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天狗の星

星の降る夜たぁ、うまいこと言ったもんだ。

今にもこぼれ落ちそうな満天の星空を眺めながら、船大工の海造さんはそんなことを思いました。

ふと海の方へ目をやれば、まっくらな闇の中で水平線はまったく見えません。まるで海と空とが溶け合って、ひとつながりになってしまったようです。

いま船をだしゃあ、あの星のところまで漕いでいけるんじゃねえかな。

海造さんは、ごりごりとした四角い顔のオヤジです。荒っぽい漁師たちの間で生まれ育ったものですから、口もわるく、けんかっぱやい性格でもあります。それに似合わず空想好きなところがあるのは、海造さんのこどもの頃の経験からなのでしょう。

海造さんは、生まれつき足がうまく動きません。片手で杖をつかなければ満足に歩くことができないのです。そのため、他のこどもたちのように砂浜をかけまわったり、海で泳ぎの競争をしたリといった遊びがまったくできませんでした。そのかわりに、浜辺で色々な模様の貝殻を拾ったり、村の生き字引のようなおばあさんからおとぎ話を聞くなどして、一人遊びを楽しんでいました。女の子のような遊び方ですから、村の男の子たちはみんな海造さんをばかにしました。足が悪くても怒りっぽい海造さんは、そのたびにばかにした子たちにけんかをふっかけ、いつもぼこぼこに負けていました。

海造さんが何より悔しかったのは、足が悪いことで漁師の仕事ができないことでした。漁村ですから、村の主役はもちろん漁師です。若者たちはみんな、おれが村一番の漁師になるんだと、口々に言いながら漁の手習いをはじめるのです。この村では、船に5,6人の漁師が乗って、いっしょに漁に出かけます。それぞれ船を漕いだり網をつくったりと役割をこなしながら、魚がかかった時にはみんなで力を合わせて網を引き上げるというやり方をしているのです。漁師同士の協力が何より大事ですから、海造さんのようにすばやく動けない人は、足手まといなのでした。

周りの若者たちを横目に、海造さんはぶらぶらと村を歩き回る毎日を送りました。村の人々は、そんな海造さんをかわいそうに思いながらも、どこか疎ましく感じていました。海造さんに対する人々の目がかわったのは、海造さんが16くらいのときでした。

海造さんがいつものように村の中をぶらついていると、一人の漁師が船をひっくり返してうんうんうなっていました。

「おじさん、どうかしたのか」

海造さんは漁師に近づいていって、たずねました。漁師は、なんだ海造か、という顔をしながら、

「船に穴があいちまってよ。昨日の大風のせいで石かなんかが飛んできてぶっつかったんだろう」

漁師が指さす船の底には、たしかに親指がすっぽり入りそうなくらいの穴があいていました。

「こんな小さな穴でも、海に浮かべりゃあっという間に水がもってきちまう。漁ができねえ。おまんまの食いあげだよ」

漁師は頭をわしわしかきながら、悲鳴のような声をあげました。

漁師にとって船は命の次に大事なものですから、これは一大事だと、海造さんは思いました。それより何より、海造さんには漁に出られない悔しさがよくわかりました。

「よし、おれにまかせろ」

海造さんはどんと胸をたたくと一所懸命杖をつきながら、その辺の木切れと、石をひとつ拾い集めました。

「すぐに直してやるからな」

海造さんは腕まくりをしながら、あたりまえのように言いました。

「お前、船なんか直したことあるのか?」

「ない」

海造さんはきっぱり言いました。

「ば、ばかやろう、やめろ。これ以上ぶっこわれちまったら、どうするんだ」

「大丈夫だ」

根拠はまったくありませんが、海造さんは自分でも不思議なくらい自信満々でした。まるでこの時のために自分は生きてきたように思えるほどでした。海造さんは石を金づちがわりに、木切れを船底に打ちつけはじめました。漁師は思わず頭を抱えました。ところが驚いたことに、漁師が頭をあげて船を見てみると、まるで最初から穴なんて空いてなかったかのように、船はきれいに直っていたのです。

