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英雄の魔剣 42

 アレクロスは、そのまま残った親友であり一番の部下でもある──幼い日からずっとだ──のセシリオに語りかけた。この第一の腹心に対しては、ここからの話こそが本番である。

「セシリオ、これから二通りの対策を立てておかなければならないな。グレイトリア姫が薬を完成させてくれた時と、そうではない時だ」

「そうではない時は、おそらくは無いかと存じます」
「姫がいた時にもそう言ったな」
「はい、社交辞令ではございません」
「そうだな、お前はこのように肝心要の部分で、余計な世辞を言ったりはしない」
 アレクロスはここで一息つく。セシリオは、そんな主君に常に変わらぬ平静な様子で言った。

「私には、グレイトリア令嬢ほどの薬学の知識はございません。私一人の判断ではないのです」
「そうであったか」
「はい、最初に出来た薬品が失敗作であると令嬢は言われますが、必ずしもそうとは考えておりません」

「しかしグレイトリア姫が言うには、麻薬と変わらぬ代物(しろもの)だと」
「それは常用させれば、ですね。どんな薬でも、使い方を誤ればそれは確かに毒と変わりがありません」

 アレクロスはそれを聞いて、思わず目を大きく見開いた。
「この場合は、常用が出来ねば意味がないぞ」

 その時、セシリオはゆっくりと首を横に振った。
 アレクロスは知っている。第一公爵家の人間は、言い難いことでも必要ならば告げるのである。
 あくまでも相手にとって必要か否かであって、自分の知恵を証明したいとか、ただ何か言いたいとか、そんな気持ちが先に立ってはならない。それがセシリオの家の家訓でもある。

 主君におのれを律することを望むならば、まず自らがおのれを律していなければならない、と。

「王子殿下、残念ながら、はっきりと申し上げねばなりません。常用しても毒性を持たぬ薬はこの世に存在しません。もしも作れたならまさに奇跡の技と言えますが、グレイトリア令嬢でも、キアロ家の誰でも無理でしょう」

 アレクロスは、まじまじと親友の顔を見つめた。そうして言われたことは、当然最初から考えて然るべきであった。グレイトリア姫は優秀だが人の子、女神のごとき奇跡が起こせようはずはない。

「しかし、グレイトリア姫はあのように言ってくれた。実際に出来た物を見てみねば、確かなことは分からないではないか」
「お待ちください。令嬢は嘘偽りは言わないでしょう。毒性を極力無くし、その上で極めて役に立つ薬を作れるはずです。しかし、それは毒性が全く無いことを意味しません」

「そうだな。それで結局お前は何が言いたい? 薬を取引に使うなと、そう言うのか」
「違います。隠さずに明かしても、《山の種族》は取引には応じるでしょう。ですが、後々に禍根(かこん)を残しかねません。何故かはお分かりとは思いますが」

「ああ、分かる。それでも取引はしなければ」
 アレクロスは言った。決断は速く、そこに迷いはなかった。

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