ミスターバッカルコーンズ

黒いシルクハットをかぶった口髭の紳士はミモザの咲き乱れる彼の庭に白いテーブルを置いてお茶を楽しんでいた。

細く長い足を組み、カールさせた髭をときおりピンと伸ばし、離してくるっと元に戻る様子を眺める遊びに興じていたが、しばらくしたら飽きてしまいポケットから鎖のついた懐中時計を出した。

時計の針をしばらく眺めた後、紳士はふぅと溜め息をついてお茶を一口すすった。

すると小さな羽虫がどこからか飛んできて紳士のシルクハットのうえをクルクル飛んだ。

「おや、君のようなものは招いていないのだがね」

紳士は手で払おうとしたが羽虫は一向に彼の頭から離れようとしない。

あきらめたのか、彼は下ろした手でそのままカップを取りお茶をもう一口飲んだ。

パカッ

何かが開く音と同時に虫の羽音が止んだ。

静寂の戻った庭で紳士がカップをソーサーに戻す音が響いた。

「やあやあすまない。すっかり遅くなってしまったね」

山高帽をかぶり顎髭をたくわえた割腹の良い紳士がステッキをつきながら庭へ訪れた。

「いいや、気にしないでくれたまえ。おかげでしばしリラックスしたひとときを過ごすことができた」

「そうか。すると僕は君の豊かな時間を邪魔してしまったかな」

顎髭の紳士は髭をなでながら申し訳なさそうに言った。

「いいや、気にしないでくれ。ちょうど飽きてきたところだ。君はこのうえなく良いタイミングで来てくれたというわけだ。さ、かけてくれたまえ」

「ありがとう」

顎髭の紳士は口髭の紳士の対面に座った。

「食事は済んでしまったかい」

顎髭の紳士が尋ねた。

「少しおやつをね。さ、お茶を」

口髭の紳士はテーブルの上に置いてあった白いポットの中のお茶をカップに注ぎ、顎髭の紳士に勧めた。

「すまないね」

顎髭の紳士がお茶を一口飲んで息を吐くと、1羽のメジロが彼の帽子に止まった。

「はは、これはかわいいお客さんだ」

「何が止まったんだい」

ピチュピチュピチュピチュピチュ

「ああメジロか」

口髭の紳士は小鳥がびっくりしないように静かな声でつぶやき、最小限の動きでカップをソーサーのうえに戻した。

ピチュピチュピチュピチュピチュ

「いいものだね」

「うん」

口髭の紳士は髭を伸ばしながら、顎髭の紳士はステッキに顎をつきながらメジロのさえずりにしばし耳をすました。

パカッ

とつぜん顎髭の紳士のかぶる山高帽が6本の触手のような形となって放射線状に開いた。

足場を失ったメジロは驚いて空へ飛び上がろうとしたが、触手のうちの1本が小枝のような足に絡みつき、あっという間に他の触手がメジロの全身を包むようにして捕えた。

鳴き声を上げる暇もなく、メジロはすっと山高帽の中に引きこまれていった。

「……」

「……」

紳士たちは顔を見合わせてお茶をすすった。

ピィピィピィピェピェピェ

今度は口髭の紳士のシルクハットにヒバリがとまった。

「ほう、次は君の番だ。なかなか幸先が良いようだよ」

「そのようだね、ふふふ」

パカッ

ピィピィピ……

(了)

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