「こりゃすげえ。いやや、海に浮かべてみるまではわからねえ」

漁師はその船を海に浮かべてしばらく乗ってみましたが、水がもれてくる様子はありませんでした。

「ふぅん、大丈夫そうだな。よし、ちょっと沖まで行ってみるか」

漁師が釣りの準備をして海に出てみると、船はこれまで以上に快調に動くように思えました。そのうえ、釣り針を海に入れたとたんに魚が食いついてきて、これまでにないほどの大漁でした。大漁と海造さんの修理とが関係あるかはわかりませんが、とにかく海造さんのうわさはまたたく間に村中に広がり、それ以来、海造さんは村でもっとも信頼される船大工になったのです。

夜風がぴゅうと吹きすさび、窓から頭を出していた海造さんはぶるっとふるえました。そろそろ寝るかと、海造さんが窓のつっかえをはずそうとしたその時、一筋の白い光が星空になめらかな線を描きました。

お、流れたなと、海造さんが思ったのもつかのま、どうにも変な様子です。光はすぅっと消えることもなく、下に向かって線を引き続けています。白い線は徐々に大きくなっていき、丸い頭と長い尾っぽを持ったおたまじゃくしのように見えるほど、こちらに近づいてきています。海造さんは目ん玉がこぼれるかと思うほど、目を見開きました。

ずどぅぉおおーーーん

この世のものとは思えない音をたてて、おたまじゃくしは村の近くの砂浜に墜落しました。ぐっすり眠っていた人々はみんな飛び上がって驚き、にわかに村中ががやがやしはじめました。静かな夜のあまりにも突然の出来事ですから、無理もありません。なんだなんだと言いつつも、あまりにも恐ろしくて、外に出てくる人は誰一人いませんでした。

海造さんは、道具箱から金づちをとって握りしめると、反対の手で杖をつきながらのっそり家を出ていきました。海造さんはそのまま、砂煙の高く舞い上がる浜辺の方へ、のっしのっしと歩きました。浜辺についた頃、海造さんの目はすっかり暗闇になれていて、砂にめり込んだその奇妙な物体に、すぐ気がつきました。それは、人が二人くらい入るくらい大きいまん丸の物体で、二本の角のようなものがニュッと突き出ていました。海造さんが驚いたことには、二つの影がその物体の角のあたりで動いているではありませんか。

海造さんは、息を潜めながらゆっくりとその人影の背後に近づいていきました。

影のうちの一方は物体の角を両手で握りしめ、もう一方はその後ろについて前の影の腰をつかんでいました。

「よいしょ、よいしょ」

二つの影はなにやら掛け声をかけあっているようです。

海造さんは、ははあ、あれをひっぱりだそうってのか、と思いながら抜き足さし足で影にゆっくり近づいていきました。

「ふぅ、だめでがんす。びくともしないでがんす」

前の方の影は、角から手をはなして額の汗を拭いました。後ろの方の影は、前の影が急に手を話したものですから、引っ張っていた勢いでうしろに転げ、尻もちをついてしまいました。

「うぉらあ!てめえら、なにもんだ!!」

すでに影たちのすぐうしろまで来ていた海造さんが、稲妻のような大きな声をはりあげました。

「どわぁ」

前の方の影はあまりのことに飛び上がって驚き、尻もちをついていた後ろの影の上に背中から倒れ込みました。下敷きになった影がじたばたと手足をバタつかせる上で、いま倒れた影は恐る恐る首をななめ後ろに倒しました。そこには、顔中をしわくちゃにして仁王様のように影たちをにらみつける海造さんの顔がありました。その右手は金づちを握りしめ、天高く振り上げています。相手をいきなり驚かせて身動きがとれないようにし、そのすきに攻撃態勢に入る。これは、足の悪い海造さんの生み出したケンカ必勝法でした。

「ひい、おたすけ」

上の方の影は勢いよく立ち上がって、海造さんと向かい合いながら一歩後ずさりしました。下敷きだった影も海造さんのものすごい顔に気づき、あわてて飛び起きて先に立った影の後ろに隠れました。

「うぉ、なんだてめえら」

今度は海造さんが驚く番でした。二人の顔は雪のように真っ白で、棍棒みたいな鼻がニュっと飛び出ており、口はその鼻に隠れて見えず、寝ぼけているような半開きの目をしていました。背格好はやたら細くて長く、頭から足先までをぴっちり包む着物を着ていて、その頭の部分からあんこうのちょうちんのような角が二本生えていました。なにより海造さんが不気味に思ったのは、その奇妙な二人の顔がまったく同じということでした。

