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2夜目・ラグナロクを超えし極光 Dream in Dreaming

「エイドゥル」
呼びかけた最初の声は、母親だった。
偽物の暖炉からぱちぱちとゆっくり燃える火に、昔から持ち主を待ち続けるロッキングチェア。
なんて夢だ。エイドゥル・エイナルスドッティルは、故郷アイスランド・レイキャヴィーク郊外の実家にいた。
寂しいロッキングチェアと向き合ういつものソファ、座る母がロピーセーターを編んでいる。
「……今の時間なら議会だろ、さっさと自家用ジェットで行っちまえ。レイキャヴィークなんかでサボってる場合かよ」
「貴方が帰ってきたんじゃない、エイドゥル。もうすぐ完成するから取りに行くと。今日中には終わるから休んだら?話をする元気があるなら、病院でエイドゥルがどんな人を救ったか教えてくれる?」
「いちいち誰が誰か覚えてらんねえ量の手術に、話すのは倫理義務違反なんでね」
「エイドゥルが外科医になってからどれくらいの人が救われたのかしら、貴方は私の誇りよ」
エイドゥルは隅の古い革のソファに乱暴に座る。ガキの頃からバカみたいにいじけて、背を向けるのを受け止めてきたソファだ。
「あんたの言う通り、私は私の勝手でやってる」
「おガキさんの頃に言わなかったから後悔してるの。エイドゥル。貴方は名前の通り”誓い”を果たすのね」
「ヒポクラテスの話?それとも古ノルド語のEiðurエイドゥル?……命を救ったからって、救われた訳じゃない人が多いんだよ。いっそ……私は治療しか出来ない。外傷外科医の実績も、お手柄の論文ケースも、全て患者を食い物にして得られてるんだ」
「外科医らしくない発言ね。優しい外科医に成長したわね」
「うるせえ。なんなのそれ」
エイドゥルは嘆息する。母が編むセーターは、どう見ても自分の為のじゃない。エリン・ミルズ、恋人の赤い髪によく映えるアイスランド地元の無染色毛糸に丸ヨークの伝統柄だった。
「あら忘れたの?エリンがお揃いのロピーセーターを欲しいと言ったじゃないの」
「古臭くてダッセエって言ったのにな」
「古臭くダッセエ認識も古臭くてダッセエになるのよ。エイドゥルが大切にし始めた様にね、私もエリンがアイスランドを愛してくれている事が嬉しいのよ」
「別にアイスランドだからじゃない。もし私が親父みたくスウェーデン人なら、エリンはスウェーデンの歴史や文化を学んだはずだよ。これ何度言えばいいんだよ……?」
母は子供の頃にした様にエイドゥルを撫でようとし、どうせ夢ならと拒否しなかった。父譲りの巻き毛が死ぬほど嫌いで、しかし縮毛「矯正」するのはもっと嫌な髪を好きだと言ってくれた人はもう母だけじゃない。
「エイドゥル、貴方が私の誇りの娘である様に貴方の伴侶のエリンも大事な娘なの。
私もエイドゥルもまるで知らなかったわね。でもきっといつか分かり合えるわ、貴方達の姿を見ていれば、きっと」
「やめろよ!なあ!本当にやめろ……母さん。家族なら私たちだけの話にしてくれよ!」
エイドゥルが叫ぶ様に吐き出すと、母の微笑が曖昧にとけて、景色がばーんと窓ガラスを割るように散った。

