「ちくわの日」

「どうも、みなさん、こんちくわ!

んー?声が小さい!こんちくわ!

恥ずかしがっちゃダメ!こんちくわ!

んー……まあいいでしょ。ギリギリ合格。

あ、そこの君、ちくわがへにゃっとなってます。手首が曲がってるんですよ。ほら、私のを見て。ピンとしてるでしょ。ピンと。君も同じように、ほら立てて。腕は床と垂直、ちくわの穴が天を突くように。うん、よろしい。きついとは思いますがレクチャー中はそのままをキープです。私もずっとこのままで話をするんですから。

あらためまして、皆さんこんちくわ。総務部総務課「ちくわの日」遵守係のナカジマです。本日は我が◎◎社の新しい仲間となった皆さんへ、「ちくわの日」の作法をレクチャーするという大役を仰せつかりました。よろちくお願いします。

うんうん、皆さんきちんと右手人差し指にちくわをハメていますね。今年の新入社員は優秀だ。もっとも社会人として当然のことではありますが。まあ毎年ひとりかふたりはちくわを忘れてくるような人がいますからね。あ、あなたもへにゃっとしている。立てて。立てて。

そういう人はたいてい『ちくわの日』が覚えづらいって言い訳するんですよ。いつまで学生気分が抜けないんでしょうか、全く。「社会人」は言い訳なんてしてはいけません。会社は学校ないんです。言い訳ばかりするような人で仕事ができる人を私は見たことがありません。「でも……」とか「だって……」とかが口癖になっているような人ですね。そういう人はたいてい場の空気も読めず集団の中に居づらくなってすぐに辞めてしまいます。いいですか?会社員をドロップアウトするというのは社会をドロップアウトするということです。親戚の方々に顔向けできませんね。

おやあ?なぜあなたは右手の人差し指にちくわをハメているのですか?ちくわは左人差し指にハメると昔から決まっているんですよ。え、左利き?あー……それは困りましたねえ。親御さん、きちんと矯正してくれなかったんですねえ。左利きだと日常生活でも何かと不便でしょう?普通は大事なご子息が社会に出ても恥ずかしくないよう、直しておくものなんですがねえ。いい機会です。今日から右利きになれるよう訓練をしましょう。さあ、左手にちくわをハメかえて。右手だとメモが取りにくい?気合いでなんとかしてくださぁい。

ところで優秀な皆さんはもちろん「ちくわの日」がいつかご存知ですよね?はい!知ってる人、手を挙げて!はい!それ挙げろ!ほれやれ挙げろ!んー……おやおやおやあ?誰も挙げません。おかしいですねえ。皆さん知っているからハメてきてるはずなのにねえ。はい!じゃ、そこの君!そう、君。ちがう、後ろ向かない、君。眼鏡の君、そう、そこのオタクっぽい君。「ちくわの日」はいつですか?え?聞こえませんよ。はい、いつですか?3、2、1、はい!んー…………あーだまっちゃった。だまっちゃったよ、これね。どうしたもんでしょうか。知らずにちくわハメてきたんですかあ?そんなはずはないんですがねえ……。

え?え?なに?ちょっとなんですかあなた?何勝手に答えているの?手も挙げずに。手を挙げてって言ったでしょ、私。え、答え違いますかって?あー……合ってますよ。合ってますけどね、ルールがあるでしょ?ルール!私は手を挙げてくださいって言ったんだから、

(1)手を挙げて、
(2)私が差す、
(3)差されてから答える、

が筋でしょ!ルール守ってくださいよ!