ひるんだ海造さんが金づちを持つ手をおろすと、一方の長鼻がすかさずしゃべりだしました。よく見ると、着物は青い色をしています。

「あ、あの、怪しいものではないでがんす。我々はただの旅人でがんす。二人で船に乗って海を旅していたでがんすが、潮に流されてこの浜辺にたどりついたんでがんす」

青服は例のおかしな物体を指さしながら言いました。その言葉に合わせて、もう一人の長鼻はうんうんと首を縦にふりました。こちらの着物は、よく見れば赤い色をしています。

「うそをつきやがれ」

海造さんが再びするどい目をして怒鳴ったので、二人は思わず目をつぶりました。

「おれぁ、見てたんだぞ。てめえら空から降ってきやがっただろ。だいたい海から流されてきて船がそんなふうにめり込むはずがねぇ。そもそもてめえらの顔は、どうみたって人間じゃねえぞ」

海造さんはまったく躊躇せず、二人のあやしいところをずばずばと指摘しました。

二人は顔を見合わせました。そして、青服の方が神妙な面持ちで口を開きました。

「ごめんなさい。うそでがんした。信じてもらえないと思ったから言わなかったでがんすが、実は我々は天狗なんでがんす」

「天狗だとぉ?」

海造さんはまゆをゆがめて聞き直しました。

「それもうそだろう。天狗ってのは赤い顔をしてるって、昔近所のばあさんに聞いたぜ」

「し、白い顔の天狗もいるんでがんす」

「ふん、そうかい。まあ百歩ゆずって天狗ってことにしてやってもいいが、どっちにしても天狗ってのは悪さをするんだろう。なら、このままほっとくわけにゃあ、いかねえな」

海造さんはふたたび金づちを振り上げました。

「ら、乱暴はやめてほしいでがんす。我々は悪さなんてしないでがんす。赤い顔の天狗とはまったく違う種族なんでがんす」

「んー?」

海造さんはなおも疑わしそうに自称天狗たちの顔をじっくりとながめました。そう言われてみると、こんな間の抜けた顔をした連中が悪さをするとは、とても思えないような気になってきました。

「ふん、なら少しだけ様子を見とくことにしてやらぁ。けど、少しでも怪しいことしやがったら、すまきにして海にほうりこんでやるからな」

「こ、怖いでがんす」

そうは言いながらも、海造さんがやっとにらむのをやめてくれたので、天狗たちはほっと息をつきました。

「それはそうと、見事に埋まっちまってるな」

天狗たちが船だと言う物体を見ながら、海造さんは言いました。さっきまでは気づきませんでしたが、その船は銀色をしていて、星の光が反射してところどころきらめいていました。

「はい、どうにも抜けないんでがんす」

青天狗がなさけない声で言いました。

「ははは、そんな細っこい腕じゃあ、お前らが百人いたってぴくりとも動かねえだろうよ。ちょっと待ってな。村から若くて腕っぷしの強えのを何人かみつくろってくるからよ。」

「ええ?そんなことしてくれるでがんすか?ありがたいでがんす」

青天狗にお礼を言われて、海造さんは鼻の頭をかきました。

「勘違いするんじゃねえ。こちとら天下一の船大工、海造様よ。天狗のもんだろうがなんだろうが、船をそのまますておいちゃあ、名折れもいいとこだ。」

と、海造さんはいっきに言いました。

さて、海造さんが村の方へ向かって歩きはじめると、ちょうどそちらの方向から五つの影ががやがやとやかましくやってきました。

「やっぱりありゃあ、海造さんだぜ」

「ほれみろ、案の定先をこされちまった」

「おめえがぐずぐずしてるからだぞ、ハチ」

「だ、だってよう。おれぁてっきりこの世の終わりが来たんじゃねえかと」

「まあ、そんくらいの音ではあったな」

海造さんはその声の主たちが誰かわかり、ニタニタしながら五人の方へ近づきました。

「おーやおや。これはこれは、村でもっとも勇敢でたくましい漁師さん方じゃござんせんか。随分とゆっくりなご到着で。へへへ、布団の中でがたがたと震えていなさったのかな?」

