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はじめて読む『源氏物語 中』角田光代訳

角田光代訳の『源氏物語』中巻です。ちょっと時間がかかりましたが読み終わりました。
前半は夕顔の娘である玉鬘たまかずらが話の中心となり、彼女の魅力に引き寄せられた男性たちが「オレが一番彼女にふさわしいんだ」と言い寄ってきます。親代わりとして玉鬘のことを引き取った光君もちゃっかりその輪の中に入っているのですが、玉鬘はまったくなびきません。はっきり言って中巻は光君のかっこ悪い場面が多いです。いや、上巻は上巻で別にかっこいいと思いながら読んだわけではないのですが、光君を嫌がってる玉鬘の様子と、それでもしつこく関係を持とうとする姿が情けないやらみっともないやら。彼女が別の人と結ばれた後も未練たらたらだったし、上巻の威光が嘘のよう。でもそのせいか、これまでよりも光君が、より輪郭を持った"人間らしい"存在になった気もします。

あと、中盤の【若菜】あたりで登場人物が自分の把握できるキャパを超え、それぞれの血の繋がりなんかもよくわからなくなったので(さらに呼び名も役職に合わせて変わり誰が誰だか……)、関連書籍の助けを借りながら読んでいきました。そのため上巻よりも少々時間がかかりましたが、『愛する源氏物語』からは和歌の読み解きを、『ミライの源氏物語』からは現代の価値観に照らし合わせた読み解きを、『週刊光源氏』からはキャッチ―な文章による全体像の復習をすることができ、より立体感を持って物語を眺められるようになったような。

この巻では、絶大な権力を手にした光君の「暮らし」「老い」についてが描かれ、紫の上や柏木かしわぎや夕霧など、それ以外の人物にも焦点を当て、四季の移ろいによって時間の流れを感じさせ、徐々に世代交代していく様を魅せていきます。いまの言葉でいえば、「エンタメ度」においては上巻の方がよっぽどはっちゃけている場面が多いので分があると思います。けど中巻は(もう少し適切に言えば【朝顔】あたりからは)、文学的な側面が強まり、人の心の機微がより繊細に、ときに意地汚さや弱々しさをさらけ出しながら描かれていたように思います。

この『源氏物語』という小説は、誰が翻訳したかによって少しずつ印象が変わってきます。しかし同時に、作品の芯となる部分には、ちょっと翻訳が違う程度ではそう簡単にはブレないものがあり、だからこそ、これほど長い年月愛されてきたのだと、そんな風に思います。

次巻からは光君が亡くなったあとの話が語られることとなりますが、よく考えると光君が死去しても物語が続くってすごいよなあと。主役級の人物が亡くなったあとも続く物語って、この時代他にもあったのかな。そしてそれはつまり、「光源氏」は『源氏物語』の中心人物ではあるけれど、彼の人生が物語の「主役」ではないことを意味しているわけで、じゃあこの物語が描こうとしたことは何だったのかと、そんな疑問が浮かび上がってきます。それについては下巻を読めばわかるのかな?

さて、以上が中巻を読んでの感想です。
ここからは前回に引き続き、読書中に思ったこと、感じたことを適当にメモした例のやつを掲載します。源氏物語好きには優しい方が多いのか、思った以上にあたたかい反応をもらえたので、調子に乗ってまたやります。なので基本的には読み飛ばし推奨

なお、前回の記事はこちら。


【玉鬘】

・亡き夕顔の形見である姫君登場。
・光君はかつてひと時でも愛した女性たちのことをなかなか忘れないよね。えらいなあと思いつつ、嫌な言い方をすれば執着心も強いんだなあと感じる。
・おお、運命的な流れ。これまでになく物語的というか、映画的な帖。

【初音】

・花散里とは夫婦というよりきょうだいみたいな間柄になったのね。
・華やかー。英華の極みって感じ。光君もうやりたいことやったんじゃない? 理想のハーレムを築けたわけだし。

【胡蝶】

・ふと思ったんだけど、54帖を人気順で並べたらどんな順番になるんだろ。たぶん国によって結果は変わってくるだろうから国別でどうなるのかも知りたい。
・おいおい、親として引き取ったのに玉鬘にまで手出すつもりか光君。
・「……まったくなんとまあ、差し出がましい親心なのでしょう(P.75)」代弁してくれてサンキュー式部。

【蛍】

・玉鬘は大喜利強い気がする。
・物語論を展開する光君。ここかなり重要な部分っぽい気が。作者である紫式部の物語に対する考え方のようでもあるし、源氏物語そのものを揶揄している言葉のようにも聞こえるし。
・台詞で「異国の物語は~」と言ってるけど、この時代に輸入された外国の物語って何を指してるんだろ。
・だんだん草子地のツッコミが激しくなってきた。ちびまる子ちゃんのキートン山田ばりに。

