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傘と包帯 第八集

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詩を書いてもらいました。目次からどうぞ。
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目次

2019.12 029+1 ೫ Profile 序文・体温で蒸発する花びら / 早乙女まぶた 俺は谷川俊太郎じゃなかった / 脳死チャット ひとりごと / 白神つや 陶器 / ひのはらみめい 明転 / 昭架 正午 / 小林 追悼 / 珠子 夢みたいな夢とうつつに / 夢うつつ 黄金時代 / ねはん milk words / 水槽 ズブロッカ / 末埼鳩 缶コーヒー / ohuton ノーザー / 煩先生 白 / 象徴 光の中で

序文・体温で蒸発する花びら

ぼくたちは生まれつき、一日に24時間自分自身で在りたい、ただそれだけの願いを阻まれているようだ。 ヒステリーの母親、何もしない父親、暴力的で頭の足りない弟。食事は用意されず、キッチンに近づけば怒鳴られ、チャンネル権は与えられず、弟の不始末の責任はすべて転嫁され、風邪をひけば罵倒されるような家の中で、自分自身でいられるのは唯一自分の部屋だけだった。だからぼくはそこに閉じこもって、ほとんどの時間を寝て過ごした。学校にいても、街の中にいても、会社にいても、程度の差こそあれ、自分の

俺は谷川俊太郎じゃなかった / 脳死チャット

ある日目覚めると 俺は谷川俊太郎じゃなかった 教科書に詩が載るわけでもないし 詩集が何十年も売れ続けるわけでもなかった 年表に名前が載るわけでもなかった 俺は谷川俊太郎じゃなかった ネットで詩を書いて たまに雑誌に投稿して 狭い世界で評価されることが嬉しい チヤホヤされることが大好きな クソガキだった 詩なんか書いて何になるんだろう 詩人と名乗る人間は死人と同じだ シジン  空腹に負けるぐらいの肩書で 俺は谷川俊太郎じゃなかった 詩を書くことは 自己から遠ざかることだ

ひとりごと / 白神つや

せっけんの包装紙を 途中まで破いたところで それがなんだったのかが わからなくなる ふいに、 背後に背伸びした白昼の嘴が 僕の肩をついばんで、 細い骨骼をそっと盗んでゆく 神隠しみたいだった ――というのは、 ついこの前の話だったんだ 僕は何の気なしに座っていた なにがなんだか、わからなくて 頭が冴えていないよ 今 積み木ばらばらが降っている静観 とは言うものの、 君の無垢なひたむきの前では些細だ 無味だった部屋にひびが入った だから するどく貫こうと丸まる 僕らの言葉に添

陶器 / ひのはらみめい

つるりと光る陶器の肌は 冷たく 差し伸べた指先がいかに水気を孕んでいようとも 命の躍動も 鼓動の揺れも否定して それでもちいさくカタカタと震えていた これから起こることを予測しての震えだろうか? わたしがあなたになにをしようとしているか あなたの爪の先は触れてしまったのかもしれない なにものも掴まずなにものも通さないあなたのかたさに、 ふれてみなければわからない 小さなバスに乗せてもう二度と帰らない さようならという言葉ほどつめたい陶器はない 陶器でできた唇から陶器でで

明転 / 昭架

晴れやかな秋の朝 冷えたひとみをつれて、布団から湧きでる 蒸気の様なわたくし カーテンの代わりに、あたたかな日差しがゆれる ゆれる、ゆれる、ゆれ る おはよう。 かすれた我が声に経過を知る 魔の池に咲いたスイレンもほほえむ 昨晩、 ノートの内側で光るなけなしの白いページへ、 戦いに慣れて、無理に掻き立てた殺意を0.3ミリ芯のボールペンに込め、書いて、 書いて、書いて、そして消した さようなら青い身体よ、あの人にくれてやるのだ 目を瞑るかのように 全ては世界の内側へと

正午 / 小林

出発も、ましてや到着もしたことがないのだから、ぼくは迷子になったことがない。道に迷うことはなんとたやすいのだろう。ぼくは、ただ目の前の路地よりさらなる裏路地へと分け入ってゆけばよい。これは遡行か、でなければすえた悪臭を好む狂人か? 何にせよぼくが、順序通りにくたばることは明白だ。 あるいはぼくはこの街を去ろう。だが最寄り駅前交差点、前のシャッター街にてすでに舌先はひどく痙攣し始める。耳をふさげどもむしろ先の丸まった笑い声。ともすればぼくも笑い、笑えばやがてそこに呆気なくぶっ