「ほれみろ、これだ」

「まったく口のへらねえオヤジだぜ」

五人の若い漁師のうち、目の大きい男とひげの男が、ニタニタと笑いあいました。

「へん、震えてたのはハチだけだぜ」

ほおに傷のある男は、機嫌を損ねたように言い返しました。

「ははは、やっぱりハチのやつか。臆病はいつまでもなおらねえなあ」

と海造さんは笑って言いましたが、そのハチと呼ばれた大柄な男は、青い顔をしながら

「か、海造さん。あの気味の悪い連中はなんだい」

と海造さんのうしろの長鼻たちを指さしました。

「ばか、なさけない声だすんじゃねえ。あいつらだよ、さっき空から落っこってきたのは。自分らで言うことにゃあ、天狗らしい」

「へええ、天狗!?」

背の低い男が興味深げに叫びました。ハチ以外の三人の若者もほーっと声をあげて天狗たちの方を見ました。

「でもよう、海造さん」

目の大きな男が顔だけ海造さんの方へ向けました。

「天狗ってのは赤い顔じゃなかったか。そう言ってたのはたしか海造さんだぜ」

「おれも昔近所のばあさんからそう聞いたのさ。まあ、天狗にもいろいろあるんだろう。だいたいこんなへんてこなやつら、天狗ってことにしとかにゃあ、話が進まねえよ」

といって海造さんは腕を組みました。

「たしかにあんなまぬけ面はそうそういねえな。ハチがいい勝負だけどよ」

背の低い男がそういうと、海造さんと三人の若者はげらげらと笑いました。そんな中ハチだけが、

「で、でもよう、天狗ってことはなんか悪さをするんじゃねえか?」

と不安顔をしていました。

「はは、馬鹿言うんじゃねえよ、ハチ」

ほおに傷のある男はそう言うと、つかつかと赤天狗の方へ近づいて行きました。そして、その白樺のような腕を、自慢の樫の木のような腕でぎゅっと掴みました。

「みろよ、この細っこい腕。今にも折れちまいそうだ。こんなやつらが暴れたって、おれひとりでぶちのめしてやるさ」

その力があんまり強いので、赤天狗はもう片方の手をじたばたさせて痛がりました。

「や、やめてあげてほしいでがんす」

青天狗が、赤天狗のかわりに言いました。

「へん」

傷の男は、乱暴に赤天狗の腕をはなしました。赤天狗はつかまれていたところに手をあてながら、目をぎゅっとつむっています。

「なんて乱暴な人でがんしょ」

青天狗は、赤天狗に寄り添いながら、きっと傷の男をにらみつけました。

「お、なんだ、やろうってのか」

傷の男はにやりと笑って、両腕を胸の前でかまえました。

青天狗はすっと立ち上がると、意外にも一歩も引かずに傷の男をにらみつづけました。

「あーやめろやめろ、くだらねえ」

と叫んでけんかをとめたのは海造さんでした。海造さんは、例の銀色の船を指さして、

「無駄な体力を使うんじゃねえよ。おめえらはこれからあの船をひっこぬかなきゃならねんだからな」

「えー、なんでおれたちがそんなことすんだよ。こんな夜中に」

背の低い男がぶーぶー文句を言いました。

「だまってやりやがれ。天狗の船なんてめったに見れるもんじゃねえんだからな」

海造さんがまったく聞く耳を持ちませんでしたので、しかたなくひげの男が口を出しました。

「しかたねえ、やろうぜ。海造さんはこうなっちゃガキよりタチがわるいからな」

「なんだと?」

海造さんはギロッとひげの男をにらみました。

「いえ、なんでもございません。ぴっぴー」

ひげの男は口笛をふいてごまかしました。

五人の若者は船のまわりの砂を少し掘り、船底からななめに押し上げて出すことにしました。

「いっせえのーせっ!」

五人が渾身の力を込めて押すと、船は穴からすぽっと抜け、ごろんと浜辺に転がりました。

「わーやったでがんす」

青天狗が思わず歓声をあげました。

「へへ、見たか、このぎすぎす天狗ども」

ほおに傷のある男は誇らしげに言いましたが、そのとたん

「ありゃあ」

とハチが間の抜けた声を出しました。

「な、なんだよ、ハチ」

「この船、でっけえ穴があいちまってるよ」