【常夏】

・近江の君登場。すごろく好きなおてんば少女といった感じ。会話の中にすごろくの例え入れてくるの面白すぎる。明るいし友達多そう。いまの作品ならパンとか加えて「遅刻遅刻遅刻〜〜」とか言ってそう。

【篝火】

・3ページくらいで終わるいままで一番短い帖。紫式部はなんでこの話をひとつの帖としたんだろう。そこまで重要なことが起こるわけでもないし。

【野分】

・あー、紫の上のこと好きになっちゃったよ夕霧。父ちゃんと同じ道をたどらないか心配。
・玉鬘に執心してるときの光君みっともないなあ。

【行幸】

・内大臣と光君が久々に歓談。で、ようやく娘である玉鬘のことを知る内大臣。良かった、のかな?
・近江の君にはしあわせになってほしい、ていうかもっと出番増やして式部。

【藤袴】

・玉鬘モテモテだなあ。変なストーカーとかつかないといいけど。あ、光君がそうか。

【真木柱】

「などてかくはひあひがたき紫を心に深く思ひそめけむ」←なんでメモしたのか覚えてない和歌。
・あー、こういう結末になるんだ……(あさきゆめみしの内容忘れてる人)。
・オチとして登場する近江の君。

【梅枝】

・『文字禍』で円城塔が「二条院」を「ニジョーイン」と訳していたのが印象に残ってる帖。ニジョーイン。
・すっごい華やかな場面だらけ。香木ってつまり香水みたいなもんのことかな?
・首をかしげて頭に「?」マークを浮かべた夕霧が可愛い。そしてここで終わるんだこの話。

【藤裏葉】

・登場人物の役職が変わるとそれまでの呼び名から、また別の呼び名に変わるから結構混乱する。内大臣とか頭中将とうのちゅうじょうとか宰相さいしょうとか正直わけわかんなくなる。
・光君40歳に。気づけばアラフォー。そしてなんだかすごく高位の位を授与される。雅ですなあ。



《『ミライの源氏物語』の感想です》

ここでいったん一休みして、山崎ナオコーラさんの書いた『ミライの源氏物語』を読んでみる。源氏物語を「ルッキズム」「ロリコン」「マザコン」「ホモソーシャル」「貧困問題」といった現代的な問題意識に照らし合わせて読んでみる、というコンセプトが面白い。
んで、この本を読んでいたら、なんで玉鬘に言い寄る光君が以前よりもかっこ悪く、しかもやたらといやらしく感じたかが、なんとなくわかった気がした。それは光君がしつこいからでも、娘として引き取ったという関係性のせいでもなく、玉鬘がここにしか居場所がないことを光君がわかっていて、それを利用するかたちで関係を迫ろうとする”対等ではない状態”だからなのだと思う。幼い紫の上を引き取り、初めて関係を持とうとしたときの嫌悪感もたぶんそれと同様のものだろう。玉鬘十帖はそういう人間としての光君の弱さとかかっこ悪さが露呈している話だった。その上で光君の思い通りにならないところ、主役である光君のそんな情けない姿をあえて見せる点にこそ、この物語の素晴らしさーー"強度"があるのだとも思うけど。


【若菜 上】

・「前斎院(朝顔)にも、今も忘れられずにお手紙をおくっていらっしゃるとか(P.278)」振られたのにまだ諦めてめてなかったんかい朝顔のこと。
・光君の誕生日にサプライズパーティー。
・んで、ようやく女三の宮登場。
・というか何故このタイミングで朧月夜に会いに行くんだ光君……。
・紫の上の株が上がる一方。

【若菜 下】

・猫を可愛がる人たち。1000年前から猫は可愛い。
みかどいきなり退位した。バイトじゃあるまいしそんな簡単にやめられるもんなのか。
・紫の上も出家したがってる。なんでみんなそんなに出家したいん?
・近江ちゃん追加情報:相変わらずすごろくに夢中な模様。てか良い目を出したくて人の名前で願掛けするのが可愛いやら笑えるやら。
・登場人物すごく多いな。ハンターハンターの暗黒大陸編ばり。
・てかまた六条御息所出てきた。ずっと付きまとってくる。すごい。なんかだんだん好きになってきた。いや、というかもしかして、そもそも私は夕顔に惹かれたんじゃなくて、物の怪として出てきた六条御息所に惹かれていたのかもしれない。
・おーおー、光君、姫宮と督の君のことを知ってずいぶん動揺しておられる。むかし自分がしょっちゅうやってたことなんだけどね。



