男性と、かわいい顔して複雑なリズムを叩く女性ドラマー。
ものっすごく独特の世界の音。想像もつかないステージアクションを繰り広げるが……悪くない。気持ち悪いけど、かっこいいんですよ。
「ねこ」「にゃん」「ねこ」「にゃん」……これクセになるわ。

楽曲を1つご紹介。因みにドラムが最近脱退したらしく、前述の女性ドラマーはサポートだった模様。

2組めはtricot(トリコ)。そいやここクワトロでワンマンライブ観たぞ。
相変わらずキダさんは変態ギターだし、ヒロヒロさんは小柄に比してでっかいベースをぶんぶん弾いてるし、吉田さんはテクニカルなリズム刻むし、イッキュウさんは……やっぱりステージに向かって右側だし。美人だし。
MCより。
イッキュウさん「空きっ腹に酒、活動休止ゆーてるけど……あんま心配してなくて。すぐ戻って来んちゃうんって思ってて」
キダさん「何ならウチら明日から『空きっ腹に酒』名乗ろか?」
イッキュウさん「ええやん! そないしよ!」

ここでは最後に演ってくれた「おやすみ」をご紹介。

そしてメインアクトの……と思ったら現れたのは漫才コンビ。
あ、「令和喜多みなみ」やん。
このバンドを追っている方々ならご存じだろうが、野村尚平さんが以前のメンバーという縁で、年末に忘年会代わりのトークライブを一緒に開いたり、ライブの中で「賑やかし」で出演したりと、何かと共演しているのだ。
元いたバンドの活動休止と聞いて駆けつけたのだろう……という割には、湿っぽさは全くなく、多分いつも通りの漫才を繰り広げて会場を温めていた。

そして! 今度こそ! メインアクトの空きっ腹に酒。

幸輝さんは髪を短くしていて、西田さんはトレードマークの赤髪をやめて黒に、シンディさんは随分ひげをたくわえていて、いのまたさんは……いのまたさんだった。
折り畳み椅子が設けられた会場で彼らのライブを観たのも初めてだったし、一切観客から声を出せないライブも初めてだった。たまにMCで笑えたりはするけど、「Have a nice day!!」で「へーいへーいようようよう」とは叫べないし、「Pa」で「パーティ! パーティ!」とは歌えないし、「御乱心」で「ばんばんばーん」とも吠えられない。
それでもステージの4人はいつもと同じように、ゆるくMCをしながら、幸輝さんは客やメンバーに軽く毒づきながら、あくまでいつもと同じように、最高にかっこいい演奏をしてくれた。

代表曲「正常な脳」に入った。

このサビで「パッパッパパラッ」って、手を「むすんでひらいて」を繰り返しながら観客が歌うのが定番なんだけど、勿論声は出せなかった。
で、どうしたかというと……前もって打合せなしだったけど、ワシを含めた客全員、声を出さずに手だけ「むすんでひらいて」を始めたのだ。
それを目にした幸輝さん。
「なっ!……俺そないしてくれって今からお願いしよう思とったのに。何の打合せもなしで、みんなやってるやん……怖っ!」
そう言いつつめっちゃ笑顔だったんだけど。

ライブの終盤の定番だけど、ワンダフルボーイズの曲のカバーである「夜のベイビー」がこれまたいつものように流れて来た。
個人的にはこの曲「空きっ腹に酒の『今夜はブギーバック』」だと思っている。
今のこの夜の楽しさ。夜が終わって欲しくないという寂しさ。またどこかで夜にこの曲を聴きたいという願い。
これらがいつもない交ぜになってなんとも言えない気持ちになる。

この曲の終わりに幸輝さんはいつも「ベイビー」とコール&レスポンスを観客に求めるんだけど、当然声は出せなかった。
それでも幸輝さんは嬉しそうに、いつものようにこう叫んでくれた。
「お前らのことやぞー!!」

直後の4人のMCを聴いていて、ほんの少しだけ「もしかしてこのままバンドは終わってまうんかな」と心配してしまったけど、最後の最後に演ってくれた曲で、杞憂だと思うことにした。
スタート」だ。

シンディさんは「帰る場所は守ります」とはっきり言ってくれた。
だから待ちます。
何年後になるか分からんけど、お前らの音楽開始を待つよ。

とりあえずいのまたさんの店、また行かんとな……


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