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はじめて読む『源氏物語 上』角田光代訳

さて、いわずとしれた日本文学における古典作品『源氏物語』です。
この度、角田光代による新訳版”角田源氏”を読み始めたので巻ごとに感想を書いていこうかと思います。
ちなみに私は翻訳版の『源氏物語』を読むのはこれが初でして、他には漫画の『あさきゆめみし』と『大掴源氏物語 まろ、ん?』を読んだことがある程度。なぜか原文の『源氏物語』に挑戦したこともありますが、さっぱり頭に入ってこず(たりめーだ)、早々に投げ出すというひ弱な経験くらいしかございません。
んで、角田光代訳の『源氏物語』上巻を読んでの感想ですが、とても読みやすいなあ、というのが最初に感じたこと。角田さんは翻訳に際して必要以上に格式高くすることを避け、フラットな状態で誰もが手に取りやすい翻訳を心がけたようで、現代の小説とほとんど変わらない気軽さで読み通せました。
上記した通り、私はこの”角田源氏”が初の『源氏物語』なので他の訳と比べることは出来ませんが、読んでいて非常に心地よい文章の流れがそこにはあり、小説内を生きる光君の、帚木の、桐壺の、空蝉の、夕顔の、若紫の、末摘花の、平安時代を生きた姫君たちの姿が思い浮かびます。
草地文(語り手の心の声を地の文に混ぜた文章)にはクスリとさせられることが多くて好みでしたし、和歌の引用の仕方も、文章の流れを途切れさせることなく、かつ視覚的なスマートさもあって、かっこよ~と思いながらその美しさを味わうことが出来ました。
光源氏が様々な女性と出会い、恋をしていく華麗なこの物語。
不思議なのはそれまでほとんど前例がなかった「長編」の「小説」であるにもかかわらず、ストーリーの構成、個々の登場人物の見せ方、人物の心情描写、所々に見え隠れする作者の遊び心、そのどれもが生き生きと風情を伴って書かれており、もはやオーパーツ並の出来となっている点。作者はなーんでこんな長大な読み物を書けたのでしょう。そもそも何故書こうと思ったのでしょう。源氏物語の解説本である『みんなで読む源氏物語』には、「書きたかったから書いた」とあって、たぶんそれは間違っていないのだと思います。しかしそれにしたって、小説のひとつの「型」となる作品を、こうも華麗に書けてしまうのはすごいというより不思議さの方が勝ります
文学的な面白さ・味わい深さはもちろんのこと、和歌の魅力、平安時代の魅力、貴族社会の暮らしなど、切り取り方を変えても十分過ぎるほど語りがいのある作品だと思いましたので、中巻以降も(今度こそ)投げ出さずに読めそうです。

と、ここまでが上巻を読んでの感想。
ここから下は私が読みながらメモした、読書中に湧いてきたパッションをそのまま綴ったものを掲載します。箇条書きにしかなっておらず、『源氏物語』を読んだことのない方からすると怪文書みたいな文章の羅列だと思います。まあつまり備忘録みたいなものなので、それでも良ければお付き合いください。




《【桐壺】~【末摘花】の感想メモ》

【桐壺】

・登場人物系図ありがたい。
みかどさあ、ちょっとは周りのことも考えて動けよー。
・ってか周りの人たち嫉妬し過ぎ。こわい。
・なくてぞ。
・こきでん女御つおい。空気読まずに言いたいこと言ってくる。容赦ない。
・みんなすぐ心乱れがち。良くも悪くも情緒豊か。
・「武士や仇敵でも、若宮を見たらほほえまずにはいられない」。すご。可愛いのステータスマックスじゃん。みんなカワイイに貫かれてる。
・いや、全てのステータスが高いのか。そしてそれを「少々気味悪いほどだった」と言ってくれる語り手信頼できるわー笑
・あー、よくない!帝、前の奥さんと似た顔の人を選んで、なんか色々危ない。光君も懐いちゃって複雑。