あ、あーわかった、あなたあれだ。自己啓発本とか読んでる人でしょ?周りを出し抜いてでも自分が成果を出せればいいとかそういうこと考えてる人でしょ?『出る杭になれ』とかそういうの書いてあるやつ読んでるでしょ?言っておきますけどね、会社組織で一番大事なのは『協調』と『調和』です。かけがえのない仲間同士お互いに助け合い、足並みを揃えて成果を出すのが美しい。いや成果だって気にしなくてもいい!仲間と力を合わせてひとつの目標に向かっていく過程……それが一番大事。仕事においてこれ以上の喜びが、一体どこにあるというのです?『出る杭』なんぞになってごらんなさい。叩き潰しますよ?だいたいあなた女なんですから適当なところで結婚退職して、旦那様を支えるのが役割でしょ?バリバリ働こうなんて考えていたら婚期を逃してしまいますよ!

話が逸れました。まあ答え出ちゃいましたから正解言いますが、「ちくわの日」は例年偶数月の満月の日から数えて10日後からの3日間ですね。おっと、「ちくわの日」は偶数月だ、なんて単純に覚えてはいけませんよ。満月の日22日より後の場合は奇数月になることもあるわけですから。今はほら「ちくわアラート」なんてスマートフォンアプリもあるでしょう。月の満ち欠けを計算して「ちくわの日」を教えてくれるやつ。本当に今の若い人は楽ですよねえ。昔、といっても15年ほど前ですが、私が新人として入社した頃はそんな便利なものはなかったですからねえ。

今だから言えますが、まあ、私も多少失敗したことありますよ。一度だけ、本当に一度だけですけどね、この会社に入って間もないころ、朝寝坊をしてしまいまして。ああ重ねて言いますが、本当にその一度だけですよ。ほんの少しだけ気の緩みがあったんでしょうねえ。で、慌てて支度を整えて家を飛び出したんたんですが、少し走ったところでその日が「ちくわの」であることを思い出したんです。前日の夜まではちゃんと覚えていたんですが、なにしろ焦っていましてね。当時はまだ「ちくわアラート」どころかスマホすらありませんでしたから、自分で月の満ち欠けを計算してカレンダーと手帳に書き込んでおいて、事前にスーパーで3本入りのちくわを買っておいたんですよ。なのに慌てたもんだから冷蔵庫で冷やしっぱなし。取りに帰ろうかとも思ったんですが、戻るには少し遠くまで来てしまっていた。焦って周りを見渡してみると近くにコンビニが。まさに天の助け。余計な出費にはなりますが仕方がない。遅刻をすることも「ちくわの日」にちくわをハメないことも「社会人」としてありえないこと。それらを同時に回避するための選択肢はひとつしかありませんでした。自腹で買いましたよ。ええ自腹でね。2本では心もとないから2袋購入しましたよ。なにしろ1日中ちくわをハメて過ごさなければならないんですからそのくらいのリスクマネジメントは当然ですよね、「社会人」として。

ぷっ

うっぷぷぷっ

あ、失礼。いやちょっとね、思い出し笑いしちゃって。うぷぷ。

数年前にね、ダメな新入社員がいたんですよ。その人、会社に入って初めての「ちくわの日」にタカをくくっていましてね、1本あれば十分だろうと3本入りちくわのうち2本を朝ごはんに食べてしまったんです。で、たった一本のちくわを人差し指にハメて意気揚々と会社に向かっていたら靴ひもがほどけていた。あろうことかその人、一度ハメたちくわは会社に着くまでハメたままにしなくちゃいけないのに、その場でちくわを外して靴ひもを結び直したんです。きっと誰も見ていないだろうと油断したんでしょうね。でもね、天網恢恢疎にして漏らさず。そういう無作法者にはちゃんと罰が当たるんです。外してそこら辺にほっぽってたちくわをね、なんと、ぷっ、なんとね、うっ、く、く、く、ね、猫がね、く、く、く、猫が、野良猫が、咥えて、持って行っちゃったんですよーーーっほっほっほっほひほひほひぃーーーーーひっひっひっ、ひっひっひっひひぃ、うぴぃ……

