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空間とは何か(2)

古代ギリシャ人たちの「空間」

古代ギリシャ世界は、後の時代の科学や思想に拭いがたい影響を及ぼしている。だから、「〇〇とは何か」と考える際には、どうしても古代ギリシャ人たちにとっての〇〇とは何だったのか?という論考を避けて通れない。

しかし、このような動機は、結果として前途多難な問題提起となることが多いだろう。「数学とは何か」と考えるなら、古代ギリシャ人にとっての数学について知る必要があるだろうが、それはもうそれ自体がとても深くてチャレンジングな問題である。私はここで「空間とは何か」という、おそらくそれに勝らずとも劣らないようなビッグクエスチョンを携えて古代ギリシャ人たちに向き合おうとしているわけだから、普通に考えたら無鉄砲極まりない話だろう。

そもそも、古代ギリシャ人の数学の考え方は、21世紀の我々が持っているそれとは、かなりかけ離れたものであったはずである。彼らは整数についての理論を展開するときですら、定数記号の代わりに線分●●を用いた(例えば、ユークリッド『原論』第9巻命題21など。ちなみに、定数記号として文字を用いたのは16世紀後半のヴィエトが最初だとされている)。整数のような離散量を線分という連続量で表現するわけだから、現代の我々が見ると、そこには避けがたい不自然さがある。それでもなお、古代ギリシャ人たちはそれこそが彼らにとって真っ当な数学のやり方だ、と思っていたふしがある。

古代ギリシャ人たちとっての「空間」とはどのようなものだったのか?この問いの呪縛から、私はここ最近離れることができない。忙しいときも忙しくないときも、この問いは私のわずかな隙間の時間を塞ぎに襲ってくる。問題は私の頭の中で嵐のように回転し、堂々巡りをした挙句に最初のところに戻ってしまう。思考の足場が据えられることはない。

少なくとも、間違いないと思われることは、古代ギリシャ人たちの空間感覚・空間概念のヒントは、ユークリッド『原論』の中に必ず見つかるはずであるということだ。実際、ヒントはたくさんある。しかし、ヒントがあり過ぎるということが、逆に問題を難しくしている。

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このマガジンのタイトルにある「数学する精神」は2007年に私が書いた中公新書のタイトルです。その由来は、マガジン内の記事「このマガジンの名…

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