【箒木】

・長いこと恋愛について語ってる。いまも昔も恋愛話は盛り上がるよねえ。
・伊予介の妻を寝とる場面の光君が豪胆すぎる。自分が最高の男だと(そして事実その通りなのだけど)すべてわかった上でやりたいようにやってる。強い。
・終わり方めっちゃいいな。少君かわいい。てか「きみだけでも、私に冷たくしないでおくれ」って光君もかわいい。そばでふたりして寝るのかわいい。間違いなく萌えシーン。紫式部これを書きたいがために【箒木】書いた説。

【空蝉】

・「ーーと、こういうところが、感心できない軽率さと言いましょうか……。」ほんとそれ。
・草子地来た!赤ペン先生(『みんなで読む源氏物語』)でやったとこだ!作者の声が混じってきた!いまでいうメタ的な視点ってやつだ!好き!!
・終わり方切ねえ〜。

【夕顔】

・夕顔のことを尋ねられた惟光の独白が「ああ、いつもの厄介な癖がはじまってしまった」なのは笑う。その癖があったればこそ光君なんだけどね。
・「この家の女房たちも、不安ではあったが、光君の気持ちがいい加減なものではないことだけはわかるので、だれとも知れないこの男を信頼しきっているのである。(P.141)」ええ……ダメだろどこの誰かわかんない男と……。
・【夕顔】おもろ!怪異譚!

【若紫】

・若紫登場。光源氏がロリコンと言われる所以。トリガー。デウス・エクス・ワカムラサキ。
・大事なことを伝え合うとき、歌でやり取りするの、ちょっと大喜利感ある。そう考えるとなんか楽しそう。
・この時代の人だっていまと変わらず、周りの人から尊敬されたいしセンスあると思われたいんだろうねえ。
・基本的にあきらめ悪いよね、光君。

【末摘花】

・光君「私はそんな移り気な人間ではない」どの口が言うか。



《【紅葉賀】~【明石】の感想です》

あっちこっちで逢瀬を交わし、怖いもの無し絶好調の光君。女性たちの感情は生々しく、しかし優雅に描かれており、その人間描写が味わい深いです。
大切な人との別れがあったり、咎めによって須磨へ雲隠れしたり、波乱万丈な巻で、中盤は特に悲壮感に満ちていました。でも逃げ込んだ先でも女性と関係持ってるし、なんか段々と「そうでなくっちゃ!」って気分になってくるから不思議。
登場人物はさらに増え、各々の人物に厚みが増しています。登場するどの女性もそれぞれに個性が光っており、ただ話の都合で配置した記号的役割になっていないので、すべてのシーンにおいて深みのある読書体験ができました。光君が女性を振り回してるようにも見えますが、おそらく逆もまた然りで、女性たちも駆け引きによって光君を振り回している。その男女間、そして人物間での違いは読んでいて本当に面白い。
そして相変わらず角田光代の訳は流暢で読みやすいなあ~。


【紅葉賀】

・頭中将の説明が「光君と立ち並ぶと、桜の花の隣に立つ名もなき木のようである」は笑う。
・光君の読み方がたまに"ひかるきみ"じゃなくて"ひかるくん"に見えることがあって、フフッてなる。
・こきでん女御がやっぱりつおい。
・「光君の人形に同じように着飾らせ(P.18)」本人の人形が作られてるの!?
・うつ伏せになってふさぎ込む姫君かわいい。
典侍ないしのすけ周り乱れとるなあ。

【花宴】

・草子地好き。もっとやって。
・この顔も名前もよく知らないのに……って文化(文化と言っていいのかわからないけど)、やっぱりいまの感覚からするとお互い豪胆というか何というか、すごい。
・おお、変なところで終わるなこの話。語り切らないことに趣があるということでせうか。

【葵】

・暦の博士?タイムキーパーみたいな職の方ですか?
・めのわらわって声に出したくなる、めのわらわ。
・コメディリリーフとして作者に愛される典侍ないしのすけ
・光君色んな女性と仲を持ったせいで、ちょっと変わったことが起きないかと退屈してるように見える。
・あー、葵の上……。
・頭中将いいやつ……でもないしのすけのことネタにすんのはどうかと思う……。
・あ、ていうか頭中将からすれば葵の上は妹なのか、なるほど。
・悲しみと喪失感につつまれてるな『葵』。
・そんな中でもしれっと紫の上との結婚ついて事を運ぶ光君。あんたほんとにすごいな。

