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柏崎でお墓参りをして来た話

この流れからのお墓参りの話ですが、別に読まなくても大丈夫な文にしたいです。

※具体的な描写はありませんが、何度か地震の話が出ますので、苦手な方はご注意ください


10月8日の日曜日、連休のど真ん中、柏崎市にお墓参りに行きました!
新潟県柏崎市は母の出身地で、母方ルーツは柏崎市近辺に集中しており、また私が生まれたのも柏崎市の某病院です。



柏崎市。
ご縁が無い方は「新潟なの? 知らん場所だな」くらいに思うかも知れませんが、実は柏崎市を代表する会社なら大抵の日本人は分かるはずです。

都会的なビル

画像のビルの右上辺りに「ブルボン」とありますね!
そう、日本を代表するお菓子メーカーの「ブルボン」は柏崎市に本社があるのです!

今回は、そんな柏崎市にある自分の親戚のお墓を駆けずり回った話をします。


8日朝、眠たい目を擦りながら、私は関東某所から新幹線でまずは長岡駅に向かいました。

自家用車が使えない民にとって、関東圏から柏崎市までの道のりはちょっと面倒です。

新潟県のホームページをご覧ください。

関東方面から長岡市まで新幹線で行くと、実は一回柏崎市を軽く通り越してしまう事がお分かりになるでしょうか。
一度行った道を戻るのって、少し損した気分になりますよね。
でも、しょうがない。
アクセス的にこのルートが近いらしいので、しょうがない。
いやぁ、だがしかし、何とかなりませんかね……!


長岡市に着いたら、今度は電車に乗り換えます。
今回乗ったのは信越本線。
長岡から柏崎まで11駅、駅と駅の間はそう長くありませんが、今回初めてこのルートを使った私は不安を増大させながら電車に揺られ続けました。

どうにか午前中の内に柏崎駅へ到着!
実は、柏崎市に行ったのは20年振りくらいだったのですが、柏崎駅舎が新しくなっていて感動しました。
NewDaysがある!
コインロッカーもばっちりある!

この柏崎駅で、用事があって前日から柏崎入りしていた母と合流しました。
小さい頃は何度も来ていた柏崎ですが、当時移動はほとんど祖父の車で、私に土地勘は全くありません。
よって、最後は住んでいた母の勘が頼りです。
問題は母が方向音痴な事でしょうか。


トランクの荷物をコインロッカーに預けて、早速出発……と思ったら、入れる小銭が無い

旅行の際には小銭をお忘れなく!

NewDaysで崩したよ!


気を取り直して、柏崎駅を出ました。

駅前に人が見当たりません。

柏崎市とブルボンは水球を応援しています!

昔から確かにそこまで人が多いイメージの駅ではないんですが……。
日曜日の午前中だから皆寝ていたのかも知れないな。

ブルボンの駅前本社ビル(再登場)

こんな立派なビルの前にも人が見当たらないので、ゆっくり記念撮影が出来ました。
ゆっくり記念撮影がしたいなら柏崎オススメ!


いくつかいらすとやさんのイラストを使用しております

さて、お墓までは少々歩きます。
その道のりの中で供えるお花も調達しないとなりません。
だがしかし、歩いても歩いても、営業中の花屋は見当たらない。
人通りが少ないのにも関わらず、母は同級生とばったり会って、よそ行きの野暮ったい喋り方を発動。
結局通り道にあったスーパーで供花を買えば、今月末で閉店とのお知らせの紙が貼られている。

柏崎市……大丈夫か……。
日曜日だったからだと思いたい。


気を取り直して(二度目)、まだまだ歩きます。
母が昔の街の名残を見付けては色々教えてくれました。
ご先祖様も見ていた景色……よりは色褪せているかも知れませんが。

母の勘は案の定少しだけ頼りなく、母も知らないお寺に迷い込んだりもしましたが、どうにか最初の目的地のお寺まで辿り着きました。

ここに眠っていると確定済みなのは母父父、母父母、それから母方祖父のお兄さんなどです。
母の微かな記憶を頼りに、ようやくお墓に到着。

新潟のお墓はこのイラストより横幅が狭い事も珍しくない

やっぱり墓誌が無い。

新潟のお墓には墓誌がありません。
しかし祖母の話だとちょっと違った様な……。

まあとにかく、お参りです。
お初にお目に掛かります。
そういえば、ここに眠るのは、顔を合わせた事のない親戚ばかりです。

やや緊張しましたが、お参りして、家紋などを後でチェックする為に一礼してからスマホで撮影。


ここからまた、近いエリアにある別のお寺へ。
母は自信が無さそうなので、私はGoogleマップを開いて、チラチラ見ます。

次のお墓は、母父母の実家のお墓。
過去に何度かお会いした祖父のお姉さんが嫁いでいるので、何故かさっきより馴染みがある感じのお宅のお墓です。

歩いている最中に「中越地震か中越沖地震で破損したらしく、お墓を建て替えたらしい」という話が出ました。
柏崎市のお墓には、この地震の影響がちらほらある様子です。

まさかの市長さんのご実家らしきお宅を通り過ぎて、お寺に到着。
母父母の実家の苗字は微レアなのですぐに見付かりました。

探している時、新潟のお墓にしては珍しく、大きな墓誌らしき物が立つよそ様のお墓も発見。
やっぱり墓誌という存在に見覚えがないのを再確認。

母父母実家のお墓はまだ新しく、わずかにキラキラとしていました。
お墓の横の日付などからしてもやはり、地震後に新しくしたというのは間違いない様です。
ここでもお初にお目に掛かる親戚さんばかり。
きちんとお参りをしてからあちこち撮影しました。