……

……

あれ?笑いが起きませんね。おもしろくないですか?この話をした時はだいたい大爆笑なんだけどなあ。あ、分かった、皆さんあれですね、ユーモア欠乏症だ。真面目に学校の勉強ばっかりしてきて、笑いのセンスとかちゃんと磨いてこなかったんでしょう。ダメですよ、そういうの。真面目なだけで面白みのない人間は世間を渡ることはできません。全世界を飛び回って活躍しているエリートっていうのはね、たいていユーモアのセンスも持ち合わせているものなんです。YouTubeなんかで色々プレゼンテーションの動画を観てごらんなさい。年に何億円も稼いでいるスーパービジネスマンと言われる人達はみんな笑いをとっていますよ!話が脱線しましたかね。えー、とにかく今の話に出てきたようなダメ人間になってはいけませんよ。その人ちくわを買い直しもせずのこのこ出社して上司に怒鳴られていましたけど、その表情がまたね……くひっ。

失敬。さて、みなさんは新人ですから、当然「社会人」として始業時間の1時間前にはオフィスに着いていることと思います。時間ギリギリに着くというのは、もう出世を諦めているようなものです。特に「ちくわの日」なんかはね、早くやって来て上司や先輩全員のちくわスタンド」をピカピカに磨いておくものです。まあ、それは言い過ぎかもしれませんが、せめて新聞でも読んでください。もちろん日経です。「社会人」には日経しかありません。スマホで電子版を読むのはダメですよ。ちゃんと紙の広げて……これ見よがしにアピールしないと。いやらしいことじゃないですよ。社会情勢が知れて、上の人に「お、こいつはできるな」と思ってもらえる。したたかさも必要です、「社会人」には。

でも最近はそういうことを言うとすぐに、やれ「ブラック企業」だの、やれ「社ちくわ」だの批判されてしまいますよねえ。どうなっているんですかねえ、今の世の中。「社ちくわ」ってねえ。皆さんよくご存知でしょ、この言葉。自称自由主義者の方々がよく使う言葉ですが、ちゃんと意味知ってます?「自分自身に芯がなくて、思考を全て会社や組織に委ねる人」のことだそうですよ。何が悪いんですかねえ。芯なんて持ってどうするんでしょうか?「芯の強い人」って聞こえはいいですが、要するに他人の意見を聞かない傍若無人な人ってことでしょ?組織においては厄介でしかありませんよ、そういう「和」を乱すような人間はね。大体ちくわだって重要なのは「芯」じゃなくて「身」の部分ではないですか。私はむしろ価値のある魚のすり身でありたいと常々思っています!

そうそう、ちょうど話が出たところで皆さん、「ちくわスタンド」はちゃんと買いましたか?うちの会社は支給制じゃないですよ。各自購入制です。ああ、ご安心ください、ちゃんと補助は会社から出ます。「ちくわスタンド補助」。しかも上限なし!すごいでしょ、うちの福利厚生。なかなかありませんよ。全額補助って。例えばね、私の大学時代の友人に10人くらいのベンチャー企業行った人がいたんですよ。そこしか入れなかったっていうかね(笑)。その人に聞いたら、「ちくわスタンド補助」500円しか出ないらしいんですよ。ぷふっ。500円って(笑)。大変ですよねぇえ。

……ちょっと、きみぃ、またちくわがへにゃっとなっているじゃないですか。同じことを2度も言わせないでください。「社会人」として失格ですよ。自覚が足りないんじゃないですか?緊張感が欠けているんじゃないですか?さっきは言いませんでしたがね、目上の人の前でちくわをしっかり立たせておかないというのはとても失礼なことなんです。次はない、くらいの気持ちで臨んでください。いいですね?