【賢木】

・登場人物系図が複雑になってきました。
・「光君は、それほど深く思っていない時でも、恋のためにはいくらでも言葉巧みに書き綴ることのできる男である(P.130)」ははは、わかってんじゃん。
・光君をクズだとは思わないけど、今でいうところのクズ男の才能はあると思う。
・面倒な恋に惹かれがちなのは、光君の癖だし、なんだかんだそういうのが好きなんだろうな。
・の割に気移りが激しいし、すぐ出家したがるのよくない。よくないわ〜。
・頭中将は大事だな。作劇的にも。

【花散里】

・光君の逢瀬を交わした女性のことを中々忘れないのが段々と美徳に思えてきた。
・って短!短いなこの話。

【須磨】

・てか朧月夜おぼろづきよとか花散里はなちるさととかネーミングセンスがいちいち良い。厨二心にも刺さるぜ。
・四季の変化を桜の花が散っていく様子で綴っていたり、月の満ち欠けで想像させたり、こういう部分に風情を感じますね。
・入道出てきてようやく話が愉快な方向に転がり始めたような。【葵】あたりから悲壮感強かったもんな。
・島流し&雲隠れ&観光をする回ですね、これは。
・やっぱり頭中将は大事。

【明石】

・物の怪のたぐいはたまに出てくるけど、海で嵐に遭っても簡単に晴れたりしないあたり、作者が"奇跡"には頼ってないんだなと感じる。
・紫式部って明石の浦とか住吉神社まで行ったことあるのかな。それとも伝聞とかでここら辺は描かれたことなのかな。気になる。
・「入道は、それからも数えきれないくらいの多くを光君に語り尽くしたのだけれど、ここに記してもうるさいだけでしょう(P.272)」よくわかっていらっしゃる。心遣いありがとう式部。
・つかここら辺の省略の塩梅って初の長編小説なのになんで出来ちゃうんだろ。
・ってまた詠んだ歌を省略してる笑
・身をば思はず。




《【澪標】~【少女】の感想です》

1巻、2巻に比べると光君の行動はやや落ち着き、年齢もアラサーに。年相応の振る舞いが求められている立場もあるだろうし、これまで出会ってきた数多くの女性との繋がりを絶やさないように動きまわるため、以前にくらべて「女遊び」をしてる感はない。けど、正直ここら辺から私はグッと『源氏物語』が好きになってきていて、光君の人柄がより複雑に、ありていに言えば”人間くさく”なってきていてとても好いなあと思う。それに呼応するかのように院内の人物図も変化し、光君の美しさや威光だけではどうしようもない事柄が増えてきた。象徴的なのは【朝顔】のエピソードで、彼になかなかなびかない女性が登場したり、【薄雲】や【玉鬘】では光君とは別軸で話が進み、物語全体に厚みが出ている。
これまでの物語が桃源郷やエデンの園におけるしあわせで守られた暮らしについての話だったとするならば、【澪標】あたりからの流れはそこから一歩踏み出し、どうしようも無い数々の出来事に対面する物語。そんな印象だ。相変わらず「無常感」というものは作品の根底に流れるテーマとして(というよりも作者の観念?)あるように思うけど、そうした「ままならなさ」自体を小説の形に昇華している話が増えてきている気がする。
千年前の景色が”視える”とき、「作品と自分自身が繋がった」と思えて言いようのない気持ちになるのだけど、ここら辺の話にはそんな瞬間が多くあった。それって『源氏物語』の、そして読書という行為の、一番しあわせな瞬間なんじゃないかな。


【澪標】

・予言では天下を統治するはずだったけど、思うようにいかず、色々あって結果的には最高の位を獲得。あー、なんとなく『ドラクエ5』を思い出した。『ドラクエ5』は源氏物語を参考にして作られた説。
・イカ(50日)の祝い……🦑
・政務とか院内の役職が変化したこととか、そういう話が多め。ちょっと政治小説っぽい帖かも。