みんながハチの指さす方を見てみると、たしかに人が一人すっぽり入れそうなくらいのぎざぎざの穴がぼっかりあいていました。

「ああ、ひどいことでがんす」

船に駆け寄った青天狗は肩を落として嘆きました。

その隣で、海造さんが船の外側をこんこんと叩きました。

「おい、こいつはもしかして、鉄でできてんのか?」

落ち込む天狗とはあべこべに、海造さんは目をきらきらさせながらたずねました。

「え?あ、はい。人間の言葉で言えばそうでがんす」

「ほほおー。鉄で船ができるとはな。しかもそれが飛ぶたあな」

海造さんはしみじみと感心しました。

「海造さん、もしかして楽しんでんのかい?」

目の大きな漁師がたずねました。

「おおよ、空飛ぶ鉄の船だぜ。世の中はひれえや。こんなおもしれえ船があるたあな」

「でも、空には魚がいねえよ」

ハチの言葉は無視して、海造さんは天狗たちに言いました。

「おう、天狗ども。てめえらの船はこの海造様が直しやるよ。鉄の船なんてのは直したことはねえが、なに、鍛冶屋の留吉に道具を借りりゃあ、なんとかなるだろう。」

「ええ、いいんでがんすか?でも、我々はお金を持ってないんでがんす」

「ばかやろう、天狗なんぞから金がもらえるか。そりゃま、留吉のやつにはなんか埋め合わせしてやらなきゃならんがな。まあそれはそれとして、ひひひ、腕がなるぜ」

海造さんは本当に腕をぽきぽきならしました。

「ああ、それから船が直るまで、おめえらおれん家においてやる。なに、男やもめだから気楽なもんよ」

「そんなことまで・・・。海造さん、ありがとうでがんす」

青天狗は泣きださんばかりの声でお礼を言いました。

「おっと、勘違いすんなよ。もちろんお前らはおれの仕事を手伝うんだ。働かねえ奴に食わす飯はねえぜ。たっぷりこき使ってやる」

天狗たちは一転、おびえました。

そのやりとりを見ていた漁師たちはひそひそ話しを始めました。

「おい聞いたかよ。まったく海造さんは物好きだなあ」

「いやあ、世話好きといったほうが正しいよ。あの顔でなあ」

漁師たちはくすくす笑いました。

「おう、なんか言ったか」

海造さんが漁師たちをギロッとにらみました。

ぴっぴー

五人は口笛を吹いてごまかしました。

その次の日から、海造さんは鍛冶屋の留吉の手を借りながら天狗の船の修理にとりかかりました。留吉も自分の仕事が好きですから、この珍しい鉄の船に目を輝かせ、喜んで手伝いました。

一方で、海造さんは前の晩に言ったとおり、天狗たちにほかの船の修理から家事炊事まで、いろいろな仕事を命じました。とは言ってもせいぜい手伝わせるくらいで、こき使うというほどのことはありませんでした。

天狗たちのうち、赤天狗の方はまったくしゃべりませんでしたが、手先が器用で、木造船の直し方を一日でおぼえてしまいました。鉄を打つのもらくらくこなし、掃除や洗濯までてきぱき片付けました。これには海造さんも喜んで、

「お前、天狗なんかやめておれの弟子になれ」

と、ほめるほどでした。

一方の青天狗。こちらは口はやたらと動くのですが、手先の仕事をやらせるとまったくと言っていいほどダメ。金づちを持たせれば指をうち、掃除をさせれば茶碗を割り、網を作らせればどういうわけか全身からまっているというあり様でした。最初のうちは海造さんもどなっていたのですが、すぐにこのぶきっちょさはどうしようもないものだとあきらめて、

「おめえはこども達とでも遊んでてくれ」

と言いました。しかし、これがよかったようで、青天狗はすぐに村のこども達となかよくなりました。天狗の顔は、奇妙ですがどこか愛嬌がありますし、かけっこをすればこけ、水に入ればくしゃみをするそのおっちょこちょいさが、こども達には受けたようでした。しかも、青天狗はそのよく回る口でもって、天狗の世界のことをいろいろおもしろおかしくしゃべるので、そのまわりにはいつもこどもらが座って、夢中になって話を聞いていました。これには、村のおかみさんたちが、家事に専念できるということでずいぶん喜びました。そんなこんなで、天狗たちは三日もすればすっかり村になじんでいました。

