見出し画像

生命の起源:交換型の自己維持システムの視点

地球上に生物がどのように誕生したのかは、科学が探求している大きな謎の一つです。私たち人間も生物ですが、その他の動物、植物、バクテリアや細菌も、全て生物です。

生物は親になる生物から生まれる事と、生物の多様な種は元になる生物種から進化して来たことは良く知られています。しかし、最初の生物、そして最初の生物種は、その元になる生物や生物種がいなかったはずです。では、無生物の環境に、最初の生物や生物種がどのようにして登場したのか、それが生命の起源の謎です。

私は個人研究として、生命の起源の謎について考えています。生物や化学の専門家ではないのですが、システムエンジニアの立場から、生物をシステムとして捉えることで、この謎に視点を持ち込みたいと考えています。

これまでもこのテーマで複数の記事を書いてきました。この記事では、新たに、生命の維持という観点を中心とした視点から、自分の考えを深堀していきます。

生命の維持についてはこれまでも注目していましたが、今回の記事では、維持のメカニズムの拡張により成長や進化が実現されること、生物と生物種の2側面からの維持の作用の分析、そして生物の維持の特性として交換型の維持、という考えが新たに加わっています。これにより、生命の起源の探求における自己維持システムの観点の本質的な重要性を浮き彫りにすることができました。

では、以下で詳しく見ていきましょう。

■生物における生命の維持

生物は、身体の構造の中で身体に取り込んだ資源を使って化学反応を行っています。それによって、身体の構造と資源を維持しています。

身体の構造を維持するためには、身体の構造の経年劣化に備えた定期メンテナンス、身体構造の突発的な障害に対する復旧、障害の検知、障害に至る危険を避けるための回避行動、危険の識別を行う必要があります。

化学反応を行うためには、身体に蓄えた資源が必要です。資源には化学物質とエネルギーがあります。外界から身体に取り込んで不足を補い、過剰なものは排出します。これは資源の維持を意味します。

資源の蓄えを維持するために、定期メンテナンスと、突発的な不足や過剰に対する応急対応が必要です。不足や過剰の検知、それに至る異常の回避行動、異常の識別も必要です。

生物は、これらの身体の構造と資源の維持のための処理メカニズムを持っています。処理メカニズムは身体の構造の中にプログラムされています。時間経過、身体の構造の状態、身体の資源の状態、外界の状態に応じて、実行される一連の処理が選択されます。処理は、身体の構造の変形、身体の資源の移動、化学反応の時系列の組み合わせにより実現します。

■成長と老化

多くの生物は、生涯の前半で成長をします。

身体の構造と資源の量を増やしたり、複雑さを増したり、精度を向上させたりします。また、処理メカニズムの種類を増やしたり、複雑さを増したり、精度を向上させたりもします。

老化はこの逆の過程です。

■生物種の維持

生物種は、その生物種に属する個体全体の集合です。

生物種もまた、生物種を維持しています。1世代だけに着目すると、それぞれの個体が維持されることで生物種が維持されます。

複数の世代に着目すると、個体が増殖と死滅する事で、生物種が維持されていることが分かります。これは、1つの生物における身体の構造と資源の維持に似ています。

■生物種の成長と老化

生物種は、個体数を増やしたり、減らしたりします。これは成長や老化に似ています。

また、個体の個性を多様化したり、単調化したりします。これも成長や老化に似ています。

多様化の結果、新しい生物種が生まれることがあります。これは生物で言えば増殖に相当します。また、生物種が絶滅することもあります。これは生物で言えば死滅に相当します。

■交換型の維持

生物が維持する対象は、身体の構造、資源の量、メカニズムの処理系です。

多くの人工物と生物の違いは、この維持の基本的な方法論にあります。人工物の場合、建物でも在庫でも機械でも、一度作ったものは時間が経過しても同じ物質が同じ場所に留まるようにします。時間が経過して劣化や消費や摩耗したら、その部分を補修や補填することで元の状態に戻すことで維持します。

生物の場合は、身体の構造、資源、処理系が作られている過程でも、作り終えた後でも、構成している物質が入れ替わっていきます。

それぞれの位置にある物質が、そこから引き抜かれて消費されたり破棄されたりし、同じ位置に新しい物質が配置されるという事が、あらゆる箇所で発生します。これは交換型の維持と呼べるでしょう。

