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「深掘り!浮世絵の見方」(太田記念美術館)

 通常、錦絵(木版多色刷りの浮世絵)は絵師のみで完結することはなく、絵師の指示をもとに版木の制作を行う彫り、そして摺りの二つのプロセスを経て世の中に流通します。今回はその技術的側面にスポットライトを集めたもの。

 初心者でも楽しめる内容ですが、今回の展覧会内容の全てを「知ってるよw」と通り過ぎることのできる鑑賞者は相当のベテランか本職(研究者・コレクターetc.)かでしょう。化学染料のベロ藍について、絵を版木に彫る際に使用する版下絵について、使用による木版の劣化、摺りの際、摺師が動かすバレンの方向…こうやって見ると、錦絵というのは一種の工芸品で、同じ作品でも一つ一つに個性が備わっているものなんだと思わされます。

 興味深かったのはまず「版下絵」の存在。通常版木に貼り付けて彫りが行われるため、これが完璧な状態で残ることは無いのですが、稀に制作自体が中止になるなどして、版下絵が残ることもあります。今回はそうした作品のうち、歌川国芳・国貞による版下絵などが展示されていましたが、画材は線描用の筆一本、線も十分に整理されていない絵師の描線は、描く姿が想像されるほどにライブ感があります。アシスタントも入っていない、純度の高い真筆であると想像され、その意味でも貴重なものを見させてもらいました。

 彫り師による彫りの技術も、改めて見せられるといかに凄いかが感じられます。ハッチング(複数の平行線を描きこみ、絵に濃淡をつける技法。錦絵では髪の生え際等に用いられる)自体は描く分にはそこまで難解な技術ではありませんが、彫る分になるとなかなかどころじゃなく大変な作業。イメージとしては自刻で偽札を作るぐらいに大変で、それをやり遂げてしまう彫師の技術力にはただただ頭が下がるばかりです。

 摺りに関しても細かな話が続きます。木版自体の劣化という問題もありますし(線が太くなる)、立体感を出すために10平方ミリメートルにも満たない陰影を加えたりもする。一方で錦絵も摺りが繰り返されるなかでリアレンジが加えられるようで、色や柄自体が変更されたり、雲が描かれない、単純に版がズレているというような「手抜き」が行われてしまうケースもあります。錦絵の色指定は作者が行っているので、そういう意味では若い版を見た方がより作者のイメージに近いと言えるのかもと思いました(これは錦絵に限らず、同じく原型が劣化するもの、例えばブロンズ像でも同じことが言えます)。

 これだけでもだいぶお得感のある展覧会でしたが、作品の中身についても言及があり(定番の判子エピソードから北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》の分析、幕府からの規制逃れの方法に至るまで)、普段はミュージアムトークの会場使われる地下1階を展示室にするほどのボリューミーな展覧会。既に展覧会は終了していますが、不定期で継続開催するか図録を作るか、はたまた巡回しても良いと思うぐらい、面白くて有益な展覧会でした。

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