1-8 野間アピロスの邂逅
『野間ダイエー』……通称アピロスは、福岡市南区の小高い丘の上にある。
すぐ隣に、大池公園という感じのいい公園があることをのぞけば、ごく普通のショッピングセンターだ。
とうの昔に買収されて名前は変わっているが、みんないまだにアピロスという旧名称で呼んでいる。
公園と隣接しているせいか、のんびりした、味のあるスーパーだ。
正面入口から入ってすぐは、昭和のデパートの雰囲気を色濃く残したホールになっている。
「ここがアピロスだ。このへんの住人は、買物っていったらここが定番だな。デイリークィーンってレアなハンバーガー屋もあるから、あとで名物のソフトクリームでも……」
「……ハヤト。たぶんここ。感じるんだ」
「感じるって何をだ?」
そこへ、とうのマユ本人がひょっこり現れた。
「おにーちゃん」
「お。マユ! ちょうどよかった。探してたとこなんだ」
「あそぼうよ」
「え? ええとな、遊ぶのはいいんだが、その前に……」
ふと、マユの様子が少し変なことに気づいた。
なんというか……ちゃんと目が俺を見ていない。そして、俺の声が耳に入っていない……そんな違和感。
「マユね、ひとりぼっちなんだ」
「……え?」
「さびしいよ」
「…………」
やっぱりおかしい。こんなにはっきり寂しがるマユは初めて見る。
確かにマユは、孤独の影がつきまとっているような、寂しげな子ではあった。
でもそれを、快活な性格で覆い隠し、見せないようにしている……
少なくとも俺には、そんな、大人びた子に見えていた。
このマユは、何かがおかしい。
……幼すぎる。
「かくれんぼしよっ」
マユはくるっと背を向けると、あっという間に、アピロス一階の通路に消えた。
「マユ! ……なにがどうなってんだ……」
「……ハヤト……間に合わなかった」
「間に合わなかったって……何が?」
よく見ると、ナミは小刻みに震えている。
「マユは悪意だ」
「悪意って、鴻巣山でナミが言ってたやつか……?」
でも、今見たマユは、あのときのオッサンとは違っていた。
もっと、落ち着いているというか……
変な表現だけど、ザコっぽくない。
(さぁ、マユはかくれたよ。さがしてね……)
「!? なんだ!? マユの声が、頭に直接入ってきたぞ……!?」
「ダメだ……ハヤト……逃げよう」
「なんだって?」
「あんなに強力な悪意だったなんて……。あのマユと渡りあえるだけの『アリバの戦士』もまだ見つかっていない。……ボク自身も、アリバが使えない。こんなのじゃ戦いようがないよ」
ナミがそう言った瞬間、ガラガラと音を立て、アピロスの出入口にシャッターが下りた!
「!? 出口、ふさがりやがったぞ!」
(マユをみつけるまで、にげちゃダメだよ。ちゃーんと、みつけてね)
音声コードを脳に繋げられたみたいに、頭の中で声が響く。
マユの言葉から察するに、シャッターを閉じてアピロスから出られなくしたのは、マユ自身の仕業かっ!?
「悪意ってのがどうしてマユに!? それに、この妙な現象はなんだよっ。悪意って、超能力みたいなマネもできんのか!?」
「……………………」
ナミ自身にも、目の前の事象が完全には測りかねているような顔だ。
「くそ! ……てことは、鴻巣山のオッサンみたいにマユも凶暴化すんのか!?」
「……あの子はそれだけじゃ済まない。あの子は……悪意に選ばれた子なんだ」
「選ばれた?」
「悪意は誰でも覚醒する可能性がある。老若男女も関係ない。でもごくまれに、悪意が選ぶ『特別な人間』が居るんだ」
「まさか……それがマユなのか……?」
「……そんな人間は、ただ取り憑かれた人間よりもずっと強い、恐ろしいほどの力を手に入れる。そして、自分の心の闇に取り込まれてしまう」
人の心に……棲まう闇。
「……追いかけろって言ったり、逃げろって言ったり。どっちだよ」
俺はため息をついて苦笑した。
震えるナミを勇気づけようと、わざと能天気な声を出す。
本当は、俺自身のほうがビビってるのに。
アピロスの中がにわかにざわつき始めた。
店員に詰め寄る客。
ケータイをかけようと試みる客。
シャッターを持ち上げようとする客。
非常口を探す客。
今、俺の目の前で、事件が起き始めようとしている。
それも、引き起こしたのは、俺のよく知る少女だ。
「探そうぜ。マユを」
俺は笑顔で言った。
「………………」
ナミは虚ろな顔で俺を見る。
「向こうも探してくれって言ってるしな」
「アリバを持たないハヤトにできることなんてない」
「さっきは追いかけろって言ってたじゃねえか」
「マユが悪意として覚醒する前なら、仲のいいハヤトがうまく話すことで、覚醒を止められるかもしれないと思ったんだ……マユは……」
ナミはそこで言葉を切り、じっと俺の瞳を見つめた。
「……ハヤトのことを……慕っているようだったから」
「だったら、なおさらマユに会わないとな」
俺は自分の中の勇気を奮い起こす。
「まだ手遅れじゃないかもしれないぜ? それにマユは俺と会いたがってる」
「殺されるかもしれないよ?」
ナミが無表情に言ったその言葉は、現実味なんてどこにもなかった。
「……行こうぜ。とりあえず、あちこちまわってマユを探そう」
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