見出し画像

30年前の「NHKスペシャル」が伝えた「強制連行」被害者の証言

(ナレーション)
 ソン・ユンホさんは、昭和17(1942)年、官斡旋によって日本の生野鉱山に動員されました。新婚1年目、23歳の時でした。
 ソンさんに日本行きを斡旋したのは、村の区長でした。
 
(ソンさん)
 区長が私の家にやって来て、日本で働いてみてはどうかと言うのです。日本に行こうか、行くまいか、迷っていると、区長が、今度日本に行かなければ、次には、強制的に連れて行かれるというのです。
 強制的に連行されるとひどいことになるというので、それよりは今、行ったほうがましだろうと考えて、行くことにしました。
 
……
(ナレーション)
 パク・キョンスルさんの村では、昭和19(1944)年、2人の労働者を出すように村役場から割当がありました。
 
(パクさん)
 家族をかかえている農家の主人が連れて行かれたら大変です。自分からすすんで行きたいなんて思う人はいませんでした。それで、くじで決めるわけです。くじで当たってしまうと仕方なく行くことになるのです。
 
……
(ナレーション)
 チョウ・チュンキュさんは、昭和19(1944)年、日本の生野鉱山に動員されました。
 チョウさんは、鉱山でランプを落としたことで、日本の監督官から殴られ、両耳が聞こえなくなりました。
 チョウさんが動員されたのは、新婚1年目、27歳の時でした。
 
(チョウさんの妻)
 警官が来たのです。
 二人で来ました。
 夜、無理やりに。
 あの時は、日本人に切りつけたい思いでした。この村の誰に聞いてもみんな、主人が虫も殺さないような人だと言うでしょう。それなのに、法律も助けてくれなかったし、本当に悔しい思いをしてきました。とにかく、この悔しさをはらしたいんです。耳が聞こえなくなってしまったこの人とこれまで暮らしてきた苦労は、言葉では言い表せません。いくら話しかけても、壁に向かって話しかけているようなものなのです。

「NHKスペシャル 調査報告 朝鮮人強制連行~初公開・6万7千人の名簿から~」、1993年8月1日放送。引用はその台本から

●解説

 NHKのドキュメンタリー番組「NHKスペシャル」が1993年に放送した、強制連行された当事者たちの証言である。この番組では、厚生省(当時)の倉庫に眠っていた、戦時期に動員された朝鮮人の名簿(6万7千人分)から関係者を探り当て、その証言を得ることで、動員の実態を明らかにし、補償もなされていない現状に焦点を当てている。
 今や直接聞くことが難しくなった当事者の証言も映像に記録されている。引用は、兵庫県の生野鉱山に動員された3人についてのもので、本人やその妻の生の声だ。

 証言から分かるように、彼らは村の有力者の圧力で、あるいはくじ引きで選ばれて仕方なく、あるいは夜にやって来た警官に連れられていった。番組タイトルにあるとおり、まさに「強制連行」である。
 だが、2000年代の、特に安倍晋三氏が政権中枢に入ったころから、日本社会では「強制連行」という言葉自体が使われなくなり、「そもそも強制連行などなかった」という主張も宣伝されはじめた。

 最近のテレビでは、「韓国の主張はおかしい」とする日本政府や「識者」の言葉ばかりが紹介されている。だが20世紀の終わりごろまでは、戦争における加害の歴史を振り返るドキュメンタリーがNHKでも民放でも放送されていた。
 今となっては、当時のことを証言できる当事者のほとんども他界してしまっている。だが、こうして過去に制作された映像記録や書籍などを発掘すると、このように、そこには貴重な証言がたくさん残されているのである。