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『パスト ライブス/再会』

三人という最小限度の人数でお話を進め、上映時間は106分という短さ。しかしショットや視線から濃厚に登場人物たちの心情を描き、情景の美しさを心に焼き付ける。そんな切なくもロマンティックな「縁」の映画『パストライブス』。

時間や場所が大きく変化していく映画なのですが、話の運び方が丁寧なので、後半に進むにつれ段々とエモーショナルな気分になっていきました。特に音楽とショットがそういうエモさに拍車をかけています。電車の中で柱を持つシーン、再会してハグするシーン、観覧車の前で見つめ合うシーン、いろんな場面がノラとヘソンの微妙に異なっている感情を上手く表わしており、それらショットが映画の結末そのものを予感させてもいて、上手いなあと感じます。

映画って最初のシーンと最後のシーンが良ければ少なくとも印象の面では確実に「いいもん観たな~」となるものですが、その意味で『パストライブス』は完璧。私はオープニングで一気に心をつかまれ、ラストショットで胸が締め付けられました。

オープニング。深夜のバーで歓談をしている三人の男女。アジア人の男性と白人男性のあいだに挟まれて、アジア人の女性が座っている。向かいの席に座っている”私たち観客”は彼らの関係性がどのようなものなのかを想像しながら、画面を見つめます。やがて真ん中の女性は「こちらがわ」に視線を向け、私たちを見つめ返す。
なんとも引きの強いオープニングです。彼女の視線はまるで「あなたはどう思う?」と語りかけてくるようでもあり、ミステリアスな雰囲気を残しながら時間は過去へとさかのぼってゆくのです。

舞台は24年前の韓国へ。そしてそれから12年後へ。やがて三人がいる「現在」のバーのシーンへ戻るという構成。見ていて何となく、時間の跳躍の仕方や、近づいたり離れたりする男女の模様が『ビフォア』三部作と似てるように感じたり、過ぎ去った過去をずっと引きずっている登場人物からは『秒速5センチメートル』を思い出したりもしました。映画内の台詞で『エターナル・サンシャイン』のタイトルが出てきましたし、過去の名作恋愛映画から色々インスパイアされてるんだろうなと思います。

とはいえこの映画は「ニューヨークに移住してきたアジア人」という主人公の属性や、作家業をしているユダヤ系の旦那さん、韓国における”男らしさ”と”平凡さ”を持ち合わせているヘソンの人物像などが独自性を放っており、凡百の恋愛映画とは一線を画す出来となっています(というか私この映画のこと恋愛映画だとは思ってないのですが)。
きっとそれは最後の舞台がニューヨークであることも関係しているのでしょう。
登場人物たちの親密さは「視線」や「言葉」などで表現され、同時に視線や言葉から「隔たり」も表現されています。夕日に照らされた都市と、その光をあびて金色にキラキラと輝く表情、覆いかぶさるようにかかるエモーショナルな音楽。それらすべては時間や空間の隔たりを強調し、ふたりの「遠さ」を表していました。

言葉を、身体的接触を、過ごした時間の長さを、すべてを超えて誰かと親密になる瞬間があり、何らかの関りを持つことがある。この映画ではそのことを「縁」イニョンという言葉で説明しています。つまり前世や来世における縁がいまに繋がっているという考え方。
見つめ合うふたりと最後に交わしたハグ。ラストの一連のシークエンスが心に残るのは、あのシーンがノラの人生そのものを表しており、最後に「いま」を受け入れたことを意味しているからでしょう。
『パストライブス』(=前世)。
いまこの時に「収束した可能性」を抱きしめて生きることで、固定された過去と、不確定な未来から、自由になる。あのラストシーンから私はそんなことを読み取りました。
それはとても幸せで、とても悲しいこと。であると同時に、観客である私たちにとっても「自由さ」を与えてくれる考え方だと思います。
そのことを、ゆらぎのある"あなたの人生"を、優しく肯定する映画。それが『パストライブス』なのです。



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