さあところで、業務中の「ちくわスタンド」使用を認められるようになったのがいつからかご存知ですか?そう、ほんの10年前です。それ以前の「社会人」はみんな、「ちくわの日」にちくわハメたまま仕事をしていました。業務中ずぅっと左手あげてね。やりづらいって声はずっとありましたよ、昔から。ちくわハメてるせいで先進国の中でも生産性が低いってデータも出ていましたし。だんだん欧米から馬鹿にされるようになっていったんですよね。そういうこともあって10年前ですよ、「ちくわスタンド」の職場での利用が解禁になったのは。みなさんは小学生くらいですか?「ちくわを立てて、業務に全力!」という政府のスローガンが掲げられたの覚えてません?国会議員が「ちくわスタンド」を使いながら仕事している姿、テレビのニュースで観ましたよね?それからはあっという間でした。「ちくわスタンド」を導入しない企業は「時代おくれ」の烙印を押されるようになって、まるで極悪人ですよ。

でもねぇ……どう思います?皆さん。「ちくわの日」にちくわを一日中ハメて過ごすというのはずっと以前から行われている、いわばこの国の「伝統」なんですよ。いや、確かに仕事はスピーディーにこなすことが重要です。でもねえ……本当にそれで、いいんですかねえ………。古くから親しまれてきた「伝統」をないがしろにするということは、この国の誇りを失うことにつながりはしないでしょうか?私みたいに、まだ「ちくわスタンド」が導入されていなかった時代を少しでも知っている人間にとっては、上司や先輩がどんなに腕が疲れても決して左手を下ろさず、汗びっしょりになりながら一所懸命働いて、それでも成果を出していた姿を見ていますと、やはりなんというか、「効率」とか「合理性」だとかというものばかりを追いかけつつ「こころ」をないがしろにして、本当にいい仕事ができるのか?なぁんて思ってしまいます。こういう考えは古いのかなあ。

そうそう、「ちくわスタンド」についてはもうひとつ、知り合いの公務員から聞いた話をしましょう。

その人は住民サービスを扱う部署に所属していた人なんですが、あるとき隣りの窓口を訪れた年配女性が突然烈火のごとく怒り出し、叫びまくったんだそうです。その女性は窓口の奥の方、他の職員が仕事をしている方を指差して何かを訴えていたらしいんですが、興奮しすぎて喋っている内容がほとんど聞き取れず。その女性の対応をしていた職員はおろおろしてしまって、この話をしてくれた人もどうすることもできないので、聞こえないふりをしながら他の住民の人への対応を続けていたそうです。すると奥から、管理職の方ですかねえ、非常に辛抱強い中年男性職員が対応を代わって、女性をなだめてなだめてなだめすかしたんです。で、なんとか聞き取ったところによると、窓口の奥で仕事をしていた女性職員の中に北欧だかなんだかのブランド、なんでしたっけほら、大きな花柄のデザインの……マリ、マリ、マリオ、マリオ……メコ?だかなんだかそんな感じのやつ。そのブランドの「ちくわスタンド」を使っている人がいて、それに憤っていたらしいんですよ。女性はずっと「スタンドを使うだけでも伝統をないがしろにする恥知らずな行為なのに、それに加えてあの派手な柄はなんだ。どこか外国のブランドだろう。きっと高価なものに違いない。破廉恥だ!役所はあんなものを全職員に配るのか。住民の血税をなんだと思っているのか。税金泥棒!税金泥棒!!」という旨のことを叫んでいたらしいんですねぇ。その役所も最初は各自購入制だったんですが、その「事件」以降は黒とか白の無地の地味な「ちくわスタンド」を支給するようになったらしいですよ。で、他の役所も前に倣えで続々と支給制にするようになったと。役所とか銀行とか、フォーマルさが求められる職場って大変ですよねえ。

幸い、うちの会社はBtoBでお客様は企業や団体がメインですから、業務中の様子をお客様に見られるということはありません。だからどんな「ちくわスタンド」を使っても基本的にOKです。ああ、でも総務課に新しく配属された△△くん、あなたが使っているあのアニメのキャラクターがプリントされている「ちくわスタンド」ね、知ってますよ、去年の紅白で出てたやつでしょ?ああいうのはね、みっともないからやめた方がいいですよ。痛い痛い。

