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対決から解決へ

こんにちは!
皆さん、知っていましたか!?

風の噂によると、ツイッター(頑なにXとは呼ばない)でアカウント名の変更は月に二回までしかできなくなってしまったようです!(正確な情報が気になる方は調べてみてください!)

このように、名前を変更しようとしてもエラーが表示されてしまいます。
皆さんも、アカウント名を変更するときは慎重に変えましょう!

まっとうな政治へ

さてさて、そろそろ本題に入りましょう。
今回のテーマはズバリ、政党のスローガンについてです!

立憲民主党が新ポスターを発表しました。
それに合わせて、新たなるメッセージとして「まっとうな政治へ」というメッセージが打ち出されました。

先祖返り?

最近の立憲は泉代表のもと、不完全ながらも中道化の傾向が進んでいると思いますが、ここにきての「まっとうな政治」というフレーズ。

このメッセージは立憲の創業者である枝野氏が好んで使っていたワード。
ここにきてメッセージを戻してしまうということは、立憲は枝野立憲の頃に先祖返りしてしまうのではないかと、そういう考えをすることもできます。

未来系の表現

でも私はこのポスターを初めて目にした時、枝野さんの時代にあった古臭いイメージを感じませんでした。
そこでちょっと考えてみて気が付いたのが、「~へ」という未来系の表現です。

比較の画像を作ってみました。
どちらも「まっとうな政治」というフレーズが含まれていますが、だいぶ印象違いませんか?

旧の方のポスターは「まっとうな政治」の後ろに「。」と句点が付いており、動きが感じられない停滞している印象を受けます。

新の方のポスターは「~へ」という言葉で締められており、旧の方のポスターにあった停滞感を打ち消してくれているのではないかと思います。

らんこ-こうしん【覧古考新】
古い事柄を顧みて、新しい問題考察すること。▽「覧古」は古い物事を深く思うこと。「古」は「故」とも書く。「古ふるきを覧み、新あたらしきを考かんがえる」と訓読する。

覧古考新(らんここうしん)とは? 意味・読み方・使い方 - 四字熟語一覧 - goo辞書

それでいて、立憲のアイデンティティである「まっとうな政治」というフレーズも大事にしており、これはまさしく覧古考新の精神が感じられる、非常に完成度の高いメッセージとポスターだと思います。

かつてのポスターとメッセージ

正直、これまでのポスターはちょっと違和感を覚える点が多くありました。

「あなたのための政治。」って、なんかちょっと押しつけがましい印象がありましたし、「文字数多すぎて読めねえよ」って感じもありました。

「変えよう。」というのも、なんか強制されている感じがして嫌でした。

「さあ、力合わせて。」というメッセージに関しては、内輪の結束のためのポスター(創業者である枝野氏が退陣後に発足した新執行部のポスターなので、理解はできます)だったり、いずれにしても硬さや強権性を感じるものばかりで、良い印象を持っていませんでした。

立憲は一皮剥けたような印象

「もっと良い未来へ!」「生活安全保障」というメッセージも悪くはありませんでしたが、やはり知名度の低い代表による新しいフレーズなだけあって、立憲らしい深みが正直感じられないところもありました。

そんな中で、立憲の原点となる「まっとうな政治」というフレーズを未来志向な形に再構築して再び打ち出してくるとは、実にお見事だと思いました。

泉代表の持つ新しさと、立憲の最大のアイデンティティである「まっとうな政治」という言葉がブレンドされて、実に良い仕上がりだと思います。

「まっとうな政治」という言葉が枝野氏だけの属人的な言葉ではなくて、「立憲民主党」という公器にとっての言葉に昇華したような、そんな印象を受けます。

立憲は党勢の伸び悩みが報道されるなど、大変な状況にあると認識していますが、この新たなメッセージが言霊となって、息を吹き返す片鱗を感じさせる、そんな新ポスターでした。

私は立憲を支持する者ではありません!

さて、このまま記事を終えてしまっては、立憲の提灯記事かと各所からお叱りを頂いてしまいます。

私はあくまでも立憲を支持する立場ではなく、国民民主党の支持(サポーター)の立場ですので、当然、今件を受けての国民民主党への提言も忘れることはありません。

対決より解決

さて、我が党である国民民主党にも大事なメッセージがあります。
それは言わずもがな、親の顔より慣れしんだ言葉である「対決より解決」です。

私、実にこのメッセージが大好きで、対決ばかりで停滞したこの日本のヒステリシス(履歴効果)を打開するための、非常に前向きなメッセージだと思っています。

「自民党寄り」報道の背景

しかし現状の国民民主党、何かと不本意な報道をされることが多いです。

自民党にすり寄っているわけではないのに、自民党にすり寄っていると言われたり、連立政権入りする意向を示してもいないのに、国民民主党が連立政権入りするかのような報道も飛び交っています。

「マスコミの劣化が酷い!」と憤りたくもなりますが、現状、メディアには自浄性も変革も期待できないと思っています。要するに、何を言っても無駄。

マスコミの変化に期待するよりは、国民民主党としてなせる発信をやるしかないというのが私の考えです。

良くも悪くも、今のような「自民党寄り」報道がなされるのは、国民民主党がかつて予算案賛成という方法を選んだ過去がそれなりに影響しているように思います。

勿論、国民民主党は自民党のために予算案賛成をしたわけではありません。
国民生活の為に、一つでも多く政策実現ができればと、そのテコとしての予算案賛成だったと理解しています。

過去をネチネチ言うのが今記事における趣旨ではなく、こういった背景をありのままに捉えて、どうすれば国民民主党の今のイメージを払拭できるのか、未来志向の問題提起を行いたいという想いが私にはあります。

スローガンはその政党の第一印象を決定付ける

メッセージは言霊である

言葉にはが宿ると私は思っています。
たかが、政党のメッセージですが、されど、政党のメッセージです。

立憲にとってのそれが「まっとうな政治へ」なのであり、国民民主党にとってのそれが「対決より解決」なのです。

それぞれの政党が大事にする想いが、この短い平易な言葉に詰まっていますし、支持者や議員や候補者も、その想いを胸に、日々の活動を頑張っています。

政党の第一印象はスローガンにかかっている!

