酸苺はワインへの夢を見る または空を飛んだ女の子のお話

本文

 何時とも何処とも知れぬ村にある納屋の奥。
 素焼きの粗末な壺に小さな酸苺たちが入れられていきます。

 ぷつぷつぷつ。
 酸苺はワインへの夢を見ると伝えられます。
 今宵はそのお話をしましょう。
 本当は酸苺だけしか知らないお話ですよ? さあさ寝巻じゃ寒いですよ。ベッドに入りましょうか。


 闇の中壺の中で発酵する酸苺のぷつぷつ。
 ぷつぷつは姿を変え舞い上がるトンボたちになっていきます。
 これは酸苺の夢ですので、わたしたちには見れない過去も未来もご覧あれ。
 ほら。酸苺の泡たちが姿を変えた秋津虫。トンボたちの一匹の瞳が大きくなりました。愛らしい少女がうつっていますね。

 彼女の名前をロベルタと呼びます。

 少女を中心に風景が広がります。鋤を引く父娘と牛が小麦色ベースで描かれて……おやこれは過去でしょうか。
 急速に成長していく少女を中心に農園が色づき芽吹き枯れてまた色づく様子。少女の姿が大人になるたび次々とスタンプされる『不合格』。これはなんでしょう。


『我が学院では女子を受け入れていません』『竜熱は女子には深刻な影響を及ぼします』

 つぎつぎと申請書類に赤いスタンプで否定的な回答。
 酸苺の夢は不思議な夢ですからそういうこともおきるのです。

 書類がかき回されて女の子の手でぐちゃぐちゃになった紙切れが大量の紙飛行機になり、トンボの群れになって空を舞っていきます。

 その下には小さな丘があって、大きな斧を背に黒いマントの女性が、子供たちを追い回す『魔王芸』(※ナマハゲみたいな芸能)を横目に微笑み人差し指にトンボを留まらせていますね。

 空を飛んだドワーフの歌をご存じですか。
 これは『星を追う者』の伝説(ものがたり)にありますので今は無理ですが後程お教えします。

 蒼穹を飛んだドワーフの歌の中、飛び立つトンボがグライダーの姿となり、マントと大斧を持っていなかった頃の彼女とその友人だったドワーフがグライダーを開発する姿をバックに星の海をぼろぼろのグライダーが飛んでいきます。

 グライダーが輝く大きな星に突入するイメージで目が覚めたように少女は黒マントの女性に声をかけます。


 マントの女性の指先のトンボの羽ばたきが様々な試作飛行機の設計図へと変わっていく。その脇の小さな子供の落書きをみてください。
 設計図が変わるたび、飛行機を作る少女と女賢者、作業場で遊ぶ子供たちや老いた父を描いた落書きが幻燈写真のようにうごいていきます。愛らしいですね。

 261番めの設計図が広がっていきます。
 父は魔王芸で子供たちを追い立てていきますね。

 父の魔王芸の背後からブーツのアップ。
 次々と破られる設計図。何が起きたのでしょう。

 嘲笑の口元。
 嘲る男たち。

 その男たちの写真に赤いバッテンが張られました。

 それをビリっと破り捨てた少女、鏡の前で髭つけてニヤリ。ドヤっとポーズを決めます。

 次に映るは。
 飛行機ショーで次々大破する飛行機。
 先ほど嘲笑していた男たちの狼狽する顔と顔。

 髭をつけた男が『261 ボビィトッド』と書かれた飛行機械に進みますが、コートの間から女性が履くヒールが見え、それをスタッフが見咎めました。


 大変です! 逃げてロベルタ!

『がんばれボビィドット!』

 旗めく横断幕その端っこを縦横無尽。逃げるロベルタことボビィと追う男たちが描かれます。

 たくさんの男たちが彼女を押しつぶそうとするも逃れ、父や子供たちや老女たちの声援を受けて……横断幕が破れて大きな大きな飛行機が今! 発進しました!

 次々と飛行機械に飛びつく男たちを振り切ってボビィ・トッドの飛行機は空に飛び立ちます。

 その騒ぎで男たちがつかんでいたワイヤーが千切れてしまいました。

 つばさが崩れ、態勢を崩すボビィことロベルタの機体。あやうしロベルタことボビィ・トッド!!

 きりもみになり煌く太陽に目を眩ませる彼女。
 絶望に祈りの手を握る人々。そのざわめきが止まります。
 彼らは視線を空にあげていきます。
 雲間から光がさしていきます。

 ボビィのその視界が陰りゴーグルに竜の影。


 太陽を背に現れた伝説の存在に呆然する人々。ニヤリと笑ったロベルタがヒゲをぶん投げて手を振る姿が今、微笑む竜の瞳に映っています!

 なんということでしょう。

 どこまでも続く田園地帯の上を舞う秋津虫(トンボ)。彼等の上で竜と並走する少女があなたのこころのうちにも見えるはずですよ。

 テープを放って湧き立つ群衆のひといきれ。蒼穹に向けて飛び交うパンケーキに放たれるシャンパンの香。花火の光と音があなたにも聴こえるはずです。

 ゆっくり舞い立つ飛行機のエンジンが止まり、彼女に人々が駆け寄ってきました。

 さあ夢はもうすこしで終わります。

 飛行機『秋津虫』をバックに胸を張る彼女と仲間たちの古ぼけた写真を背に、誰かが戸を閉め、古ぼけた飛行機が収まった倉庫の棚の上には最初の酸苺の素焼き瓶と寸分違わぬものが残されています。

 これは人の舌を焼く毒苺、酸苺がワインになるまでにみた、ふしぎなふしぎな夢の一幕なのです。

 おやすみなさい。私のかわいいむすめ。(了)

本作と同じプロットの作品

わたしの秋津虫(ドラゴン) 261日と蒼穹をとんだおんなのこのはなし

参考資料及びモチーフ元

短編映画及び絵本『Miss Tood』(原作『MISS TODD AND HER WONDERFUL FLYING MACHINE』
by Kristina Yee (Author), Frances Poletti (Author) )


絵本『炎をきりさく風になって: ボストンマラソンをはじめて走った女性ランナー』
フランシス・ポレッティ クリスティーナ・イー スザンナ・チャップマン 著 渋谷 弘子 訳

261はボストンマラソン初の公式女性ランナー、キャサリン・スウィッツァーのゼッケン番号(参考 https://lexus.jp/magazine/20170517/13/spo_marathon.html

自称元貸自転車屋 武術小説女装と多芸にして無能な放送大学生