ここで駅方面に戻ります。
何故かまた母はさっき会った同級生にばったり遭遇。どんだけー。

正午を過ぎていたので、例のスーパーでおにぎりを購入し、お昼ご飯にしました。
おにぎり美味しかったな〜。


今度は母方祖母の実家に移動です。
祖母の実家は柏崎駅からはやや離れています。
電車で移動して歩くか、タクシーで直接向かうか。

結論から先に言うと、タクシーになりました。
丁度電車が無かったのです。

柏崎駅前からタクシー移動。
この直前、実は祖母実家に誰も連絡を入れていなかったと判明して慌てましたが、祖母が連絡を入れてくれたので、出発!
本当に段取りがアレで申し訳無かったです。

タクシーで数十分。
最初の景色は民家だらけでしたが、途中から郊外型店舗が目立ち始めました。
運転手さんは「昔はここら一帯田んぼだったんだよねえ」と教えてくれます。
もちろん田んぼや畑らしき場所もありますが、郊外型店舗はとっても大きいので、それほど目立ちません。


祖母の家もかつては農家でした。
いや今でも農地を所有してはいるらしいですが、基本的な事は他の方にお任せしているそうな。
農家さんのシステムって色々あるんですね。勉強せな。

祖母実家近辺に到着。
母は何故か戸惑っています。

「前、こんなに家建ってたっけ……」

どうやら母によると、昔は祖母実家の周辺にはもっと農地が広がっており、その中にぽつんと建つ祖母実家は見付けやすかったと言うのです。

結果、急にやって来てしかも「家が分からないので出て来てくれませんか」と言い出す滅茶苦茶迷惑な親戚が爆誕しました。


ある家から、見覚えのある顔立ちの女性が出て来ました。
そう、どこか祖母の顔立ちに似ているのです。
母が懐かしそうに野暮ったい喋りで女性の名を呼びます。
女性は母の従姉妹に当たる方でした。

余談ですがこの母、家だと逆にゴリゴリの標準語なのです。
多分標準語だと気取ってる風に見えるから、わざとおいも感を出すんでしょう。

私がまだ物心付いていない頃でしょうか、実は一度祖母実家に来た事があるという話でした。
けれどその時の事は全く思い出せませんでした。そんなもんですよね。

母の従姉妹の女性、それからその旦那さんが優しく迎え入れてくれました。
数十分前にいきなり来ると言い出した親戚にも優しいなんて……と私は感動しました。見習いたい。

奥の方から、このお家のおばあちゃんも出て来てくれました。
私の大伯父のお嫁さん、私の祖母から見たら義理のお姉さんです。

祖母はこの義理のお姉さんをとても慕っていました。
多分祖母は、男兄弟ばかり、母も早くに亡くしたという事で、近い年頃のお姉さん的存在が現れて嬉しかったのだろうと思います。
しかもとびきりお料理が上手くて優しいと来た。惚れるやん。

ただ、ここ数年はあまり調子が宜しくないと耳にしていたので、お会い出来るとは思いませんでした。

そんなおばあちゃんは、私の顔をしげしげと見つめては、しみじみと言うのです。

「あんたの顔、可愛いねえ」

このやり取りが何度繰り返されたでしょうか。

マジ夢の世界でした。

爆上がりが止まらない自己肯定感。

きっと昔から優しい方だったんだろうなぁ。


お仏壇にもご挨拶。
私の曽祖父喜一さんは、遺影でも困り顔をしています。
どうしてこんなにも写真が苦手だったんだろうか。
まさか普段からずっと困り顔をしていた訳でもないだろうに。
このままだと後世にも「困り顔のおじいちゃん」が定着してしまう。
私も写真は苦手ですが、遺影に使えそうな写真は用意しておこうかなと思います。


お墓までは歩いて行こうかなと思っていましたが、悪い事は言わないから我々の車に乗りたまえ(意訳)と軽い説得をされたので、お言葉に甘えました。

確かに、万が一道に迷った場合、誰かに聞こうにも誰にも聞けそうにない……そんな場所にお寺はありました。

祖母はお墓の場所について、事前に教えてくれました。
まるで山みたいな所をちょっと登った所にある事。
途中の坂道が急で、45°くらいあったかも知れない事。

45°でイメージしてください

全体的に、それまで私が知っていた墓所とは違うみたいだな……とは感じていました。
ただ、45°はちょっと危なそう、そんな坂道の近くにお墓なんて建てるだろうかと私は少し疑っていました。

