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江戸川乱歩作品に登場する好きな変態ベスト5

一応、小説のジャンルで言えば一番好きなのはSFなのですが、今年はあまり積極的に読んでなく、たまに気になる新刊が出ていれば手に取る程度。なんでかっていうとこの前記事にした『十二国記』シリーズばかり読んでいたっていうのと、もうひとつ江戸川乱歩にハマっていたというのがある。
江戸川乱歩。
これまでの人生でなぜか江戸川乱歩に触れたことが無く、『少年探偵団』も『孤島の鬼』もずーっとスルーして生きてきた。唯一読んだことがあったのは『屋根裏の散歩者』くらいで(確か何かのアンソロジーに収録されてたのを読んだ)自ら読もうと思ったことはなかったのでした。
でもSNSとは偉大なもの。相互になった方から影響を受けて読み始めたらどれもまあ面白く、他にも色んな方々からおすすめの短編・長編も含めて読んでいたら江戸川乱歩ばかり読む年になっていた。乱歩いいよ乱歩、読みやすくハッタリの効いた文体に、エンタメ性・文学性を兼ね備えた物語、そしてなんといっても登場人物たちに紛れ込んだ変態の多さ。乱歩初心者の私にとってはいずれも新しいおもちゃを見つけた楽しさがあり、キャッキャとはしゃぎながら読んでおりました。時にこうして自分の守備範囲のものしか触れてなかった状態で、その殻を破ってくれる出会いがあるのはSNSの長所ですね。
というわけでSFから離れてる私がここ最近積極的に読んでいたのが江戸川乱歩なのです。それほど傘籤にとって魅力のある作品ばかりだったんだというくらいに思ってもらえればそれで充分。んで、まだ読んでないものはたくさんあるけれど、いったん現時点での感想をまとめたくなったので、今回は内容紹介をしつつ、個人的な「好きな長編ベスト5」、「好きな短編&中編ベスト10」、「好きな変態ベスト5」を決めてみました。ちなみに物語の核心部分に触れている場合もあるのでネタバレが嫌な人は回れ右してください。
ではでは、江戸川乱歩の世界をご紹介~。


好きな長編ベスト5

1位『孤島の鬼』

江戸川乱歩といえば『孤島の鬼』、孤島の鬼といえば江戸川乱歩、というまあ江戸川乱歩の代表作なわけですが、予想をはるかに超えてぐちゃぐちゃのドロドロで「作者すげえ……」ってなりました。前半の密室殺人事件から一転、後半は孤島を舞台に猟奇的な事件を追いかける冒険小説になり、全編エンタメ性と活力に満ちていて楽しい。現代では難しいであろう描写や、昔ながらの文体も含め味があります。そしてこれはある人物の視点から見れば悲恋物の小説でもあり、その”激情”が強い鼓動となり読者の心も震わせます。乱歩入門に最適の一冊であり、大好きな作品。

2位『蜘蛛男』

体をバラバラにされ惨殺された女性の死体はそれぞれの部位が別々の場所に置かれ発見された。相次ぐ異様な殺人事件と、事件を追いかける畔柳くろやなぎ博士。怪人物”蜘蛛男”と”青髯”の正体とは。
物語のつかみから読者の心をグッと掴んできて、その後の畔柳博士を主軸とした事件を追う流れもテンポが良く楽しいです。乱歩本人が言ってるように通俗ものっぽい作品なので、キャラクター性の強い人物やケレンみのある展開が特徴。ちなみに、明智小五郎シリーズではあるけれど、ご本人が登場するのは話が2/3くらい進んでからだったりします。殺人を「芸術」とのたまう犯人に対して、余裕を見せながら、見せすぎて逃げられたりしながら明智くんが立ち向かう。てか明智くん遊びすぎ、もっとちゃんと犯人逮捕に貢献しようや。誇大妄想をほんとに実現しようとするヤバ目な思想を持った犯人像や、前半のグロ色の強さはちょっと人を選びそうですが、その分ハマれば一気呵成に読んじゃうはじけた作品です。