さて、次は特に営業の皆さんにとって重要なお話をします。お客様の元を訪問した際のマナーについてです。これは初めて聞く方も多いんじゃないでしょうか。まず、お客様の元へは遅くとも10分前くらいには着くようにしましょう。でもすぐに受付に行ってはいけませんよ。あまり早すぎるのも失礼になります。大体5分くらい前になって受付に声をかけて……ってこれは基本的なマナー研修で皆さん、もちろんやりましたよね?失敬失敬。時間も限られていることですし、私は「ちくわの日」のみの話に絞らなければ。

先方の担当者の方に会ったら、言うまでもありませんが、挨拶はきちんとしましょう。もちろん「こんちくわ!」ですよ。朝でも夜でも、「ちくわの日」の挨拶はこれひとつと決められています。さっきみたいな声量ではいけませんからね。挨拶が終わったら、すかさずお客様がハメているちくわを褒めてください。色でもツヤでも弾力でも、なんでもいいからとにかく褒める。

「部長、大変見事なちくわですね!すばらしい輝き!まるで黄金の延べ棒ではありませんか!」

とか、そういう具合に。多少あざといくらいがちょうどいい。万が一、コンビニで売っているような安物だったとしても、絶対に褒めてください。

ああ、そうだ、これは言っておかないと。女子社員の皆さん、皆さんはそのうち結婚、退職して専業主婦になることと思います。奥さんになったら、きちんと旦那さんを立てて、旦那さんが家庭のことは一切考えず会社の仕事にのみ集中できるよう尽くしてください。「ちくわの日」にも常に備えて、旦那さんの会社での立場に見合うちくわを、ちゃあんと選ぶようにしてください。ヒラのときはともかく出席した後はコンビニやスーパーのものではいけません。かといってあまり高すぎて上司のものよりも良いものを持たせてしまわないように気を遣ってください。お中元やお歳暮の時期には高級ちくわをきちんと贈るように。それができなければ良妻賢母にはなれません。内助の功というやつです。旦那さんが出世できるかどうかは奥さんの腕にかかっています。おや、さっき出しゃばってフライングした彼女がなんだか怖い顔をしていますね。まあまあ、こういうご時世ですから言いたいこともあるかもしれません。でもね、ちょっと考えてみてください。男というのは本当にしょうがないものなんですよ。何かひとつのこと以外はまったくできない。自分の面倒すらまともに見れない。そういう生き物なんです。だから大目に見てあげてください。旦那さんが実力を発揮できるか否かは奥さん次第です。家庭の中でおおいに輝くという道もあると思うんですよ。

話を戻します。挨拶が済むと先方は来客用の「ちくわスタンド」を出してくれるはずです。仕事中のちくわスタンド使用こそ認められたのは最近ですが、交渉や商談時にちくわを一度離して置く、というのはずっと以前から慣習として行われていました。ほら、西郷隆盛と勝海舟の対談の絵とか見たことないですか?江戸城無血開城のときの。正座する2人の前に「ちくわスタンド」もとい「ちくわ掛け」が置かれている絵ですよ。歴史の教科書に載っているやつ。見たことない?おかしいな。ああ、そうか!みなさん「ゆとり」ですもんねぇ。授業数がごっそり減らされちゃった世代だ!そうかあ、じゃあその辺りも飛ばされちゃったんですかねえ。最低限の教養なのになあ。ぷふっ。いや失敬。別に皆さんのせいじゃないですもんねえ。むしろ皆さん被害者ですもんねえ。くふぅ。

