顔面神経麻痺観察メモ1.2

 深夜に初めて救急車に乗って大学病院に連れていかれた。運ばれていく間にも、顔、特に口の周りに痺れのようなものを感じ、麻痺していくのがわかる。とても運がいいことに比較的近くの大学病院に搬送された。

第2話 両手から取って大丈夫です

 ドラマなんかでよく見る、救急用出入り口にある小部屋に移される。救急隊員にお礼を言う暇もない。早速すぐに指に酸素センサーがはめられ、胸元に心電図用のセンサーを貼り付けられる。
「服脱げますか?」
「はい」
 Tシャツしか着てなかったので、さっさと脱ぐ。
「それじゃお洋服着せますね」
 バスローブ? のような上着を左右に転がされながらなんとなく纏わされる。腹が出ているのが丸見えになり恥ずかしい。まあジジイだ。許されるはず。
「あら、ひょっとして肌が弱いですか?」
 ベテランの看護師さんが聞いてきた。救急車の中でつけていた心電図の粘着剤の跡がもう真っ赤になっていたらしい。
「はい、弱いです」
 言い切るとなぜか、周りの若い子たちにウケた。
「いつものことなので気にしないでいいですよ」
 最後まで言わないうちに、バシバシ貼られていく。基本的にこちらの話は聞いてない。緊急時だからな! 看護師同士、医者同士の情報交換兼雑談件指導の、ようなものだ。
「点滴刺しますねー」
 くるものが来た、と思った。実は、注射などの針にとことん弱い。なんならパニック障害のような症状を起こすかもしれない。いつも注射や採血はベッドでやってもらい、2,30分休ませてもらう。
「えっと、注射で反射が出るかもしれないので、気にしないでください」
 なんとなく伝える。伝わったかは全くわからない。
「両方で取っちゃっていいから!」
 ベテランさんの声が響く。……両方だ、と? 嫌な予感がよぎるが、されるがままにするしかない。ぶすり。右手にものすごい太いものが刺さり、ずずずずず、と皮膚の下を這いずっていく感覚がした。思ったよりだいぶ痛い。そんなことを冷静に考えているのに、俺の体は自動的に跳ね上がり、呼吸が浅く早くなる。お構いなしに、左手にも同じような感覚が走る。さすが救命! 全く気にすることなく進めてくれて助かる。いつも申し訳ない気持ちでいっぱいだから。
 痛いがそれだけだ。それだけなのに、呼吸が浅くなり、「ゆっくり息吸ってくださーい」と美少女看護師に言われる。涙が出そうだが出ない。体がそれどころではないからだ。その間にもテキパキとことは進み、別の小部屋に連れていかれる。

 部屋の隅にPCが置いてあり、そこにカルテや次の検査の予定を入力する仕組みがあるようだ。
「とりあえずCT予約して」
「日付はいらないんですけど」
「思いっきり未来に入力すればいいから。100年後くらい」
 若い先生とベテランの先生の会話が聞こえる。大丈夫なのか、ここのシステム。
 呼吸が落ち着かないうちに、「お鼻に綿棒入れても大丈夫ですか?」と、聞かれたので「構わずやっちゃってください」と答えると、遠慮なく突っ込まれる。心底素晴らしいと思った。おそらくコロナ検査だろう。ちなみに当たり前だが、基本的にずっと救急車から、はずす必要がある時以外はマスクをつけっぱなしだ。
 体温を測られ、こんがらがった心電図や点滴のチューブを整理され、なんとなく落ち着く。看護師さんたちの会話が聞こえてくる。
「まだ貼ってなかったの!?」
 美少女がベテランに怒られていた。どうやら、名札を手に巻くタイミングを逃したらしい。
「でも、生年月日が言えなかったから…」
「とにかく最初につけるの!
 ベテランは、聞く耳を持たないらしい。ドカタとか命のかかった現場ではしばしば見る光景だ。どやしてでも優先順位がある。意味は後で説明すればいい。
 だだ俺の名誉のために言わせて欲しい。最初の小部屋で、俺は、生年月日を間違えなかったし、相手の復唱した生年月日も間違っていなかったし、なのに複数回聞かれたし、「何かおかしいですか?」ときいても「気にしなくて大丈夫です」と、言われていた。
 口が回らないから聞き取りづらかったとしても、復唱はあってただろ! 俺の生年月日はいつだと言うんだよ!
 そんなこんなで、当直のイケメン先生から、引き継ぎの担当医が決まったらしい。
「どんな先生だっけ?」
「バキバキいう感じの……」
「あーあの先生か」
 ……名前で呼んでやれ。どうやらイケメン先生は2人いるようだった。
「代わったら、もう戻っていいの?」
「いや、一応治療方針が決まるまで入るのが通例みたいだよ」
 新人たちの会話が聞こえる。あーそーゆータイミングって間違うと恨まれたりするから大変だよな。妙な心配をする。

 そしてすぐに、白衣をばさりと羽織った、美人の女医さんが入ってきた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?