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わたしの実家は田舎である

  電車が鹿をはねて止まる、という経験をしたことがあるだろうか。ここで鹿、と言っているところは猪、でも構わない。これはあなたが住んでいるところが田舎かどうかの一つの有用な判別式である。わたしは東京の周りの県に住んでいる人々がこのような経験もなく、軽々しく自虐の一つとして「うちは田舎だからさあw」と言うのを見ると内心「ぜんぜん田舎とちゃうやん…」とつっこみたくなるのだ。


  とは言いつつも、わたしの実家も地方中小都市くらいの人口はいるので、本当に山の中、例えばコンビニに行くまでに車で1時間かかるとか、電車が1日に2本しか来ないという場所に住んでいる人には田舎を名乗って申し訳ない。わたしの周囲の本当に田舎に住んでいた人たちは、あまりにも娯楽がなさすぎるのでアリの巣を水責めにしたり、廃墟に忍びこんでそこでヘアスプレーの缶を爆発させたりしていた。このエピソードを聞いた時はあまりのアグレッシブさに「それ田舎というか、人間性の問題も絡んでないか…?」と思ったものだったが、まあ田舎定番の遊びであるパチンコもできない子供が娯楽のない場所に住めば、自然とアグレッシブな遊びもしたくなるだろうからこれは仕方のないことなのかもしれない。


  わたしの実家は流石にそこまで田舎ではない。とはいうものの住民は老人かキティちゃんスリッパのヤンキーしかいないし、そもそも皆どこに行くにも車移動なので歩いている人間というものに出くわすことがない。日本の平均的な過疎地方である。このような場所に住むと付き合いは自然狭くなるので、スーパーに行けば同級生に会って嫌な思いをするし、外に出てもあるのは山と川、田んぼとジャスコだけだ。なのでわたしは実家にいた頃は休日は基本的に家に引きこもり、インターネット相手にお喋りをする毎日だった。


  このような田舎に住むことの最大の弊害は”暇”である。”小人閑居して不善をなす”ということわざもあるように、暇は人間に害をもたらす。田舎に住む学生のコミュニティの中では”暇”が濃縮された結果、面白いやつはどんどんと力を強めていく一方で私のような軟弱な人間は社会の辺境に押しやられ、迫害されないように怯えながらなんとか日々をしのいでいくことになる。だからわたしは子供の頃は「こんなクソ田舎っ…早く脱出してやるっ…!」とエレンイェーガーのように瞳にメラメラと炎を宿しながら脱出への執念に燃えていた。崇高なエレンの物語に比べればわたしの脱出劇ははなはだ矮小で取るに足らない些細なものだが、東京に引っ越してくると周囲には全く他人に興味のない人の群れで溢れており、わたしはとりあえず自分の上げた成果に満足しているというわけだ。


   日本のインフラ行政は優秀である。どんなに過疎過疎で人がいない場所にも水道、電気、ガス、ネットを通して、最低限の人間らしい生活を送ることを保障してくれる。これは偉大なことである。しかし、もしあなたが安易な考えで田舎に引っ越そうと考えているのなら、その前に少し考えた方がいいかもしれない。田舎に住む唯一のメリットは”温泉がでかい”ことだけである。このメリットと天秤にかけて、わたしが今まで述べたようなデメリットを引き受ける気概があなたにはあるだろうか。もしあなたの家の周りにすでにスーパー銭湯があるなら、田舎への引越しを再度検討した方がいいかもしれない。山、川、田んぼには3日で飽きるが、生活は無限に続くのである。 
 


  田舎での生活はサバイバルである。引っ越した翌日に家の周りの田んぼだか森だかから”ゲコゲコ”、”くるっぽー”などと聞こえて一晩中「やっぱ引っ越さなきゃよかったかなあ」とか考える様子を想像してみて欲しい。田舎暮らしの人間に求められるのは根本的なタフネス、力強さなのである。もしあなたが自分自身のタフネスに自信がないのなら田舎暮らしは早々に諦め、都会での暮らしに身を委ねた方がいいだろう。大丈夫、人間は排気ガスがちょっと多いくらいでは死なないのである。

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生活費の足しにさせていただきます。 サポートしていただいたご恩は忘れませんので、そのうちあなたのお家をトントンとし、着物を織らせていただけませんでしょうかという者がいればそれは私です。