交換型の維持は、会社の組織のそれぞれの役職や担当者が時間と共に入れ替わることに似ています。時間と共に人が入れ替わっていき、最初の頃と全員が異なる人物になっていたとしても、会社の組織は同じ構造や機能を保つことができます。これと同じ方法論で、生物も身体構造、資源、処理系を維持しています。

これにより、構成している物質が常に新しい物になり、劣化や老朽化が起こりにくい形で全体を維持することができます。

この方法論は生物種の維持にも同じように適用されています。古い個体は死滅して、常に新しい個体が誕生することで、生物種に含まれる個体全体の新しさが一定に保たれます。

この方法は、古くなったり劣化したら取り換えるという多くの人工物で見られる維持の方法よりも効率が悪いように思えます。しかし、古くなったり劣化したものと、まだ衰えていないものを認識して処理を行うという高度に知的なメカニズムを持たなくても、全体の新しさを一定に保つことができるという点で、この方法は優れています。

■交換型の維持を利用した成長と老化

生命が成長させる対象も、身体の構造、資源、処理系です。その大きさ、キャパシティ、種類を増加させるのが成長で、反対に減少させることが劣化です。

多くの人工物は、成長と老化は上手くできません。一度作ったら、その大きさやキャパシティや精度が種類され、それが維持できなくなると全体を壊してしまう事が一般的です。古くなって老朽化することはありますが、それは強度が弱くなることを指しており、大きさやキャパシティや種類は通常変化します。これは、人工物の老朽化が生物の老化とは異なる概念であることを意味します。

生物が身体の構造、資源、処理系の大きさ、キャパシティ、種類を増やしたり減らしたりすることができるのは、交換型の維持の方法の特徴を利用できるためです。構成されている物質を常に入れ替えることで維持されている生物の構造、資源、処理系は、物質の入れ替え時に、消費や破棄される物質よりも、新しく同じ場所に配置される物質を増やすことで、成長させることができます。

この反対に新しく配置させる物質よりも消費や破棄される物質を多くしていけば、老化させることができます。また、同じ方法が生物種の成長と老化にも適用されています。

■生命のシステムアーキテクチャ

生物と生物種のそれぞれが、自らの構造と資源と処理系の維持、成長、老化のメカニズムを持ちます。

そして、時間と内部状態と外部状態に反応して、構造の変形、資源の移動、処理系による処理の組み合わせで、それらのメカニズムは実現します。

これが生命のシステムアーキテクチャの全体像です。

生命の起源を考える時、この生命のシステムアーキテクチャが大きな足がかりとなります。多くの生命の起源の研究により、生物を構成する化学物質や、細胞膜や細胞骨格のような構造が、無生物環境下でも生成され得ることが明らかにされつつあります。

こうした構造や資源が無ければ地球上の生命は成り立ちません。一方で、構造や資源だけでも生命にはなりえません。そこには、生物と生物種の双方の維持、成長、老化のメカニズムが必要です。

これは反対に言えば、これらのメカニズムが無生物環境下から生み出され得ることさえ明らかにできれば、生命の起源の1つの説明ができるようになることを意味します。

これが、生命の起源に対する、生命のシステムアーキテクチャの全体像を明確にすることの意義です。

■自立した自己維持システム

構造・資源・処理系が、自分自身を対象として維持を実施し続けることができれば、自立した自己維持のシステムとなります。

例えば、太陽光が降り注ぎ、多様な物質的な資源が容易に手に入る惑星の上があるとします。

そこに、太陽光からエネルギーを生み出して蓄積できる装置Aがあるとします。また、装置Aは周囲の物質的な資源も収集して蓄積できるとします。

加えて、装置Aに蓄積されたエネルギーと資源を使って、装置Aと装置B自体と装置Cを維持できる装置Bがあるとします。そして、装置Cには、定期的に装置Bに維持活動を実行を指示するメカニズムも組み込まれているとします。

この装置A、B、Cが一つの空間内に配置されて相互に連携するシステムは、自立した自己維持のシステムとなります。

■自立した自己維持のシステムの進化

装置Bが装置を維持する機能を応用して、装置A、B、Cを作成できるようになったとします。すると、このシステム群全体も、自己維持をしているマクロなシステムとして捉えることができます。

装置Bが、装置A、B、Cを維持したり作成したりする際に、わずかに変化を持たせることができれば、これらの装置は進化をする可能性があります。より自己維持がしやすい装置ができれば、その装置が数を増やすことになり、それ以外の装置が減少するという自然淘汰が働くと考えられるためです。