《『週刊光源氏』の感想です》

【若菜】あたりでちょっと話とか人物相関図がややこしくなってきたので源氏物語の関連書籍『週刊光源氏』を読むことにする。本書は「女性週刊誌風に『源氏物語』の話を翻訳して紹介する」というコンセプトで作られたムック本。
こういう遊び心のある関連書籍はいいですね。『源氏物語』がより身近なものに感じられるので。作中で登場したお菓子や草餅など食べ物に関するコラムがあったり、玉鬘が光君をどう思ってるのかについてのコメントが掲載されていておもしろい。「ゴシップネタを扱う週刊誌」という体裁の本なので、第三者にインタビューしている場面が多々あり、惟光高僧など、作中に登場した名脇役にスポットが当てられてるのも地味に嬉しいな。また、基本的には光君に対して辛口です。ページによっては結構けちょんけちょんに貶してます。まあねえ、光君自分のことは棚に上げた言動が多いもんなあ。個人的には六条御息所にスポットを当てた記事に力が入ってるのには花丸をあげたいですね。最近六条御息所好きなので。物の怪可愛い姫君。

【柏木】

・督の君……。桐壺や葵の上が無くなったとき並に皆さま嘆き悲しんでおられます。
・赤ん坊の「はいはい」って原文だとなんて書かれてるのかと思って調べたら「ゐざり」っていうのか。ふーん。

【横笛】

・しかしよくまあ、こんな展開を思いついて実際書いたもんだなあと思う。書き始めた時点でどこまで紫式部の中には構想があって、どこまで忠実に書かれたのか、あるいは構想から変更した部分はどこなのか、気になる。

【鈴虫】

・無常観について色々書かれてます。
・つうか死霊とか物の怪とか最近よく出てくるな! 面と向かっては言いたいことも言えない世の中なんですかねえ。

【夕霧】

陀羅尼だらにってなに。こわい。
・夕霧くん、いきなりめちゃくちゃしゃべるやん。
・なんか久しぶりにわちゃわちゃした帖だなここ。
・『愛する源氏物語』には和歌の意味が詳しく書かれているから、余計に夕霧くんがやばい奴に見えてしまう。
・つうかしっかり拒否られてるのに、「やや脈ありかな?」って勘ちがいするの笑う。姫宮からしたら「早よ帰れ」ってだけだろうし。
・「あまりにも薄情なお心をはっきりと拝見しましたので、かえって気が楽になり、ますます一途にあなたを思ってしまいそうです(P.531-532)」おいおい……。
・恋愛下手な夕霧くんが遅くに恋の炎を燃え上がらせ、色んな人が振り回される帖でした。どうしても光君と比べて、「下手やな〜」と感じちゃう。てかよくいままで抑え込んでたな、なんかキャラ変したのかと思うくらい彼のヤバさが際立ってて異様だった。
・なんかぶん投げていきなり終わった! もう慣れたから別にいいけど。

【御法】

・みんなすぐ出家したがる……。出家出家って、そんな俗世が嫌ならお寺の子になっちゃいなさい!
・あー、紫の上がついに……。
・紫式部自身も出家したかったのかなもしかして。

【幻】

・いかに多かる
・ここまでゆっくり読んできたこともあって、この帖はこらえがたいものがあるな……。
・『狂い咲きサンダーロード』に出てくる暴走族の名前が魔墓呂死(まぼろし)でしたね(また唐突に関係のない話)。

【雲隠】


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というわけで中巻の徒然感想文でした。なんか読み返すと光君に対する文句が多い気がしますが、普通に楽しんでます。
俵万智さんの『愛する源氏物語』を読むと、作中に出てきた和歌がより詳しく解説されており、場面ごとの解像度が上がります。
特に六条御息所については「生霊の人」というくらいにしか捉えてなかったのですが、和歌の意味を知ることで、彼女の深い想いもわかり、印象が変わりました。【朝顔】における、光君と朝顔の和歌のやり取りについても、他者の意見を参考にしつつ、独自の、そして納得感のある結論に至っていてとても良い本です。つうか柏木は女三の宮に近づくために、側近の女房と先に関係を築いてたの!? ぜんぜんわかんなかった。しかも女三の宮はそのことを承知してるようだし。びっくり。
とりあえず次はいよいよ最終巻にあたる「下巻」です。さあ読むぞ。

ちなみこの巻で好きな姫君は近江の君です。すごろくにハマってる姿が忘れられない。彼女のスピンオフ希望。好きな、というか心に残った帖は【幻】。




追記

またもや、相互のたけうちさんがこの記事に対する感想を書いてくださいました。ありがたいありがたい……。

帖それぞれに対する丁寧な解説もそうですが、このスピードで書けるのは尋常ではありません。『源氏物語』を長い時間かけて愛読されてきた方だからこそ書ける文章です。私の奇怪な文章を読んでくださるもの好きな方にとって、回答編とも言える内容なので、ぜひご覧ください。作中で登場する姫君たちに対する愛情や慈しみが感じ取れて、そんなところがとても素敵な記事なので。今回もすばらしい返歌記事でした。ありがとうございます!大江ちゃんは推せますね。たっぷりボードゲームを買ってあげたくなりますね。




なお、続きはこちらです。


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