でも祖母の話はまんま本当だったんです。


お寺(例の地震で直しが入ったパターン)の奥に、一瞬見たくらいでは見逃してしまいそうな、細い坂道がありました。
平成になってやっと手すりが設置されたらしいその道は、確かにまるで山道の様です。
道はしっかり踏み固められてはいますが、周囲は鬱蒼としています。
そして、実際に歩いてみてはっきりと分かった事がありました。

45°で(二度目)

これは45°あるかも知れない、と。


そんな道をほんの数十秒かそこら、貧弱な私はちょっと息を切らしながら登ると、ようやくお墓のある場所に到着しました。

いつ頃からの墓所なのかな〜

その辺りだけ、草木を伐採して墓所にしたのでしょうか。
坂の所に、何段かお墓が建っています。

祖母の実家のお墓は、いちばん手前の所にありました。
最初から手前ではなく、さらに手前側にはもっと他のお墓があったそうですが、中越地震か中越沖地震の際に崩れてしまい、別の場所に移したのだそうです。

正確には、お墓と「慰霊碑」がありました。
慰霊碑は、お墓よりも、私たちの背丈よりも大きく、それこそ公園などにありそうな立派なサイズでした。
ざっと2メートルかそのくらいでしょうか。

彫られている名前は知っていました。祖母から見た叔父さんの名前です。
顔も少し知っています。祖母が大事に持っていた家族写真に写っていました。
でもその家族写真に、祖母や曽祖父、高祖父の姿はありません。
祖母がまだ生まれる前の話。後に戦死した祖母の叔父さんが戦争に行く前、唯一撮影された家族写真だからです。
祖母の母、つまり曽祖母も早くに亡くなってしまったので、とても貴重な写真になってしまいました。

祖母は「この叔父さんは、とても優しい人だったらしい」と言いました。
写真にも写る高祖母が、生前祖母にそう言っていたそう。
優しい人だからこそ、進んで戦地に向かったのかも知れません。
とても悲しい事です。

きっと、家族一同、本当に悲しかったでしょう。
そういう気持ちがこの慰霊碑の立派さに表れている気がしました。

地震の際、お墓は少しダメージを受けたそうです。
しかし慰霊碑は、倒れるどころか、ぐらつきもしなかったそう。
思いの強さを感じます。

お墓にも勿論お参りしました。
お参りの後は、許可を得て、色々観察しながら撮影。
昔のお墓らしき物も添えるみたいに置いてあり、そこには高祖父の名前がありました。

あちこちに大きな蜘蛛が生息しており、虫が苦手な私は叫びまくりましたが、優しい親戚の方がバシバシ巣を取っ払ってくださいました。
この辺りでは標準サイズとの事。
蜘蛛にも優しい世界でした。

そんなお墓でしたが、管理する側の高齢化などの問題もあり、墓じまいなども考えているそう。
確かに、足腰が弱っている方はまず辿り着けない様な場所。
中越地震・中越沖地震を乗り切ったとはいえ、次に大災害が来れば、もう持ち堪えられないかも知れない。

ご先祖様の事を調べる上で大切な「お墓」ですが、残念ながら世の中の大半の方は先祖やら墓文化やらには興味が無く、管理が行き届かず悲しい姿を晒しているケースも珍しくはありません。

祖母実家のお墓の様に、場所によっては、定期的に管理しようにも身体的な条件などが揃わず、難しい事もあるでしょう。

とても難しい問題だなと思います。

今回行ってみて本当に良かったと思います!


有難い事に、お墓参りの後、柏崎駅前まで車で送って頂きました。
本当にありがとうございました……!


しかもラッキーな事に、タイミング良く現れた新潟駅行きのバス。
そう、我々は柏崎に宿を取らず、この後何とかかんとか祖母も待つ新潟市へ移動するという、面倒なスケジュールで挑んでいたのです。
日帰り(?)柏崎旅行。
慌ててロッカーから荷物を取り出し、バタバタと新潟市へ向かいましたとさ。

今回は実現出来なかったけれど、やっぱり祖母を連れて来たいなと改めて思いました。

そもそも今回柏崎へお墓参りに来たきっかけは、現在新潟市内に住む祖母が行きたがっていた事なのです。
ですが今年はあまりにも新潟がいつまでも暑いし、祖母の体力面なども考慮すると諦めざるを得ませんでした。
今回はある意味で、祖母を連れて来る為の下見を兼ねていたのです。

結果、新潟駅前に向かうバスの中で私が思った事はただひとつでした。

日帰りは絶対やめさせよう。


柏崎市を歩き回った私の踵はすっかり疲弊し、あれから3週間近く経つ今でも、まだ痛みが残っています。


余談ですが、最初に行った祖父実家のお墓、実はそれ以外にも別の場所に古いお墓があったらしいと後で聞いてしまい、もうリベンジ行きたくなってます。
でもなあ。新潟、これから雪降るからなあ。雪が解ける時期までは厳しいなあ。

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