また、この装置A、B、Cが一つのパッケージの中に入っており、その単位で維持や作成がなされれば、それが進化の単位となります。

■自立した自己維持のシステムの起源

ここで、装置A、B、Cとそのパッケージが登場する前に遡って考えてみます。

装置Aと装置Cとパッケージが、まだ存在していない状況を考えてみます。

その場合、装置Bへの維持の指示は、外部環境がからの刺激によって代替されていたと考える事ができます。また、装置Bが利用するエネルギーや資源も、外部環境から供給されたと考える事ができます。また、装置Bがエネルギーや資源と共に集積する場所も、外部環境によって用意されたと考える事ができます。

こうした都合の良い外部環境の条件が整えば、装置Bは、装置B自身を維持することができます。

装置Bが自己維持を実施し続けている間に、装置Bが変化することがあれば、装置Bは死滅するか、退化するか、進化する可能性があります。

このような装置Bが惑星内に長期間にわたって多数生成され、それが都合の良い外部環境の中に置かれれば、死滅と退化をする中で、着実に進化するものも現れる可能性があります。

もし、装置Bの進化の歯車が上手く回り始めれば、やがて装置Bは、その維持機能を応用して、装置Bを作成することができるようになるかもしれません。そうなれば、惑星内の都合の良い環境内に、装置Bが自己増殖的に大量に存在するようになるでしょう。

さらに、装置Bが進化することで、装置Aや装置Cを生み出すことができるようになると、外部環境に頼っていたエネルギーや資源の供給と、装置Bへの処理の指示を、装置Aや装置Cが代替することができるようになります。

ここまでくれば、都合の良い外部環境を離れても、自己維持が出来るシステムとなります。

■生命の起源の流れの一仮説

この装置A、B、Cが生物を構成する化学物質で出来ており、その処理が生物が行っているものと同じであれば、ここで概説した装置Bの進化から自己維持が出来るシステムなるまでの過程が、生命の起源の流れの1つの仮説となります。

この装置A、B、Cが、さらにその組み合わせを膜の中に包み込むことができれば、それが細胞となります。

■アミノ酸ポリマーによる装置の実現

この装置を構成するのは、主にアミノ酸のポリマーだと私は考えています。ポリマーとは複数の化学物質が鎖のように連結した物質です。アミノ酸のポリマーが長く伸びたものが、タンパク質です。

これらの装置は、複雑な化学的な処理を行う必要があります。生物を構成する化学物質の中で、科学的な処理を実現しているのは、主にタンパク質ですから、これらの装置はタンパク質や、それよりも短いアミノ酸のポリマーによって実現していたと考える事が自然です。

■DNAやRNAによる情報の保持

そして、装置の自己維持や装置の作成の精度を高くするためには、装置の設計図や、作業指示書に相当する情報が必要にあります。

そうした情報が無くてもある程度の維持は可能ではありますが、アミノ酸ポリマーで構成された装置が進化するにつれて、アミノ酸ポリマーは長く複雑になります。長く複雑になったアミノ酸ポリマーは、同じ状態に維持することが困難になっていきます。このため、設計図や、指示書なしでは、ある程度の段階以上に進化することが難しくなっていくはずなのです。

そこでこうした情報を正確に記録しておく媒体として、DNAやRNAが必要になります。生物において、DNAやRNAは、まさに設計図や作業指示書の役割を担います。

アミノ酸ポリマーの進化の過程で、DNAやRNAを利用して設計図や作業指示書に相当する情報を保持できるようになり、より長く複雑なアミノ酸ポリマーによる装置も実現可能になり、進化が進んだと考えられます。

■細胞膜によるパッケージング

細胞膜が登場する以前に、アミノ酸のポリマーやDNAやRNAと、その素材となる化学物質が集積していたのは、地球上の水たまりや池や湖などだと私は考えています。

細胞内は水分を豊富に含んだ液体であり、化学物質が化学反応を起こすのに水中が適していることが、その前提にあります。海の場合は広すぎて素材となる化学物質や、装置となるアミノ酸のポリマーやDNAやRNAが拡散しやすくなります。このため、ある程度の大きさの水場が適していたはずです。また、水たまりや池や湖であれば、地球上に無数に存在し、それぞれ集まる化学物質の種類や量が異なり、エネルギーの供給量も多様です。それが進化に適した装置が出現する確率を高めます。