とにかく、「ちくわスタンド」が出てくるでしょうが、慌ててお客様より先にちくわを置いたりしてはいけません。失礼にあたります。お客様がちくわを外して、スタンドにハメるところ見届けてから自分のを外します。これは「社会人」のマナーとして常識ですが、理解しやすくするために理由を説明しましょう。諸説あるんですが、一般的には武士の時代からのマナーと言われています。ちくわを外すということは両手がフリーになるということです。すなわちいつでも刀を抜ける。一方ちくわを外していない方は相手が斬りかかってきても片手が塞がっているので不利になる。ちくわをハメているということは弱い立ち場になるということです。戦国時代とか幕末とかの動乱の時代には、客を装って暗殺を目論む刺客が訪ねてくることがあったので、要はそれを防ぐために生み出されたマナーなんですよ。だから目上の人やお客様に相対するときは、自分の側が弱者であることを示すために相手がちくわを外すのを待つのです。どうです?とってもわかりやすいでしょ?それにしても侍の世というのは厳しいですよねえ。少しでも対応を間違えたら殺されてしまうんですからねえ。いやあ皆さんは本当にいい時代に生まれましたね。無礼で無知で無能で何の役にも立たなくても仕事を教わりながらお金がもらえて………

おいお前!何度言わせやがる!ちくわが曲がってるっつってんだろ!ふざけんじゃねえぞ、ふにゃちく野郎!3回も同じ注意をさせやがって!世が世ならてめえなんか切腹だ!いや斬首だ斬首!そのくらいの罪だ!舐めてんのか!?社会を舐めてんのか!?それとも俺を舐めてんのか!!そこの女!お前もさっきから睨みつけやがって!なんか文句あるのか、女のくせに!三つ指ついて、男の三歩後ろを歩くような大和撫子のごとき謙虚さをもて!大体てめえら全員さっきからむっつりしやがって!少しも反応しやがらねえ!俺の話ちゃんと聞いてんのか!?どうして尊敬の眼差しを向けねえんだ!先輩社員様だぞ!年上を敬え!奉れ!コミュ障が!感受性がねえのかてめえら!このくそゆとりどもがあああああ!!!!!!!!!!

がんっ!

がんっ!

がんっ!

がん

がん

がん

がっ

……

……

……

……

……

ひー

はー

ひー

はー

……

……

……

はい。すいませんね、ちょっと興奮してしまいました。おっと、血。失礼。

いやあ、あんまり皆さんがぼけっと聞いておられるものでね、ついイライラしてしまいました。声を荒げると、最近の若い人たちは弱っちくてすぐに辞めてしまうから、生まれたてのひよこに接するように、やさしく、やさーしくやってくれと人事部長に釘をさされていたのになあ。失敬、失敬。

さてと、どこまで?ああ、もうこんな時間だ。まだ話すことはあるんだけど。ちょっと脱線が多すぎましたかね。まあいいや。それ以外のことは働きながらおいおいということで。

最後に、「ちくわの日」の終え方を。ええと、ご存知かと思いますが、一日ハメていたちくわはちゃんと夕飯に食べてください。調理方法は「煮る」のみです。これも何か理由があったんですが、机に頭をぶつけたショックで忘れてしまいましたので、また今度。

そうそう、女子の皆さんは今のうちから花嫁修業としてちくわの煮方のレパートリーを増やしておくといいですよ。素材と調理方法が決まっていても工夫次第でいくらでも独創的でおいしいものが作れるはずです。ああ、そうだ最近はクックパッドとかを使って他人のレシピを盗み見して、まるで自分で考えたかのように料理をする人がいますが、これはけしからんと思いますね。料理とはクリエーションですから。自分の頭で考えなくてどうするのですか。そのあたりはきちんとしてくださいね。でないと結婚なんてできませんよ。

独身男子はまあ適当に。男子厨房に入るべからずですから。コンビニチェーンなんかだと「ちくわの日」限定でおでんの汁を30円で売ってくれますから、こういうの買って家で温め直してちくわを煮るのがいいんじゃないでしょうか。私もずっとそうしているのでオススメです。

はい、では私からの説明は以上です。皆さん「社会人」としての自覚をしっかり持って健やかに朗らかにちくわライフを楽しんでください。あと、さっきのふにゃちく君は後で私のところへ来るように。

何か質問はありませんかあ?」

(了)

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