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怪しい世界の住人〈龍神〉第十話「龍難の防ぎ方」

❷「龍のために笛を忌む」

 その昔、高野山では笛が禁止されていました。このことについて『諸国しょこく里人談さとびとだん』の中に理由が書かれています。

——太閤たいこう秀吉公が高野山に参詣した時のこと、しばらく逗留することもあり、つれづれの慰みに、また、山の人々にも見せようと思い、同行していた観世流の家元に能を頼んだ。
 その時、家元が、
「お能はさることなれども、当山は、開山大師の制法せいほうにて、笛の音をむなり」
 と告げた。
「決まりがある故、笛は吹けません」
 と言うのである。
 秀吉公は、
「不思議のことを聞くものかな? 様々調子のある中に笛に限って制すること、何故?」
 と聞くと、家元はその理由を述べた。
 弘法大師に退治された蛇柳じゃやなぎと呼ばれる大蛇の伝説が生まれる遥か以前から高野山に大龍たいりゅうが住んでいた。
大師は高野山に入る時、大龍に向い、
「我はこの山を仏法の霊地となさん。汝、ここにいては凡人の恐れられることあり。急ぎ住処すみかを変えるべし」
 と申した。
 すると、大龍が、
「この山には住む所が無限にある。何故なにゆえ、この地を去れと申すか?」
 と答えた。
時に大師は秘法を使って、龍の鱗の間に毒蟲を生じさせて体を蝕んだ。
 大龍は苦しみなが、
「降参した。この地を去る」
 と言った。すると毒蟲はたちまちに消え失せ、大龍はそこより半里ほど離れた山中に隠れた。
 それからと言うもの、笛を吹くと大龍が友が来たと思い、動き出る故、その音をむとなり。

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