【蓬生】

・「もともとあれていた常陸宮邸であるが、いよいよ狐も棲み着いて(P.53)」狐が棲み着いたら嬉しいやろがい!
・末摘花ふびんだなー、光君さいてー、と思いながら読んでたのだけど、何故かすごく好きな話だった。季節が移ろい、人の心も移り変わる中、ひたすらに光君のことを待ち続ける末摘花。わびさびと共に、矜持みたいなものを感じる。

【関屋】

・秋の情景が美しい。って短!すぐ終わった。
・てか空蝉うつせみも尼になっちゃったよ。他に選択肢ないの?

【絵合】

・頭中将の娘である方のこきでん女御のことはファンの間ではどう区別して読んでるのかしら。便宜的に大こきでん、小こきでんとでも呼び分けようか。
・持ち寄った絵を見せ合っての評論対決。なんかすごい優雅な遊び。自分も混ざりたい。
・っていうか流行の遊びだったのね絵合。アートブームだ。

【松風】

・明石の姫君のことめちゃめちゃ褒めるじゃん。そんなに美しいのか。
・光君「不思議だよ、なぜこんなにも気苦労が絶えない身の上なのか……(P.132)」自分で蒔いた種なのでは。
・やっぱ省略がうまいよね紫式部。
・んん? 明石の姫君のことを紫の上に任せるの?なんかいまの感覚からすると大胆というか図太いというか……。まあお互いそれでいいならいいけど。
・母の身分で格が決まるから、姫君のためにはその方がいいという考え方なのか……。なるほど世知辛いなあ。

【薄雲】

・「入り日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがへる」←なんか心に残った和歌。
・「年齢的におかしくない方々が寿命を迎えたのですから(P.168)」37歳で亡くなるっていまの感覚からすると早すぎるよ。
・頭中将最近出番ないな。家庭を持つと遊ぶ機会も減るか。
・個人的には冷泉帝の心境にもっとフォーカスしてほしかったな【薄雲】。

【朝顔】

・「(光君の)その名残を、女房たちはいつものように大げさなくらい褒めそやす(P.188)」ちょっと辛辣で笑う。
・「まあ、こうした歌というものは、その人の身分や書きようによってよく思える時もあれば、その当時は難がないように見えても、もっともらしく語り伝えていくうちに、そのままを伝えているのかどうかわからなくなり、それをうまく書き繕おうとして、いい加減なことも増えたのかもしれません(P.190)」大笑い。そんな的確に言わなくても笑。やっぱり好きだわ紫式部の草子地。
・ないしのすけ久しぶりの登場。
・この話も好きだなー。光君になびかない朝顔が新鮮だし、彼がこれまで出会った数々の女性について想いを馳せていて。

【少女】

・おお……登場人物系図さらに複雑になったな。
・勉強会の回。
・若君の恋愛模様が中心に。
・やあやあ、大こきでんの登場だ。
・村下孝蔵の曲に『少女』ってタイトルの歌があったなそういえば(唐突に関係のない話)。
・最後に書かれる4つの町の景色がすっごい壮麗。



以上。ここまで読んでくださった物好きな方ありがとうございます。
いまんとこ好きな姫君は夕顔、好きな帖は【朝顔】かなー。




追記

たけうちさんが記事を書いてくださいました。

『源氏物語』の愛読者であるたけうちさんが、私の書いたこの奇怪な文章ひとつひとつに丁寧な解説コメントを付けて記事を作成してくださいました。どのコメントも源氏初心者の私にとっては発見の多いものばかり。この怪文書の解像度をあげる記事ともなっているので、ぜひご覧ください。こういうとき、作中で使われた和歌でも引用してお返事できたらかっこいいんですが、何も思い浮かびません。いつかそんな風にできたらなあと思います。でもこんな風に『源氏物語』についてやり取りできたので、この記事を書いた甲斐がありました。すばらしい返歌記事をありがとうございました!





なお、続きはこちらです。


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