私たちは細胞膜に包まれた形でしか、タンパク質やDNAやRNAから構成される自己維持システムが動作しているところを見たことがありません。このため、見落としがちですが、細胞膜が登場する以前にも、水たまりや池や湖の中で、むき出しのタンパク質やDNAやRNAが存在し、それらが有機的に連携して自己維持をするシステムになっていたと考えることはできるはずです。

この痕跡は、ウィルスに見られます。ウィルスはDNAやRNAだけがむき出し、あるいは膜に包まれて移動し、生物の細胞に感染することで自己増殖を行います。細胞よりもはるかにシンプルな構造であるウィルスは、細胞が登場する以前に誕生していたと考えることは自然です。細胞が無くても、細胞内と同じようなシステムが水たまりや池や湖に存在していたと考えれば、ウィルスはそこに感染することで、自己増殖できていたはずです。

おそらくタンパク質だけが膜に包まれていたり、DNAやRNAとタンパク質が膜に包まれているけれども細胞のように完全な自己維持が出来る前の段階のものも存在していたと考えられます。やがてこの細胞膜によりパッケージングされたシステムも進化し、最終的に完全な自己維持が可能な細胞が誕生するに至ったと考えられます。

■生物と生物種の起源

地球上の生命は、生物と生物種に分けて整理することができるという説明をしてきました。

細胞誕生以前には水たまりや池や湖の中で自己維持システムが機能していたという仮説を考えた場合、そこでは生物と生物種という分離は難しくなります。

そこには生物のように自己維持の仕組みがあります。一方で、生物種のようにDNAを複製して増殖させる仕組みもあります。

この生物と生物種という概念が、ここでは分離せずに共存しているという捉え方できます。そして細胞膜に包まれた細胞が登場した時に、生物と生物種が明確に分かれたということでしょう。

■交換型の維持の起源

膜に囲まれず、水たまりや池や湖の中で自己維持のシステムが成立していたと考えた場合、絶えず変化するような文字通り流動的な環境で自己維持が行われていた事になります。

上流から新しい物質が供給され、既存の物質は下流へと流出します。内部でも水が動くことで絶えず物質の位置が変化します。そして化学物質は常に少しずつ分解されてしまいます。

この中で自己維持が実現するとすれば、常に新しい部品を生成して組み込むことで、流出や分解される部品を補う交換型の維持が適していたと考えられます。

そして交換型の維持の特性を利用して、装置としてのタンパク質やDNAやRNAの数を増やしたり多様性を増していく形で、自己維持システムは成長や進化が可能になったのでしょう。

■さいごに

この記事での分析により、自己維持システムという観点が、生命の理解および生命の起源の理解について本質的に重要であることがより鮮明になりました。

また、生命の維持に焦点を当てると、生命の起源は細胞生物の起源から、自己維持システムの起源の探求へと視点が移る事になります。この記事で考察して来たように、地球上に細胞生物が登場する以前にも、化学物質による自己維持システムが形成されていたと考えられるためです。

これは生命の起源のイメージを変化させます。従来は、無生物の環境で、生物の部品となるタンパク質やRNAやDNAなどの化学物質が合成されていき、やがてそれが組み合わさって細胞生物が現れたというイメージで語られていることがあります。

しかし、生命の維持という視点からは、無生物の環境に、細胞生物以前にもタンパク質やRNAやDNAなどの化学物質による自己維持システムが登場し、それが地球全体に広がりながら進化していき、その進化の過程で細胞生物が誕生したというイメージになります。これは、細胞生物の登場以前と以後が全く異なるシステムであるという従来のイメージを覆し、細胞生物は自己維持システムの連続的な進化の一つのマイルストーンに過ぎないということを意味します。

細胞生物はあまりに高度で複雑なシステムであり、それが突然組み上がたようにイメージすると、そこには奇跡的な偶然が一瞬のうちに発生したように感じられ、生命の起源を謎めいたものにしていました。

しかし、自己維持システムが登場し、それが進化したという視点は、生命の起源が細胞生物よりもはるかにシンプルなシステムから出発できることを意味します。これは、ささやかな偶然が時間と共に何度も何度も繰り返し積み上がっていくことで、細胞生物という行動で複雑なシステムへと進化したという説明を可能にします。これにより、生命の起源を奇跡的な偶然ではなく、小さな偶然の積み重ねとしての必然として捉えることができるようになります。


サポートも大変ありがたいですし、コメントや引用、ツイッターでのリポストをいただくことでも、大変励みになります。よろしくおねがいします!