追悼 / 珠子

硝子戸の向こうに写る影 偽りの今日を焼き払い 全て終わりにして 霞む記憶を手繰り 世界は私のものだと 私は私のものだと 言い聞かせてくれ 光も闇も全て 両手で抱き竦めるられる意識 ああ どうか祈ってはくれまいか 百合車の傍らで 青藍の海の淵で 世界が終わるその時を 私が終わるその時を 静かな夜は決別の朝に抱かれる 不確かな貴方 不確かな魂は 堕ちた夜に 溶けてしまうのよ 確かな記憶 確かな温度は 呪いのように 刻まれて 二度と忘れる

夢みたいな夢とうつつに / 夢うつつ

街の奥で誰かの絵画と葉っぱが一人歩きしている 後悔なんてすべて舟のうえに浮かべてしまって 反時計回りの水流にゆるやかに吸い込まれていく星といっしょに いやというほど涙を流したいな  死ぬのはいやだ  死ぬのはこわい 体が養分を吸収するその真逆のように 肌がわたしからピリピリと心地よい音を立てて剥がれてゆく 嫌いなものだけを食べて 残りで世界を作ろうとすると 最後は私が宇宙に拐われてしまいそうだった  死ぬのはいやだ  死ぬのはこわい 南極から飛び立ってオーロラになる子

黄金時代 / ねはん

「――天上の歌、人々の歩み。奴隷共、この世を呪ふまい。」アルチュール・ランボー 『朝』 関係性として過去の中で ひとりの生身だけを掴んでいた 寂しげな黄金の時代が 私にはあった それ以外の道も幾らでもあったのに だが私はそれを選ばなかった 擦り抜けていくのは 透明な液体か 選べなかったのだ 幾つになっても私は幼いままで 絶え間ない不信感の中で 微量の息が漏れ出す 朧月夜を落とす 「真鶴」を目指した女性の様に 憑いてくるものがあれど 不意に手放した言葉は 宙を舞うように零れ

milk words / 水槽

C12 過ごしやすい季節になった、と天気予報士は言った 僕じゃない誰かに 天気予報士は言った H22 破滅したくなる日曜日が 破滅したくなる月曜日が 破滅したくなる火曜日が 破滅したくなる水曜日が 破滅したくなる木曜日が 破滅したくなる金曜日が 破滅したくなる土曜日が 夏の白杖のように眩しくて 発語したきり くっきりと消えてゆける ぼくらの声が新雪のように在った O11 ぼくが言葉になったら 純白の書体で 純白のアネモネへ書き込まれ 夜中にあなたがねむるとき ぽつり、と

ズブロッカ / 末埼鳩

ズブロッカ飲みたいなあとか思う きみのちっちゃい冷蔵庫のさらにちっちゃい冷凍庫に突っ込んで バイソンのラベルに霜がつく 真夏に飲みきらず忘れていた甘い匂いの40度 とろとろが舌の上で気化してく ヘッドホンの轟音で耳を塞ぎ 悪い女と痛い女の境界線をふらふら歩く 私は一体何なんだ わざと鼻にかけた声で歌いながら 可愛いきみが黒いでっかいワニに食われるのを眺める ズブロッカ飲みたいなあとか思う 夏になると臭くなるきみの部屋でさ 清潔で整然とした肌寒い場所で思う 思うことは自由だろ だからきみも私にたらふく酒を飲ませたのちワニにでも食わしちまえばいい 思うことは自由 きみがどこにいても 私がここにいても 思うことは自由 思うことは自由

缶コーヒー / ohuton

さっきまで生きていた缶が金属の温度になる 僕は礼儀正しく夜を着て 外へ 挨拶に行く 冬はやけに過激派 鋭利な透明を振りかざす コンクリートが静寂と愛し合っている 出歯亀 街灯に発見される 娼婦の自動販売機は手招きする 彼女は大抵、死体と一緒にいる 僕は持っていた金属を穴に落とす 一瞬、中にいる金属の幽霊たちが「やあ」と言う 僕はそれを 聞く

ノーザー / 煩先生

鋳た妊性で 納竿を興して 虎児を弄し 離床に期した 集る破壊で 変人に適して 生起に面し 慢航で察した 煮た殷盛で 横貫を残して 路地を校し 嬉笑に利した 量る他界で 天神に僻して 明記に撰し 鑽孔で抹した