さて、天狗の船が降ってきてから五日たった日のこと。その日は、嵐でもないのにずいぶん風の強い日でした。夜、仕事からもどった海造さんと天狗たちが夕ごはんを食べていると、玄関の戸ががらっと勢いよく開きました。入ってきたのは、例の目の大きな漁師でした。漁師は、はぁはぁと肩で息をし、青い顔をしていました。

「どうした」

海造さんは立ち上がって、若者の様子に何かを感じ、低い声でたずねました。

「海造さん」

漁師は息を切らせました。

「ハチがいなくなった」

誰が言い出したわけでもありませんが、この村では海で人がいなくなったとき、漁師たちみんなで船を出して、一日中その人を探すことになっていました。ハチがいなくなってからというもの、海には毎日朝から晩まで何艘もの船が浮かんでいました。

まだ見習いに毛がはえた程度だったハチはその日、ベテランの漁師四人といっしょに漁に出ました。風が強く波が高かったうえに、しばらくしたら霧まで出てきて周りがほとんど見えなくなりましたので、その船の持ち主である年長の男は、漁を中止することにしました。村へ戻ろうと船を漕いでいた時、ハチが手を滑らせて櫂を海に落としてしまいました。ハチは、流されていく櫂をとろうとあわてて体を船の外に伸ばしたところ、態勢を崩して海にドボンと落ちてしまいました。漁師たちはすぐに助けあげようとしましたが、霧が深くて周りはまったく見えません。全員でハチの名前を精一杯呼びましたが、返事は帰ってきません。どうすることもできませんでした。

海造さんは、天狗の船の修理を中断して、毎日漁師たちの船の点検と修理に集中しました。

「すまねえな。おめえらの船、遅れちまって」

ハチの捜索から三日目の日、海造さんは点検中の船をなでながら天狗たちに言いました。

「いえ、我々は大丈夫でがんす。そう急いでいるわけでもないでがんす。それはそうと、海造さん」

「なんだ?」

「このあたりの海は、ずいぶん複雑な潮の流れをしているらしいでがんすね。」

「・・・ああ。この海でいなくなって見つかったやつは、これまで一人もいねえ」

「それじゃあ・・・」

「それでも探してやらなくちゃならねえ」

海造さんがあまりにもきっぱりと言ったので、青天狗は思わずたじろぎました。

その日も、ハチは見つかりませんでした。

夜遅く、床についていた青天狗は物音で目を覚ましました。音のする方を見ると、海造さんが天狗たちに背を向けて、窓の外の月を見ながら酒を飲んでいました。まんまるい月の光は青く冷たく海造さんを照らしていました。

「海造さん」

「起こしちまったか。すまねえ」

海造さんは振り向きもせず、ぐいと酒の入った茶碗をかたむけました。

「海造さん、ここのところちゃんと寝てないでがんす。休まないと体に毒でがんす」

「ああ」

海造さんはふたたび茶碗をかたむけました。

「ハチのやつはよう」

少しの間があいてから、海造さんは口を開きました。

「小せえころはぜんそくでなあ。発作で何度も死にかけてよ。そのたんびにあいつのおふくろさんは願かけしてなあ。あたしの命をあげるからこの子は助けてってなあ」

海造さんはずっと鼻を鳴らして一瞬頭をさげたかと思うと、ぐっと頭をあげて茶碗の中身を全部のみほしました。

「さ、明日もはええ。おれあ寝る。おめえらもとっとと寝ちめえ」

青天狗がふと隣の布団を見ると、赤天狗がゆっくり目をつむりました。

そして、その次の日もハチは見つからず、これ以上漁を中断するわけにはいかないということで、捜索は中止となりました。

明くる日、海造さんと数人の漁師たちがハチの家に集まって葬式の話をしていると、いきなり家の戸があいて、ハチがひょっこり顔を出しました。家に集まっていた人々はびっくりぎょうてんして、ぎゃあ出たあ、成仏してくれえ、ナマンダブナマンダブと口々にさけびました。一方のハチは、やだなあおれ生きてるよほれ見てみろちゃんと足もついてるだろ、などとぬけぬけと言う始末。一同はわけがわからず呆然としました。