3位『幽霊塔』

原作は海外小説であり、黒岩涙香くろいわるいこうの翻訳小説を江戸川乱歩が登場人物を日本人に変えてリライトした作品。今年公開された宮﨑駿の『君たちはどう生きるか』でもモチーフのひとつとして使われており、影響力の強さがうかがえます。ドラマチックかつ子どもから大人まで楽しめるストーリーと、乱歩による読みやすく格式のある文体ですいすい楽しい気分で読めちゃいます。ジャンルは推理小説ですが探偵はあまり出番が無く、かといって主人公が何か解決するわけでもないので、読者も流されるまま筋を追うのが正解かと。場面場面のビジュアルが結構印象的で、幽霊塔での冒険だったり、美女が虎に襲われたり、池の中から首なしの死体が発見されたりディテールに原作と乱歩の良さが乗り、相乗効果を生んでいます。面白かった~。

4位『吸血鬼』

毒杯ロシアンルーレット、品川湾の空飛ぶ気球、火葬場の壮絶な心理描写、製氷室における「花氷」……。次々に場面を移しながら、しかしそれぞれの場面が強く印象に残るエンタメ性の高い作品。乱歩作品によく登場するモチーフが各所に配置されているのも楽しく「天井裏」や「椅子」といった要素以外にも、犯人の常軌を逸した人物像や、二転三転する最後の死闘など見所たっぷり。ある種の純粋さを持った犯人の執着は、人の心の複雑さを捉えてもいて、その最期はあまりに美しい。加害者側である犯人を「復讐鬼」としては終わらせない点と、被害者側である人物を必ずしも「善人」として描いていない点、そんな人物描写にこそ江戸川乱歩の真髄があるように思います。

5位『黒蜥蜴』

女怪盗・黒蜥蜴と名探偵・明智小五郎の戦いを描いた長編。トリックを使った頭脳戦と、黒蜥蜴の妖艶な人物像が魅力的。なんてったって一人称が「ボク」ですからね。美男美女を集めて監禁・処刑をし、その断末魔を楽しみながら剥製になった体を愛でていたり、明智くんと対になる高い能力と変態性を持ち合わせていたり、さらには好敵手でありながら、ほのかに愛情も見せるなど要素がてんこ盛りなキャラクター。なるほど三島由紀夫が戯曲化したのもわかる舞台映えしそうな作品です。作者のセルフオマージュもあり、エンタメ性抜群。そして最後……最後が胸に来る……。


好きな短編&中編ベスト10

1位『鏡地獄』

江戸川乱歩の変態性がよく現れてて最高。「鏡」に取り憑かれた男が、あの手この手で鏡を愛でる様を描いた濃い~短編です。読者の想像を軽く超える蠱惑的な世界が広がり、どんどんエスカレートしていく男の奇行が相まって酩酊した気分になることうけあい。美しさ、幻想性、恐ろしさ、乱歩作品の耽美性を象徴した内容であり引きずり込まれるように読みました。うーん、最高。いやでも語り手は付き合いが良すぎないか?

2位『人間椅子』

乱歩の短編では特に有名な作品。ある異常な性癖を持った男の、異常な行動が書簡体形式で語られ、ホラーみも強く読む側をぞくぞくさせる。怖さ、美しさ、歪んだ愛……乱歩先生の変態性が遺憾無く発揮されてる上、小説的な仕掛けも完璧。自分も作家に手紙を送るならこれくらいセンスあるものを書いてみたいわ〜。

3位『屋根裏の散歩者』

何事にも飽きっぽく、常々退屈を感じている主人公が見つけた刺激的な遊び「屋根裏の散歩」。犯罪の証拠がほぼ無く、動機が"思いつき"の場合、果たして謎は解けるのか?……という明智小五郎シリーズの短編。なんでも江戸川乱歩が造船所に勤めていたときに、社員寮の押し入れに隠れていた経験と、自宅の屋根裏に実際侵入した経験がもとになっているそう。犯罪嗜好癖のある犯人はやばい奴だけど、なぜか私はこの犯人が嫌いになれない。たぶん飽きっぽいところとか共感しちゃうんだと思う。