「エイドゥル?」
散らばったガラスが1つずつ輝きながら、景色を編み直してゆく。淡いパステルカラーの室内と可愛い家具でできたカップケーキが名物のロンドンのカフェだった。
にたび名前を呼びかけた声は、愛しい人だった。エリン・ミルズ、ウェールズの赤い竜の赤い髪をしたグラマラスなひと。
「遠慮のかたまりだ」
最後に1つ残ったピンク色のカップケーキを見て、エリンがお皿ごと差し出す。
「いや、エリンが食べろよ?足りないなら新しいの注文しよう」
「……ぼく最近ふとってきてる」
しゅんと小さくなるエリンは自分の魅力的なスタイルを嫌っていた。
エイドゥルは複数の目線に気付き、彼らが恋人を舐める様に見るのを1つずつ睨む。これじゃ嫌いになるだろうな、いつもそういう目に曝されるんだから。
「しかし!ぼくは気にしないぞお!象になったって食べたいものは食べる!」
エリンは、ぱっと雲間の眩しい太陽みたいに笑う。落ち込んでも1人で立ち上がっていくその姿が愛おしくて、同時に1人でいて欲しくないとエイドゥルは思う。
またガラスが割れる音、しかし気付いた時にはエリンが庇う様に手を掴んでテーブルを盾にしていた。
「……がって……ふざけ」
ガラスを割った1人を、エリンはいつも装備しているデザートイーグルで躊躇いなく射殺する。独特の重たい銃声に仲間らしきグループが怯むのを見て、エリンは素早くその1人ひとりをどん、ばん、どんと始末してしまう。
彼女の仕事はMi6、映画みたいな「License to kill殺しの免許」が現実にある攻勢的なスパイだ。
柔らかいカフェの空間は恐怖というより、驚きに停止していた。恐怖させない為に先制する、エリンの風体が為せる技だ。
「皆さん落ち着いて下さい。ぼくはDCIモンロー、警察です。襲撃者をやむ無く撃ちました。怪我人はいますか?」
エリンが見せた警察手帳は本物、スパイの為の身分の一つだ。
「あ、あの、どうしよう、どうしよう」
驚きが恐怖に揺れる声の先にカップルがおり、片方は右腕を庇って片方は床に伏していた。GSW、Gun Shot Wounded銃傷患者はエイドゥルの臨床現場の日常だ。
「救急車を呼んでくれ、GSWと伝えてくれ。私はセントメアリー総合病院、ERの外傷外科医だ」
動揺しながらもカフェの店員が頷き、スマートフォンでかけている。
「どうしよう……目を、目を覚まして!?」
右腕を庇っている恋人をエリンが見て、エイドゥルに「黄色」と告げた。トリアージタグの緊急優先を表す色だ。ならば倒れた方が赤色、店員の1人がAEDとかなりしっかりした救急セットを持って来たのでエイドゥルは目を瞬いた。ロンドンも物騒になってしまったな。
「聞こえますか?えーと」
「パリスです!助かるの!?生きてるの!?」
パリスというらしい恋人は軽く呻いた。意識が戻るのはいい兆候だが、直ぐに血を吐いたので悲鳴が上がる。量は唾ほどだが、呼吸が出来ず急速に意識がなくなってゆく。こんなカフェだが気道切開はやらないと死ぬ……血溜まりも床に無いということは、弾丸はパリス氏の胸部に残っている。
しかし心音減弱とチアノーゼは心タンポナーデの症状もありうる……エイドゥルは苦悶する様に声を漏らす、こんなカフェでやれる事は限られている。
「この袋を押し続けてくれ、酸素を送る為だ」
応急処置の気道切開をすると、有志の客がしゅっしゅっと救急キットのアンビューバッグを押し続けてくれる。
 「エイドゥルせんせー、救急車30分で着くって……」
「30分!?エリン、どうにかならないのか!?今すぐセントラルライン入れてドレナージしてもすぐに手術室がいるのに……くそ……間に合わないぞ!」
「ぼくのキット使えないかな、訳分からないのいっぱい入ってる」
エリンが万が一の時に持っているスパイ用医療キットは小さな外傷処置室セットだから確かに使える。使えるがカフェなんかで胸部切開したら……。
震えていたらしい手を、メスを持つ右手でなく左手を握ってくれたのはエリンだった。
「何もしないと亡くなる、でもエイドゥルならチャンスをあげられる」
「私からもお願いしますドクター!30分じゃ間に合わないのは素人だって分かります!お願いします!何もしないで待つ方が嫌です!」
右手を既にエリンの軍隊式止血で手当されており、すっと差し出されたのは的確なメスだった。
「エイドゥルなら出来るよ。弾丸が残ってるなら致命傷は弾丸が防いでるはず。ドレナージで血をとれば」
「エリン、そうは上手くいかないんだぞ」
それでもメスを受け取ってエリンの手を離した。ドレナージ量を調整しながら、血圧測定……ここでは出来ないんだ。くそ。ドレナージによる閉鎖性ショックから循環不全を起こしたら……。リスクしかない、何もかも足りない、エイドゥルは切開して自分がパリス氏を殺してしまう事の方が恐ろしかった。
「分かってる。エイドゥルが切る事のリスクはみんなが分かってるんだよ。素人だから分かる。エイドゥル、パリスさんでなくもしぼくが撃たれてたら?」
「何がなんでも切開してた、くそ……」
やるしかないのか。ブラインドでやるのは自信があるし戦場なら躊躇わず、エリンなら助けようと無茶に走っている。
蜘蛛の糸で迷路を解くようにエイドゥルの処置が幸をそうした頃、救急車が近づく音がする。ここから病院まで……手術室までギリギリか?
ポタポタとエイドゥルの頬に生ぬるいものがかかる。
「エリン……エリン!?どうして隠したんだ!?」
ふんにゃり微笑するエリンはエイドゥルにそっとキスして囁いた。
「大丈夫だよ。ぼくは、ぼくたちは死ねないカラダだもの。死ねないんだから……今も治癒してる。ほら、大丈夫。エイドゥルは知ってるじゃない」
「不死だからって放置していいわけない!エリン、ダメだろ、エリン、嫌だよ!」
ポタ、ぱしゃ、エリンが欠けてしまう様な恐怖と冷たい血に感覚全てが閉ざされてゆく。不死と蘇生治癒はエリンと2人で一つの力、2人という兵器の力。だが、片方が倒れたら2人とも一時的にたおれてしまう。ごめんという声が切なくて、手をのばして抱きしめる。
助けはもう来るはずなのに、どうして救急車の音が遠いんだろう……。

