せめて茶碗いっぱい分くらいの心の容量を。#296
仕事をするたびに思う。もう一歩心が広ければ、いらいらしなければ、あともう数分待っていられれば。
すぐにこぼれてしまう底の浅すぎる醤油ざらのように、ほぼ平面だけの浅い心。茶碗いっぱいほどではなくても、せめて、コーンスープをすすって飲めるくらいの深みがあったら、なんて思ったりする。
10年近くウェブ開発のディレクターやプロジェクトマネージャーをやってみて、ずっと、自分の仕事はなんのためにあるんだろう?って疑問に思っていた。
小学生の頃から、ちょっとチャリンコに乗るたびに道に迷っていたけれど、大人になった今でも、3回ぐらい曲がり角を曲がると、すぐに次に進む方向を間違える。出口、どっちだっけ?なんて。
最近、自分が仕事をやっていて一番必要なのは「どれだけ、今の状況を受け入れられるか?」なのかなって思うようになった。
小言にも負けず、愚痴にも負けず、スケジュールの遅れにもお金が足りないことにもめげず、とりあえず静かに笑ってみて、次にできることを考えてみる。
読んでくれたかた、ありがとうございます。川の流れのようにまっすぐは流れてくれなくても、でこぼこした石の隙間から、少しぐらいは水も流れて、下流まではたどり着いてくれるはず。
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