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広東語(粤語)と古代の標準語「雅言」


中国語学習においては、中国各地の方言を嫌う人が多い。綺麗な標準語を学びたいのだから、方言なんて聞きたくない。留学中にもそういう人間は少なからずいた。

ただ、申し訳ないが、その手の方たちはその時点で、中国語のレベルを自分でこれ以上伸ばさないと言っているようなものである。実際その人たちの中国語の「総合力」は低かった。なぜなら、方言を避けて中国語の総合力をアップさせることは難しいからである。ここら辺は、下記NOTEに少し書いてある。

私は中国の方言を人に語る際「中国はヨーロッパのような集合体である」という。勿論、これには賛否両論あるだろうが、分かりやすい例だと個人的には思っている。

つまり、中国という国の中には、色々な「国」があり、その国毎に「言語」が存在するということだ。日本で言えば江戸時代の「藩」を思い出して頂けると理解しやすいかと思う。当時一部の限られた人以外「藩」から出ることができなかった。移動制限があったおかげで、各藩における「方言」が独自に発展し、果ては各藩同士でコミュニケーションをとることすら難しいという局面を生み出した。(標準語が制定されたのは明治時代になってからである)

数ある中国の方言のなかでも、広東語という方言は、使用人口から見ても、その独自性から見ても、中国を、海外に移民した華人にとっても代表する方言と言っても過言ではない。


広東語(粤语)は中国古代の標準語?


周王朝で使われていた「官话」(要は標準語)を【雅言】と言うが、粤语はその雅言という古代の標準語を色濃く残す貴重な言語の一つなのである。

保存古"雅言"最多粤语曾是古代普通话

http://www.huaxia.com/zhwh/kgfx/2004/08/95679.html


現在の標準語である、普通話には実は本来あったはずの「入声」という発音が消し去られてしまっている。入声というのは、広東語話者であればご存じだと思うが、「-p」「-t」「-k」とかいう語尾が詰まる音のことである。

現在の標準語がこの入声がない為に、標準語もしくは方言にこの「入声」が入ってない地方の出身者が、日本語などの入声がある言語を学ぶと苦労する。彼らは、小さい「っ」が発音できない。

「私は、リンゴを食べたかた」(食べたかった)とか「今日は楽しかた」(楽しかった)とか「っ」を抜かした変な発音になってしまう。

粤语以外では、闽南话(厦門、漳州、台湾当たりの言葉)や客家话(客家人の言葉)が聞いてすぐに分かる入声ありの言語だと思うが、ここらあたりの出身の人が日本語を学ぶと綺麗に再現できる人が多いという印象。

宋王朝が、北方の異民族に追いやられて南下し、南京や杭州に拠点を構えたことも、現代にまで「入声」文化を色濃く残すことが出来た原因でもあると言われている。

中国語を学習していくうえで、「詩」を読むという機会が必ずあるはずだが、漢詩・唐詩・宋詩等を現代の標準語で詠むと韻は踏まないし、詠んでいてもリズム感がでてこない。これは、当時雅言をもって詩が作られていたので、雅言で詠まないとしっくりこないのである。その点、粤语で詠むとものすごくしっくりくる。ジャッキーチェンの映画「酔拳」を改めて見る機会があれば見て欲しい。劇中に出てくる、四字熟語、技の名前、技の秘訣など、粤语で発音されたそれは何と美しい響きだろうか。

日本人が大好きな三国志演義に出てくる魅力あふれる人物たちも、雅言を使っていたのである。文化人として名高い曹操も多くの詩を残しているが、彼の作品を「粤语」で詠んでみるとこれまた味わい深いものになる。(彼の息子天才詩人曹植の「七歩詩」などは粤语で是非声に出して詠んで頂きたい)

私は、この雅言と粤语の関係性を知ってからは、まず広東人を見る目が変わった、あの曹操と同じ言葉を喋っている人達なんだと(笑)また、個人的に聴いていても、喋っていてもこれほど楽しい言語は私の母語である関西弁以外にないと思っている。正直、私自身も普通話よりも粤语の方が好きである。

これからも、古代の中国の人達に思いを馳せながら、粤语を大事にしていきたいと思っている。


【豆知識】広東・広西という言い方は、漢の時代の嶺南政府「広平府」があったところ(現在の広東省肇慶市)から見て、東側が「広東」、西側が「広西」と呼ばれたことに起因する。

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