見出し画像

【小説】アラサー公務員と仕事サボりのプロ・第3話【フィクション】

第1話はこちら

第2話はこちら

「じゃあ鈴木君の話をしようよ。鈴木君はいま、仕事で何が一番ツラいの?」
「そうですね…… 僕が今一番ツラいのは、同じ市役所の職員からクレームを言われることですね。僕はいま、人事課で職員の相談窓口も担当してるんですけど、そこには『なぜあいつをうちの部署に配置したんだ!』とか『うちは業務量が多すぎる!人事課は全然分かってくれない!』みたいなクレームが多いんですよ」
「そうなんだ。でも前に同じ部署で働いてたときは、鈴木君って窓口対応とか上手だったじゃない」
「もちろん僕も市役所に勤務して数年が経つんで、市民からのクレーム対応とかは慣れてきたし、どっちかと言えば自信もあったんです。でも、同じ市役所の職員からクレームを言われるのって、また精神的に違う辛さがあって……」
「そうなんだね。俺は人事課の経験が無いからその件については滅多なことは言えないな。なんか他にツラいことってない?」
「もう、自分から話をふっといて… 佐藤さん変わってないですね。まぁいいですよ。他にツラいことですか。そうだな、上司があんまり僕の意見を聞いてくれないことですかね。」
「お、いいね。そういう話だよ。続けて続けて」
「はいはい。ほら、最近って働き方改革とか叫ばれてるじゃないですか?うちの市役所でもそういうのちゃんと考えた方がいいと思うんですけど、あんまり課長が乗り気じゃなくて…… 形式上やってる感だけのやつばっかなんですよね」
「そうなんだ! 人事課の課長って高橋さんだっけ? さすがだね!」
「そうなんですよ。まいっちゃいますよね」
「いやいやそうじゃなくて。高橋課長は仕事サボり公務員の鑑だねってこと。そんな上司のもとで働けるなんて、鈴木君がうらやましいなぁ」
「はい??? いや、なんでそうなるんですか???」
「俺はね、公務員として働くうえでは自分の考えとかオリジナリティなんて必要ないと思ってるし、とりあえず組織の歯車として、言われたことだけやってりゃいいと思ってるんだよ」
「………」
「あ、また変なこと言い始めたって顔してる(笑) まぁいいや。つづけるよ。」
「……はい」
「俺はね、公務員として、いや社会人として、コスパの良い働き方がしたいんだよ」
「コスパの良い働き方、ですか?」
「そう。だってさ、鈴木君も分かってると思うんだけど、公務員ってさ、仕事しようと思ったらいくらでもできるじゃない」
「まぁ、そうですね。公務員の仕事って最終的にはすべて住民サービスにつながるんですけど、住民サービスに百点満点なんてないですから」
「でしょ? つまり自分で制限をかけないと、公務員の仕事っていつまでも増え続けるわけよ」
「まぁ、言いたいことはわかります」
「だから、公務員それぞれが『ここまでが公務員の俺がやるべき仕事』っていうのを考えなきゃいけない。そして、俺はそれを考えた結果『できるだけ自分の仕事を減らそう!』って思ったわけよ」
「う~ん。なんか騙されてる気がするなぁ」


「ははは。じゃあここでそんな鈴木君に質問です。あなたはなぜ公務員になったんですか?」
「どうしたんですか?いきなり」
「まぁまぁ。答えてみてよ」
「そうですね。まぁ、地元で就職するなら公務員か銀行員だろうなって思ってたし。それなら公務員の方がいいかなって」
「なんで公務員の方がいいって思ったの?」
「イジワルな質問しますね! 銀行だとノルマとかあってキツいって聞いてたからですよ!」
「ごめんごめん。でもそうだよね。俺も似たようなもんだよ」
「でも、地方公務員になる人なんて、だいたいそうじゃないですか?」
「俺もそう思う。俺も市役所職員になったのはさ、市役所なら転勤もないし、9時5時で帰れそうだし、年休もそれなりに取得できそうだなって思ったからなんだよ」
「あはは。市役所のありがちなイメージですね」
「そう。で、市役所で仕事しはじめて、ある時ふと思ったんだよね。『あれ? 俺、昔の自分が思い描いた市役所生活できてるかな』って」
「いや、それは……」
「もちろん、市役所を外からみてるときと、実際に中で働いてみて思うことはあるよ。でもさ、自分にとっての、一番最初の、心の奥底にある想いってのも、ものすごく大事じゃない」
「まぁ、はい……」
「だから俺はさ、できるだけコスパの良い働き方がしたいんだ。そしてさ、そういう働き方もあるんだよってのを、もっと多くの公務員に知ってほしいんだよね」
「多くの公務員に?」
「さっきも言ったけどさ。職場的には絶対に『真面目に毎日仕事を頑張りつづけてある日突然メンタルダウンしてしまう職員より、ちょいちょいサボりながらでもずっと働き続ける職員の方が、絶対にありがたい』はずじゃない?」
「う~ん、まぁ」
「まぁ、メンタルダウンの話をぶり返すとめんどくさくなるから今日はやめとくけど、でもさ、個人的に絶対やっちゃだめだと思うことがあるんだよね」
「なんですか?」

「自殺」

「えっ?」

「ほら、俺の同期でさ、メンタルダウンして市役所も辞めちゃったやつがいたじゃない」
「田中さん…ですか?」
「そうそう。その田中なんだけど、市役所を辞めたあとにしばらくして自殺しちゃったらしいんだよね」
「そうだったんですか。すいません、知らなかったです」
「いやいや全然いいんだけど。やっぱさ~ショックだったよね。最初に自殺したって聞いた時はさ」
「そう…ですよね」
「あ、ごめんね? なんか湿っぽい感じになっちゃって。とにかくさ、俺は仕事が原因で自殺したくないし、俺以外のやつにも仕事が原因で自殺なんてしてほしくないのよ」
「はい……」
「もう、やめろって。俺が変な空気にしたみたいじゃん! やめようやめよう! せっかくの機会なんだから楽しいお酒を飲もうよ!!」
「はい!」
「あれ? っていうかもうそろそろいい時間じゃない。 よし、二次会行っちゃうか!!」
「あ。でも僕、来週の会議資料がまだできてなくて……」
「大丈夫大丈夫! 公務員なんてちょっと仕事サボったぐらいがちょうどいいんだから!!」
「あはは。 そうですね! 行きますか!!!」


鈴木は佐藤とともに、上機嫌で居酒屋を出た。
いつの間にか雨はあがっていた。
とても空気の澄んだ、よい夜だ。
二人は夜の街の雰囲気に身を委ねる。
アルコールのおかげか、日常の煩わしさが消え去るような幸福感を感じている。
このまま二人は、夜の繁華街へと消えていった。

【第一部 完】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?