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『PERFECT DAYS』おだやかな日々を形作るもの

朝起きて、いつものルーティンをこなし、学校や職場に向かう。毎日毎日同じように一日は繰り返され、時間は流れていく。
しかし、昨日と今日は似ているようでまったく違く、同じように見える日でも常に変化は起きている。

昨日『PERFECT DAYS』という映画を観た。
おだやかな映画だ。主人公は東京で公共トイレの清掃をしている中年男性の平山。繰り返される何気ない日常、古いフィルムを彷彿とするフレームの狭さ、ドラマチックなことは起こらず、それを良しとする平山の人物像。役所広司が演じるこの男は非常に寡黙なため、発する台詞は極端に少なく、それもこの映画のおだやかさを印象付けている要因だろう。対して彼が乗る車から流れるカセットテープの音楽は何とも鮮やかに日々を彩っている。

毎日毎日丁寧に仕事をしながら、同じように見える日々を繰り返しこの映画は進んでいく。朝起きたら先ずはふとんを畳み、歯磨きをする。仕事に出かける前は必ず缶コーヒーを買い、同じ場所で清掃をして、いつもの公園でサンドイッチを食べる。仕事が終われば銭湯に向かい、東京浅草駅にある飲み屋街で夜ご飯を食べ、家に戻ってからは文庫本を読み進める。彼が夜中にみる夢は、その日に起こった出来事の美しかった記憶を反芻しているのかもしれない。

しかし、同じように見えても、同じように過ごしたいと思っていても、何かしら変化は訪れるものだ。突然姪っ子が訪ねてきたり、仕事でトラブルが発生したり、昨日と今日は近くて、とても遠い。その繰り返しの中で感じ取れるものは「美しさ」だ。彼の周りには彼にとっての美しいものが溢れている。どこの誰が置いていったか分からない紙に書かれた〇×ゲームの進捗を日々のささやかな喜びとし、木を背負い踊りのような動きをしているお爺さんを見かけてホッとしたり、週末に時間を見つけて行う写真の整理など。
それら通常の映画であれば物語内に組み込まれることすらない、ささやかなことこそが彼の日々を形作る大事な要素となっている

彼はこの安らかな日々を愛しているのだろう。と同時に、その日々を変える様々な変化を必ずしも”余計なもの”とは考えていないようだ。
彼がときおり見せる笑顔には、そんないくつもの感情が乗っており、主演の役所広司はナチュラルな演技でそれらを表現していた。

ただ、私にとってこの映画は少し美しすぎるように感じる部分もある。トイレ清掃における嫌な面はほとんど語られることはなく、社会的なテーマも排除されている。それはヴィム・ヴェンダースという監督の作家性でもあるのだろうが、その”守られた空間”における日々は少々浮世離れし過ぎているようにも見えた。まあその「綺麗な部分」のみを描こうとすることが本作の目的であったとするなら、この指摘自体がナンセンスなわけだが。

ラストの泣きそうになったり、すごく幸福そうだったりする表情の変化は解釈が分かれそうな点だが、印象に残った。きっと男は日々の安らかな生活を愛している反面、まったく同じ日などあり得ず、ゆっくりと、しかし確実に変化していくことも理解しているのだろう。そしてその変化それ自体も、彼にとっては大事なものなのではないだろうか。だからこそ、この映画が始まった最初の一日目とは違った風景にたどり着き、もはや数日前に見た光景を再び見ることは叶わないことに対する悲しみと、その上で新しい変化を受け入れ、心からの喜びともする。あのラストの表情には、そんな心境があったんじゃないかな、と思う。

繰り返しの中の変化を映した映画であるから、ストーリー性は乏しく、男の過去についても想像の余地を出ない。おそらくこの映画は、色んな経験をしてきた人こそより感動する、そんなタイプの作品なのだろう。折に触れて見返すことで、私の中で感動するポイントも変化し、より多くのものを受け取れるようになるだろうか。瞬間瞬間の中にこそ完璧で輝きに満ちた風景があり、そのことを忘れないようにしたいと、観終わってそんな風に感じる作品だった。

今朝、起きたら素敵なことがあった。
noteで相互となっているひろうすさんが愛らしい絵を描いてくださったのだ。

すばらしい……

同じく相互フォローさせて頂いているたけうちさん宅の猫さんたちと気持ちよさそうに寝ている安らかな顔。ふんわりと温かみのある色合いや、周りを囲っているプレゼント。二匹の猫さんたちの違いも丁寧に描かれており、見てると幸せな気分に包まれる。いつも見る人の心さえもやわらかくしてくれるような絵を描く方からの最高のプレゼントでした。ひろうすさん、ありがとうございます。すごくすごく嬉しかったです。

まったく同じ日なんてあり得ないけれど、そうして日々を積み重ねていくことによって幸せな出来事は起こりえる。いや、というか少し見方を変えるだけで、今日という日は私にとって”完璧な日”となるのだろう。
木漏れ日のように移り変わる瞬間瞬間の景色を捉え、大事にしていきたいな。
こんな素敵なことが起こるのだということを知ったから。


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