みたび目を開け、エイドゥルは寒気をおぼえた。失血からくる感覚じゃない、そもそも景色も場所も時間すらまるでワープした様だった。やはり全て悪夢の類だろ……?
世界の果ての様な朱色と青が混ざり、人間に噛み付く様な渦巻き状オーロラが奔る氷河の湖。またしてもアイスランド・ヨークルスアゥルロウン氷河湖によく似た景色で、エリンが「一番好き」と言ってくれた場所によく似ている。
「ここに来るのは速すぎるぞ」
自分自身の声がして、エイドゥルは立ち上がってカフェで使えなかったP226ハンドガンを突き付ける。
「ああ、なるほどな。まだマナ文明でなく、自分の力が何かも分かってない「私」か」
銃口の先にはアイスランドの民族衣装を着て、オーロラを使い魔の様に操る自分と鏡写しの姿が笑っている。雪色の髪は氷河の青に染まりきり、トビ色の瞳は金色にすら見える不気味なおぞましい光を帯びていた。
「悪夢が、私の姿をしやがって!」
「何を怯えるんだよ、エイドゥル・エイナルスドッティル?君にはまだ難しいだろうから、私の別の名を教えよう。
「極光」、「Norðurljósノルドゥルリョス」、「天の北の光」、後は忘れたな」
意志を持つ動物の様なオーロラはエイドゥルの元にも降りて、確認する様にくるくる包んで回った。
手のひらでオーロラを弄ぶ「極光」は、エイドゥルの動揺を楽しんでいる。
「この光景を何度も見たはずだし、小さくて何も分からない頃は何にも疑問に思わなかっただろ?イルヴァ・グンナルスドッティル、あの時の母さんは君を責めなかった。イルヴァは忘れてないはずだよ?君が操った光、オーロラが」
「だまれ!」
ずうんと重い音がして、氷塊が沈む。やはりここはヨークルスアゥルロウン氷河湖なんかじゃない。まるで果ての見えない氷河湖だけの世界だ。
もし目の前の「極光」が本当にエイドゥルだというなら、アイスランドによく似たここに1人きりなのはおかしい。
「まさか……おまえは。私は、また……あの時みたいに、あの時殺したみたいに……エリンを殺してしまうのか」
「そこまで理解が悪いヤツだった?エイドゥル?君とエリンを繋ぐ力、不死と治癒蘇生は元々ビフレストである君そのものだ。今はまだちっちゃな橋が、もしかしたら私に追いつく」
「サーガじゃないんだぞ!バカげてる!」
極光が指を鳴らすと氷河が割れて光粒が降り注ぐ大地が現れる。大地には屋敷らしき3つが建てられている。1つは炎の先に、もう2つは奇妙に過ぎた。ロンドン塔ホワイトタワーそっくりの城、そしてこじんまりしたハイグローヴ・パレスが建っている。
極光の家は間違いなくハイグローヴ・パレスだろうな、あれはエリンが好きなチャールズ三世の私邸だから。
「……なにそれ?お前の神殿か何かか?バッカみたい……せめて私じゃない姿にしろ」
「根本的に私たちは同じだが、違う存在だ。君の方がセイルアウェイしてきたんだから」
「何言ってるか分かんないが100パー別人に決まってるだろ」
「そう、別人だな。でも君は私を見た、君も極光に収斂する可能性はある訳。不死にしてしまう蘇生治癒を"エイドゥル"の誓約として私が譲歩した結果、君にも渡るのは……呪いたいか?」
「何も分かんねえバカげた話は夢でも聞きたくない」
極光は吹き出す様に笑い出した。小馬鹿にする笑い方はやっぱりエイドゥル自身で、確かに見ていてムカつく。
「夢だって聞きたくないのかよ?君にとって気にしなくていい他人の話だぞ?」
「極光。一つだけ聞かせてくれ。私はエリンを殺さないんだよな?」
「はー……つっまんねーなあ、人間の私ってどの時代でもつまんねえの!器ってやつっすか?そんなんだからエリンを泣かせるんだよ。ま、ひとのことは言えないな」
極光は心底ウンザリした顔で、オーロラたちすら笑い転げる様にエイドゥルの周りをはね回る。光帯の一筋が離れて、赤い髪をしたクリスタルのドレスを纏う竜の女王を呼んでいた。
「私たちに刃を向けるのはいつだって私たちから奪う人。エイドゥル。力を恐れないで。今のエイドゥルには分からなくても、有り得ないことに見えたとしても。エイドゥル、自分自身を恐れないで」
「エリン!」
愛しい姿が私のものじゃなくても。エイドゥルは近づいて確かめたくて、張り裂けそうなりながら走っていく。