4位『パノラマ島綺譚』

人口楽園の幻想的な描写はまるで夢の中に迷い込んだかのよう。作者の類まれなる描写力が遺憾なく発揮された中編です。死んだ富豪と瓜二つの顔を持つ男が、富豪に成りすますという筋立で、パノラマ島の過剰なまでに美しい光景が脳に焼き付くようでした。明智くんいつ来んの~と思ってたら、最後似た名前の別人が出てきてびっくり。あんた誰やねん。

5位『石榴』

幾代前の先祖から培われた憎悪の血潮によって起きた「硫酸殺人事件」。人間の顔がグロテスクに損壊したその光景はまるではぜた石榴のようだった――。
10年前に起きた事件について担当した刑事がひとり語りする形式で話は進み、その凄惨な事件についての詳細と謎解きを解説していく。犯人の異常な精神性も感じられ、場面場面の残酷で美しい情景が非常に印象的でした。にしても最初に登場する美青年はなんなの?ただの変人アーティストだったということでいいんでしょうか。だとしたら野生の変態過ぎて最高なんですが。

6位『陰獣』

作者のセルフパロディ満載な中短編となっており、ある程度乱歩作品に親しんできた人ならフルコースのような味わいがある。勿論これ単体でも面白く、艶かしい文体と、淫靡な展開に酔えます。一人称なのでどこまでが真実かわからず、最期の迷宮に迷い込む感覚が素敵過ぎた。幻想文学作家でもある作者の持ち味が出ており、日本語の美しさも相まって抜群の陶酔感を覚えることでしょう。

7位『赤い部屋』

赤い部屋に集められた7人のうち1人が、かつて手を染めた犯罪について語り出す……。まるでわんこそばでも食べてるかのようにぽんぽん殺人の手口が語られていき、さながら大量殺人RTAと行ったところ。男の軽妙な語り口に耳を傾けることで"退屈"から解放される眩惑的な短編です。乱歩の初期作であり、後の作品に繋がるエッセンスが所々に見受けられるのも良い。それにしても描写が巧みですなあ。

8位『蟲』

うおぉ……と声に出してしまうほどクレイジーな作品。厭世的な主人公が初恋の相手である女優と再会して……という話なのだが、凄惨な描写や、思考の流れが極めて美しく、ぐいぐい読ませる魔力を持つ。蟲、蟲、蟲……終り方も含めてこれぞ正に退廃の美といったところ。

9位『一枚の切符』

江戸川乱歩の初期作品。とある夫人の、列車による轢死の謎を巡り二人の男が対話をする。短編だが中身は濃く、二つの異なる見解を語ることで"推理"というものの限界性を露わにしているように感じた。なんでも当時は出来が良すぎて海外の推理小説を翻訳したものだと疑われたのだとか。

10位『芋虫』

乱歩作品の中でも特にホラー色の強い短編。戦争で四肢も聴覚も声帯も失った夫と、その妻との"異常"で、二人にしかわからない"親密"な生活を描く。怖気が走るほど描写が生々しく、読み終わった今でも脳から離れない。同時に怖さを超えた愛を垣間見る。


好きな変態ベスト5

お待たせしました。お待たせし過ぎたかもしれません。いよいよ好きな変態ベスト5の発表に移らせていただきます。といっても私が「個人的に好きなタイプの変態」なので、単純に酒池肉林だとか快楽殺人みたいな方面のランキングにはなっていません。変態ってのはね、誰にもじゃまされず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……。

1位『鏡地獄』より「彼」

「彼」は幼い頃からレンズや鏡に異常な愛着を持っていた。日々、鏡を使って色々な仕掛けを作り、「私」を驚かせる。彼の嗜好は徐々にエスカレートしていき庭に実験室を作り、大学へも行かず籠もるようになる……。ある日私が彼の実験室に赴くと内部から笑い声が響いている大きなガラスの玉が転がっていた――。
偏執的な愛を持ってしまったがゆえに悪魔の世界をのぞき見、ついには自身を亡ぼすに至った男の末路を描いた物語。「私」の一人称で語られるため「彼」は苦しみ、恐怖した”不幸な人間”として語られていますが、身を亡ぼすほどの愛に溺れた「彼」は、もしかしたらひたすらに幸福だったんじゃ無いかと、そんな気がしてなりません。