ハチは、海に落ちたとき櫂に額をぶつけて一瞬気を失ったこと、すぐに気がついたものの船の姿はなく霧でなにも見えない中をやけくそで泳いだら運よく浜辺にたどりついたこと、浜を出たところにあった寺で看病してもらったら三日で元気になったものの和尚さんがやさしくてついもう一泊してしまったこと、それから十里の道を歩いて一日かけて帰ってきたことなどを一気に話しました。

その話がおわるかおわらないかというところで、

「てめえこのばかやろ」

と言いながら、海造さんが電光石火の速さでハチにげんこつをお見舞いしました。

「心配かけやがってばかやろこんにゃろ」

怒りながらも、海造さんの目元はほころんでいました。

「なにはともあれよかったでがんす」

「おおよ、びっくりさせやがって」

そう言いながら、ほおに傷のある男がハチの首の後ろから腕を回してわきで固めました。

「悪運のつええやろうだよ、まったく」

背の低い男がハチのほっぺたをぴしゃぴしゃと叩きました。

へへへ、とハチが笑うと、一同もつられてゲラゲラ笑いました。

それから三日後、とうとう天狗の船の修理が完了しました。穴のあいていたところが鉄の色丸出しですが、すきまはぴったりとふさがっており、応急処置としては完璧でした。

「海造さん、みなさん、どうもお世話になったでがんす」

青天狗と赤天狗は浜辺まで見送りに来た村人たちにぺこりと頭をさげました。

「お礼がわりというわけではないでがんすが、ひとつだけ。今日から五日後は朝からたいへん天気がよくて気持ちのいい日和でがんす。でも、漁に出てはダメでがんす。昼をすぎたあたりから急に風が強くなってきて、海は大しけになるでがんす」

青天狗は村の漁師たちに忠告をしました。

「へえ、そんなことがわかるのかい。たいしたもんだ」

漁師の一人が感心しました。

「では、そろそろ行くでがんす。本当にありがとうがんした」

「気が向いたらまた来るがいいさ」

そんな海造さんの言葉に二人の天狗はにこりとして、海に浮かんでいる船の中に乗りこみました。

船はミューンミューンという奇妙な音を出したかと思うと、水面ぎりぎりに浮かび上がりました。それから、ボッという爆音とともにギューンと水面上を滑走していき、水平線のあたりで空へ飛び上がっていきました。村の人々は、そのあまりの速さにしばらく目をぱちくりしていました。

青く輝く惑星を背に、銀色の角つき宇宙船はゆっくりと闇の中を進んでいました。船の中で青天狗は、一か所だけ色の違う床の部分をさすりました。

「空気はもれていないでがんす。海造さんはすごい腕でがんす」

船を操縦していた赤天狗が、うしろを向いたまま右手でわっかを作り、首をかしげました。

「うん、まあ合格というところでがんす。思わぬアクシデントでがんしたが、むしろ貴重なデータがとれたでがんす。レット、自動操縦に切りかえたら報告書を作成してほしいでがんす」

赤天狗はテーブルのうえにあるカードのようなものを指さしました。

「ああ、もうできてるでがんすか。さすが仕事がはやいでがんす。どれどれ・・・」

青天狗がカードのスイッチを押すと、カードから緑色の光がのびて横長の長方形を形作り、その中にカクカクとした文字が浮かびあがりました。

第2次アースクール調査報告書
<調査惑星>
サンポール系第三惑星アースクール
<調査報告日>
ゾルゲ歴794ヤン4ムンス19デン
<調査員>
隊長:ブルース、副隊長:レット
<調査報告>
現段階での侵略及び矯正の遂行は時期尚早である。第1次調査隊の報告通り、同惑星の原住民は乱暴かつ粗野、非科学的、非論理的な存在である。しかしながら原住民の中には、他者の不幸を嘆き、他人の幸福を喜ぶという特性をあわせ持った個体も存在している。これは霊長類における典型的な進化過程の一側面と思われる。したがって、より広範囲に渡る継続的な調査の必要性があるものとする。以上

(了)

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