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陽口

 当人のいないところで、その人のことを悪く言うことを、陰口をたたくというが、その反対に当人の居ないところでその人について褒めたり良い面について話したりすることを「陽口」というそうだ。なんて素敵な言葉だろうか。

 私のバイト先に、とても仕事ができる社員さんがいる。彼女は私の憧れだ。そんな彼女が、最近の職場の雰囲気について悩んでいると話していた。当人の居ないところで何か話が進められているような空気、単なる報告というよりは告げ口をしているような雰囲気。アルバイトの私でも、そんな空気は感じていた。どんな職場でもたいていそうだ、と言われるかも知れないが、以前は本当に居心地が良く、スタッフが同じ方向を向いている感覚が確かにあった。変わってしまった雰囲気の中で彼女は、自分のいないところで自分のことを悪く言われているのではないかと考えるようになり、もう限界かも知れないと笑いながら話していた。もちろん、彼女の陰口を聞いたことはない。でも、他の誰かの陰口をきいてしまったら、自分も言われているのではないかと考えてしまうのは当然だ。

 陰口というのは、当人には聞こえないものではあるが、聞こえなくても雰囲気は伝わる。なんとなくもやっとした空気が伝われば、どんなことを言われたんだろうかと悪い方向に想像してしまう。実際には言われていないことまで想像して傷つく。それはその人が勝手に傷ついているのではなく、そのような空気を作る者が間接的に傷つけているのだ。ずるいなぁと思う。面と向かって言ったほうが何倍も良いし、その瞬間に陰口ではなく単純な指摘・意見に変わる。

 誰かの言動について思うことがあったり不満を持ったりするのは当然だ。ひとりひとり育った環境も今考えていることもみんな違うのだから、考え方がずれて当たり前なのだ。みんな違うから、新しいアイデアが生まれたり、世界が広がることもある。人間はそのことをすぐに忘れて、意見の違う者を敵対視したり、自分側に仲間をつけたりしようとする。違った意見を本人に言うのは気が引ける、申し訳ない、というのは優しさではなく、直接的な争いを避けたいだけの自己保身ではないだろうか。

 陰口は、全体の空気を重くする。関係のない人まで、自分も言われているかもしれないと傷つける。一度重くなってしまった空気を変えていくのは難しい。陰口よりも陽口がたくさん飛び交っていた以前のような雰囲気に戻ってほしいと強く思うこのごろだ。

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