2位『孤島の鬼』より諸戸丈五郎

全人類に対して復讐するという誇大妄想が素敵。主人公と行動を共にする諸戸道雄のお父ちゃんで、色々不幸な人生をたどった人です。自分ではどうしようもない障害や容姿を否定された末、「鬼」と化した彼は「不具者製造」というとんでもない考えを持つに至り全人類改造計画じゃあ、とばかりにハチャメチャな計画を実行に移します。こういう自身が見たい世界を実現化するために行動する「世界現出型」の悪役は好きですねー。

3位『パノラマ島綺譚』より人見廣介

自分が夢想する理想郷を実際に現出させようとするためにあれこれ画策し、実際に作り出しちゃう胆力がすごい。あんた単なる変態じゃないよ、ものすごい変態だ。この人物も諸戸丈五郎と同じく、彼にとって「理想の世界」を持っており、これまでは「小説」という文章の中でのみその夢を果たしていた。そこに、自分と瓜二つの容姿を持つ知人が死んだという知らせが舞い込み、彼の薄暗い夢は実現の可能性を得る。夢と現実の境を無くし、退廃の美を求めたがゆえに死へと向かう彼の人生は、狂っていて美しい。

4位『明智小五郎』シリーズより明智小五郎

例えば『蜘蛛男』だったり、『黒蜥蜴』だったり、明智小五郎シリーズに登場する敵役はどいつもこいつも異常な思考と嗜好を持ったやつばかりで、絶対お近づきにはなりたくないなあと思うのですが、このシリーズを読んでいて感じたのはそういう人たちに対して果敢に、なんなら嬉々として迫っていく明智くんこそ一番変態なんじゃないのかな、ということでした。「脅迫状には慣れっこになってるのでほとんど無感覚」と言っちゃうくらい犯罪に対して感覚が麻痺しており、そこに謎があったら自分を(場合によっては周りの人も)危険にさらすことをいとわない行動指針。謎解き依存症の彼こそが最も変態であり、だからこそ彼は並の変態どもに負けることは無かったのでしょう。

5位『人間椅子』より「私」

おそらくこの短編を最後まで読んだ人からすれば、そんな変態じゃなくない?と思われるかもしれません。確かにこの手紙の主が行ったことは一種の悪ふざけだったわけで、婦人に直接危害が及んだわけではないのですが、その異常な妄想をあの長々とした手紙にしたため、実際に送りつけてるあたり相当だと私は思います。同時にこういう悪ふざけは「好きー」と感じてしまう方なのでここにランクインさせました。

次点『蜘蛛男』より蜘蛛男
49人の裸女を一同に集めまとめて殺し見世物にするというとんでもない誇大妄想を粛々と実行に移そうとした人。あと一歩のところで明智くんに止められたけど、思い描いたそのビジョンは大したもんだと思います。

番外『石榴』より赤池くん
顔中が硫酸塗れになって死んだ男を写生する美青年。写生しているところを警察に見つかったときの一言が「折角の感興を滅茶苦茶にしてしまった」と相手に食ってかかったり、かなり常人とは違うセンスの持ち主。なんじゃこいつ。

『盲獣』『黒蜥蜴』『人間豹』にも相当変態度の高い人たちが登場しますが、個人的にあまり好きな変態ではないんだよなあ。なんというか俗っぽい欲が感じられてしまって。他には『蟲』なんかだと悲しさの方が勝っちゃう。まあここら辺は好みですかね。結論としてはこれらの登場人物たちを生み出し、あらゆる異常な嗜好を書いてきた江戸川乱歩が一番変態ということでよろしいか。

というわけで、好きな作品ベストおよび、好きな変態ベスト5でした。書いててずいぶん長くなっちゃいましたがとりあえず一段落。江戸川乱歩の作品は耽美でおどろおどろしい作品もあれば、エンタメ性に富んだ娯楽大作もありで、恐いやら、笑えるやら、感動するやらで情緒が大忙しでした。はじめに言ったとおりまだまだ読んでない作品はあるし、あくまで個人的なランキングであることをお忘れなく。でも、もしあなたがすんごい変態が出てくる、とっても面白い小説をお探しならこのリストはきっと参考になるはず。ようこそ、江戸川乱歩の世界へ。


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