政党を支持していない人がまず目にするのは小難しい政策集ではなく、その政党が最も大事にしているスローガンです。

まずはスローガンを目にしてその政党がどんなものなのか、最初の印象を抱くのではないでしょうか。
政策を伝え、議員や候補者の素晴らしさを伝えるというのは非常に重要な活動であり、日々、その活動をなさっている先学諸賢の皆様に対しては敬意を表しています。

その上で、国民民主党の第一印象を決定付ける政党のスローガンについて、改めてそのメッセージの意味を考えてみても良いのではないかと思ったのです。

「対決より解決」というスローガンは実態に則していない?

先述の通り、私は「対決より解決」という言葉を愛しています。
それは私にとっての政治の原点でもあり、私にとっての人生の規範とも言うべき言葉です。

しかしこの言葉、現在の実態を適切に表現するには、いささか言葉足らずなのではないかと思ってもいます。

「対決より解決」という言語化であると、さも対決をしない印象を抱かれる可能性もあります。
それが影響することによって、国民民主党が「自民党寄り」だと扱われることに対して、非常に大きな危機意識も持っています。

そこで私が新たにスローガンとして提唱したい言葉があります。

対決から解決へ

そう、記事のタイトルにもなっている「対決から解決へ」という言葉です。

我々は対決を否定しない=自民党のために政治を行っていない

先に記載の通り、「対決より解決」という言葉には、対決をすべて否定するかのような解釈の余地が存在しています。

しかし我々は、自民党のための政治を行っているわけではありません。
国民生活が少しでも良くなればという想いで、時には自民党とも交渉を行っているだけであって、国民の為に必要な対決は否定しないのです。

解決まで完遂する責任

「対決から解決へ」という言葉は、対決を否定していません。かといって、非生産的な対決に安住するような意思も持ちません。
あくまでも、国民生活の為の解決を目指しているのです。

対決という次元に留まるのではなく、より未来的に、より生産的に、解決を完遂するのが我が党なのです。

だからこそ、対決という次元から、解決をやり遂げるんだという意思を「から」という接続詞で繋いでいます。

そこに未来形である「~へ」という表現を加えて、「対決から解決へ」という言葉を紡いでいるのです。

天下、一人を以て興る

とは言え、私は一支持者、1サポーターの立場に過ぎません。
当然ながら、党のスローガンを決める決定権などは持ってもいません。

しかし、「天下一人を以て興る」と先人は言いました。
戦前戦中を生きた偉人、中野正剛の言葉です。

諸君は、由緒あり、歴史ある早稲田の大学生である。便乗はよしなさい。歴史の動向と取り組みなさい。天下一人を以て興る。諸君みな一人を以て興ろうではないか。日本は革新せられなければならぬ。日本の巨船は怒涛の中にただよっている。便乗主義者を満載していては危険である。諸君は自己に目覚めよ。天下一人を以て興れ、これが私の親愛なる同学諸君に切望する所である。

中野正剛 - Wikipedia

表現は難しいですが、要するに「先ず隗より始めよ」ということです。
「対決から解決へ」という考え方は、まずは私一人を以て興るのです。

所信表明!

先ず隗より始めよとは、遠大な事業や計画を始めるときには、まずは手近なところから着手するのがよい。また、物事は言い出した者から始めよというたとえ。

「先ず隗より始めよ」の解説 - 故事ことわざ辞典 (kotowaza-dictionary.jp)

提唱者である私自身が、「対決から解決へ」という考えを体現できないことには、その説得力もありません。

その第一歩として、ツイッター(頑なにXとは言わない)のアカウント名とプロフィール名にこのフレーズを盛り込みました。

もちろん、形ばかりのつもりもありません。
これまでも、私なりに「対決から解決へ」の精神を目指してきた自負はありますし、それは今後も地道に続いてゆきます。

私の気まぐれによって、アカウント名のスローガンについてはのちに変更が加えられる可能性は大です(正直、小説のアピールを優先したい気持ちもあります)が、プロフへの記載はしばらく、これで固定しようかと思っています。

ついでに自作小説の宣伝!

中野正剛の名前が出たついでに、自作小説のご紹介。
基本的にはラブコメやら異能バトルやらの作品なんですが、実は近代日本政治史を私なりの解釈で描いているという作品でもあります。

物語の主人公は中野正剛とイニシャルが共通する少女である中延聖陽です。
お時間あれば、是非読んでみてください!

終わり

さて、良い感じに自作小説の宣伝と所信表明が終わったところで、この記事も終わりのお時間です。
ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

私のこの熱い想いに共感したというそこのあなた、是非とも、記事のシェアのご協力をお願いします!
以上です。ありがとうございました!


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