エリン。飛び起きるとエイドゥルはいつものベッドにいて、同じベッドには愛しい人がいる。窓からはまだ夜も開けない大阪の街が映り、まだ2人とも任地から帰っていないのだと再確認する。それでもやっぱり、夢で良かった。
「……よんだあ?」
寝惚けた声でエリンは体をこちらに向ける。はだけたパーカから覗いた丸い肩はやけに眩しい月光に反射して金環を作っていた。
「エイドゥル」
エリンに名前を呼んでもらえるとまた夢が始まりそうな気がして、1度目を閉じてから深呼吸する。
「エイドゥル、何か夢みたの?」
「疲れる夢だった」
「訴訟起こされた!?」
「まだその方が良かったな……メモだけしとこ」
ベッドサイドのスマートフォンから写真を日記アプリに貼り、ハイグローヴ・パレスとだけ書く。写真を見たエリンは首を傾げる。
「アイスランドの氷河湖、ヨークルスアゥルロウン氷河湖の写真が何故ハイグローヴ・パレスなの?」
「そういう夢だったんだよ」
どうせなら、現実でまたアイスランドに帰ろう。そう言いかけて、同じ言葉がかぶさって笑いあった。

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Dream in Dreaming プレイング小説
【これはソロジャーナルRPG「Dream in Dreaming」のプレイログです。システムの著作権は晴海悠に帰属します。】

【2夜目プレイング・エイドゥル 学戦ver.】
・めざめの合図
ダイス参考 7 焦燥 早く、早くいかなきゃと、ただそれだけを想った
     / 胸の張り裂けそうな想いで、ひたすらに走っていた
【・プレイングに合わせてどちらかの行動をとる・表現差異あり】

・眠りの深さ【すやすや 2~3場面】

・場面
【1場面め】8 静寂 静かな家屋 
【2場面め】7 騒音 会話の飛び交うカフェ
【3場面め】6 雑踏 人ならざるものの気配に満ちた場所

・もの・人物
【1場面め】3 安穏 居心地のいい椅子 
【2場面め】6 危難 バイタルサイン / 遠ざかり続ける救急車 / 手を握る誰か
【3場面め】8 輪廻 糸紡ぎの機械

・できごとの意味
【1場面め】2 歓喜 心がはやる
【2場面め】1 関心 目が離せなくなる / 心を掴まれる
【3場面め】3 衝撃 この世のものと信じられない / 頭を殴られたような感覚

【場面転換】
1場面の転換 7 思いきり何かを叫ぶと世界が吹き飛んだ
2場面めの転換  8 冷たい水を突然かぶり、目をあけると別の場所にいた

ロール簡潔まとめ
はじまり→→→→暖かいレイキャヴィーク実家・ロピーセーターを編む母
2場面め→→→→ロンドンのカフェ・GSW・エリン
さいご→→→→スイングバイ宇宙、ヨークルスアゥルロウンContrail極光との対話

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