「自分を商品にする」ことの危うさ

先日、ウニの本を買った。とはいえ、食べるウニの話ではない。
大学の同級生が企画した、ウニの骨格の写真集である。

先日、京都のお店にもお伺いしたが、そのコンセプトも面白いし、とても美的センスがあふれるものであった。なんでも、大学ではCGグラフィックの作成をゼミで勉強し、広告代理店に就職。クリエイターになりたかったが、最初の5年間はマーケティング担当。その後、クリエイティブ部門に配属になった。そこで、面白い形の植物の種子(松ぼっくりなど)などをアクリルに封じ込める制作を副業でし始めたところ、徐々に売れ行きがよくなり、もはや副業と言えないぐらいになった。その時が社会人10年目。生まれ育った京都に戻り、まだ「民泊」とか「リノベーション」という言葉もないころに、古民家を改装してカフェ、民泊、グッズショップを開いて8年になるという。そして最近、特にウニの骨格標本などを推しているのだという。

自分の力で仕事をしていくというのはとても大変なことだ。それは多くの努力だけでなく、運も必要だし、人脈やお金も必要である。コロナ時代において、働き方はさらに多様化し、スキルを持つ人間が重視される。今はまだ動きが鈍いが、日本においても勤務時間ベースの仕事管理からアウトプットベースになっていくだろう。その時に勝ち残れる人間はどういう人であろうか。それは、誰にも負けないくらい突出したスキル・センスを持つか、そこそこのスキルの組み合わせか。そういう人材が大きな仕事において求められるようになるだろう。

ただ一方、これが一面しか理解されないと、『これからは自分自身を磨いて商品にしていく』という言葉になってしまう。なぜ、「自分自身が商品」ということが悪いのかというと、「あなたはあなたであって、そのままでいい」という、良くも悪くも自分100%肯定の言葉だけになってしまうのである。はっきり言って、「自分自身が商品」というのは間違いである。これからの時代、お金を稼げるのは「あなた自身」ではなく、「あなたが持つ知識やスキル」がお金になるのであって、「あなた自身」ではない。あなた自身の魅力としてコミュニケーション能力や着こなしやモチベーションが高くなっても、それに伴うスキルが高くなければ決して稼ぎ続けることはできない。自分磨きや人脈作りに精を出すよりも、自分の持つスキルを徹底的に磨き、知識を蓄え、世の中を見通せる考え方を鍛えるほうがいい。

人脈も、それ自身が稼ぐ力にはならない。所詮異業種交流会で仲良くなった人の程度では、結局「GIVE&TAKE」である。もしあなたのサービスを誰かがそこで購入してくれたとしても、その分その人に「借り」ができるだけである。人脈は貸し借りの間柄であり、そのサービスの本質ではない。そこに「人」が介在してしまうことは、サービスの本当の価値を捻じ曲げることもある。商工会やらその青年部やらJなんとかという団体も、本質的には似たようなものだ。結局貸し借りでしかないし、そこから外への広がりはない。そこで「顔役」になることは一時的な気分の良さにはなるだろうが、結局のところ井の中の蛙であるし、それに時間を割いている間に世の中は激変する。勉強会と称して流行りの話を聴いている間に、ライバルの会社は新しいサービスを独自で考えて生み出しているかもしれない。

私は百貨店社員だった時代、販売員の実績やスキルを管理するシステムを構築するプロジェクトも担ったことがある。誰が優秀な販売員かをバイヤーが把握しやすいようにしておいて、その販売員がいつまでもその売り場にいるように取引先と交渉するのだ。ただ、「人」にいつまでも依存してしまうと、そのサービスがどこまでお客様のニーズに合っていたのかを検証しにくくなる。うまい販売員は、自分のボーナスのために、多くのお客様に商品を売りつける。それが度を過ぎるとお客様は離れる。しかし、離れた理由は実績管理だけでは分からない。百貨店には外商部というものがあり、販売員がお客様のもとに出向いて宝石や装飾品など高額なものをセールスする。お客様と長い関係になることもあるが、そうなると不正な値引きによる実績稼ぎや押し付けが起きる可能性が高くなるため、外商員の成績や動向を管理するシステムもあるのだ(これのリニューアルも担当した)。要するに、「人」が商品に先立つことは、一見いいように見えるが組織としては諸刃の剣でもある。なので、それなりに組織は人をリフレッシュしていく。

これからの時代は、組織は益々人の使い方を「ドライ」に、そして非常に「効率よいもの」になっていくであろう。だからこそ、人は「自分磨き」だけではなく、スキルや知識の「稼ぐ力」を磨くことを忘れてはならない。それは70歳だろうと80歳だろうと磨き続き続けなければならない。
そして、そのスキルはアクリル板に閉じ込められた素晴らしい種子のように、尖っていつつも美しくなければならない。

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